嗚咽し、頬にいくつも筋が出来る。

何と言ったら惣一郎は湖雪のことをわかってくれたのだろう。

何と弁明したら傷のついたこの関係に癒しが訪れるのだろう。

惣一郎には、わかっていてほしかった。

湖雪の、想いを、気持ちを。すべてすら。

頬が冷える。ああそうだ、雨戸を閉めていなかったんだ。……桜、見えないかな……。

障子戸を開けて、縁に出ようとし――沓掛石に背中を見た。

あの日、桜の咲いた日の朝、そこで湖雪を待っていた青年のように。

「そう……っ」

「夫婦喧嘩か?」

声は、鬼のものだった。

途端、気持ちが落ちる。

そういえば、惣一郎はこの部屋を出て行ったのだ。今更、湖雪を待ったりはしない。

湖雪は縁に膝をついた。

「愉快だな、人間というのは」

櫻は古木を見たまま言う。

「……櫻は、もう人間にはなりたくないの?」

「何度言ったらわかる。俺はもう無理だ」

体も魂もない、思念の存在。そこに残った思念は、《ゆき》に逢いたい。人間になりたいという願いは持っていない。

「……私、どうしたら、惣一郎様に近づけるのかな………」

ん? と櫻が首を廻らした。

「傷つけて、しまったの……どうしたら、なかなおりできるかな……?」