『こんばんは。金曜夜十二時、いつも通りの真夜中ラジオをはじめようか』

なんとなく、もやもやした気持ちを抱えたまま金曜日の夜がやってきた。
ヘッドホンから聞こえるユウの声はいつもと同じで心地よい。

『この番組は、ユウことこの俺による俺のための俺のラジオ番組だよ。運営も俺一人、喋るのも俺一人。それでも良いって方は、今夜もどうぞよろしく』

いつも通りの定型の挨拶。
時々、彼の気分次第でおふざけが入ったり省略されたりもする。
ユウはよく配信者が使うようなイラストや3Dのヴァーチャルなアバターを用いることはなく、ただ黒い背景から彼の声が流れるだけ。
コメントは出来る仕様になっているが、ユウはごくたまに反応するぐらいで基本的にはノータッチ。
今どき驚くぐらいあっさりした簡素な作りのラジオ配信だが、かえってそれが気楽に聞きやすくて好評なのだ。

『それじゃあ今日は、お悩み相談からやっていこうか。前に募集した相談の中からいくつか答えていくよ。えーっと、ラジオネーム山暮らしの猫さんからだね』

ユウの声が淡々とお便りを読み上げていく。

『前回ユウさんがお話されていた題名の思い出せない小説についてですが、僕も気になってしまいもう夜しか眠れません。色々探してみたのですが、これっ!という具合にぴったり一致する本は見つけられませんでした。ユウさんはなにか進展がありましたか?』

何週か前にユウがそんな話をしていたのを思い出す。

『あー、あれ!探してくれたんだ、ありがとう。いや、あれから俺も調べてみたんだけど多分何冊かの本の内容が記憶の中で混ざっちゃってるぽいんだよ。うん、多分この世に存在しない小説だ。ごめん、そういうわけだからこれからは存分に昼寝してね』

ユウのくすっという笑い声に誘われ、私も小さく笑った。
確かその小説の内容が、ミステリーらしきものなのに被害者が復活したり、探偵役が複数登場したりとややこしい内容になっていて、最終的にゾンビが出現してパニックが起き、続編へ突入するとかいう話だった。
そんなめちゃくちゃな構成の小説なんて、実際に存在しない確率の方が高いはずだ。
でも、ユウが記憶したはちゃめちゃなその物語も読んでみたい気もしなくもない。
多分、駄作だとしても楽しく読めると思う。

『じやあ次、ラジオネームみすみさんからのお便りだ』

ぱさり。
ユウがメモ用紙を捲る音がする。

『新しいバイト先で趣味が合いそうな人がいるのですが、なかなか話しかけるきっかけが掴めません。仲良くなりたいと思っても、相手から迷惑に思われたらと考えると少し気後れしてしまいます。バイト先の同僚から趣味のことについて話しかけられたら面倒に思う人は多いのでしょうか?ユウさんなら、そういう時どうしますか?』

うーん、と珍しく考えこんでいる様子だ

『なるほどねぇ。確かに、俺ももし職場にラジオが好きって同僚がいたら話しかけたくなるな。仲良くなるきっかけって掴むの難しいからね。初手で間違えちゃったらこの先の距離感にお互い困るだろうし、なにより仲良くなれなかったら悲しい。でも悩んだところで君がテレパシーを使えるわけでもない限り、現状は変わらないから、思い切って話しかけてみるのも良いかもしれないよ』

一歩踏み出せば、未来への分岐点は倍に増えるから。
ユウのその軽やかな声は、自然と背中を押してくれるようだった。
が、次の瞬間。

『そうそう、俺も最近仲良くなりたいと思ってる人がいるんだよ。その人にもっとこっちを見て欲しくて色々話しかけてるんだけど、かえって警戒されちゃったみたいなんだ。世の中そう簡単にはいかないもんだね』

「は……?」

『俺らしくない?まあ、俺だってそう思ってるさ。それでもその人をもっと知りたいんだ。もし君がこのラジオを聞いてくれてるのなら、週明けは是非とも良いお返事が欲しいな。なあんてね』

呆然とする私をよそに、ラジオは進んでいく。
ユウが口にしたその出来事は、間違いなく私の身に覚えがあるものだ。

『ま、あれこれ悩んだって仕方ないんだ。質問者さんは、肩の力抜いて、自分の思うようにやってみなよ。悩んでるだけじゃどんどん悩みが増えてくだけだ。失敗したってその時はその時さ。俺のせいだとでも思っておけばいいよ。お便り送ってくれたら、ちゃんと受け止めるから』

せっかく結城のことについて忘れて、穏やかにユウのラジオを聞いていたはずなのに。
またしても、私の頭の中は結城とユウの類似性についてで頭がいっぱいになる。

自意識過剰なかしましい変人。
そんな私に、結城が興味を持つ理由とは、なんなのか。
考えても分からない。偶然なのか、本当にただ友人になりたいとありがたくも思って貰えただけなのか。

(でも……結城くんと私は絶対に違う。友達になんて、なれない)

今でも、私を嘲笑ったあの子たちの顔を鮮明に思い出せる。
よくあるからかいやいじめ。標的なんて私だけじゃない。
三年間耐えて、それで卒業すればあっさり縁は切れた。
それでも、心の傷は塞がらない。
結城くんは、私がこんなに暗い思考を持つ人だと気づいていないだけなのだ。
私の性格が変わることも、声が変わることもない。

でもそれでも、もし中学生の頃にユウと出会っていたら。
私はもう少し、違ったのかな。