勇者パーティーから追放された魔法戦士ディックは何も知らない~追放した勇者パーティが裏で守り続けてくれていたことを僕は知らない~

「こちらをご覧ください」
 
 マリーが差し出した手のひらの上には四角い箱が乗っていた。
 
 そのサイズはマリーの小さい手のひらにすら簡単に収まってしまうほどの大きさの箱。よく見るとレンズの様なものが付いているけど、カメラにしてはシャッターが付いている様には見えない。
 
「なんですか? これは……」
 
 幹部の一人が興味津々にマリーの手のひらの箱に注目している。さすがは商売人…… 見たことが無いものにはすぐに食いつくだけじゃない。あのマリーが作ったアイテムなのだ。売れるものだと確信しているのだろう。
 
「従来であればここに魔導ディスプレイを召喚してお見せするのが一般的なやり方かと思いますが、大きさに制限がありますから私から見て一番遠くにいらっしゃる商会長様からですと些か見づらいかと思います。そんな時にはこれ! こちらはプロジェクターと言って壁面に映像を投影して大勢の方に見て頂く為の新しい形のディスプレイになります。ですが、それだけでは芸がたりません。プロジェクターの動力源は私が改良した魔石を搭載しているのですが、込める魔力量の増減で投影可能な最大距離を変更することが出来、魔力の質を変える事で背面を透過にしたり遮断することができる為、必ずしも壁面がないと投影する事が出来ないという訳ではなく、これ単体で解決できる優れものなのです。他にも――」

 マリーはやたらと早口言葉で今の説明を実践するためにパーティーメンバーの写真をプロジェクターで壁面に投影してみせたり、表示するサイズも自由自在に変えたりしてプロジェクターについてプレゼンしている。

 ちょっと、マリーさん。趣旨が変わってない? なんか売り込み口調になってるのは気のせいかしら?
 
 商品開発本部の本部長がまるで野生の獣の様な目つきでプロジェクターを見つめている。プロジェクターが欲しくてしょうがないんでしょうね。
 
 営業本部の部長も名刺を取り出してそわそわしている。マリーとの交渉は後にしてください……。
 
 商会長に説明するんじゃなかったの? そんな商会長は眉を一つ動かす事なくマリーの説明を聞いているが、このままでは埒があかない。
 
 このメンツの間に割り込むとか胃が痛くなるけど、そんな事言ってる場合じゃない。
 
「マ、マリーさん。プロジェクターの凄さは分かりましたから、まずはこれで何を説明するのか先に進めて頂けませんか?」

「ハッ! そうでしたね、ごめんなさい。特に売り込みたいわけじゃなくて、私の周りの連中は発明品の説明をしても「ふーん」とか「へー」で終わっちゃう人しかいないから……。ちょっとだけ楽しくなってきちゃって……」

 言わんとしてる事はまあわかる。アリスもリシェルもセリーヌもマリーの発明品の異常さを絶対理解してなさそうだもんね。承認欲求があるのは別に悪い事ではないと思うけど、別の機会でお願いします。
 
 マリーはディックを手招きして自分の元に呼び寄せていた。
 
「どうしたの、マリー?」

「ディック、動かないで」

 マリーはそう言うと、ディックの肩から何かを摘まむような素振りを見せていた。摘まんだモノは…… 虫にしか見えなかった。
 
「マリーさん、それは…… 虫ですか?」

「フフ、そうよ。虫に見えるでしょう?」
 
 その言い方だと、虫に擬態した別の何かという事だと思うけど、それが何かまではわからない。
 
 マリーは正解は言わずに虫に見える何かをプロジェクターの上部にある台座の様な場所に置いた。
 
 
 
 すると……
 
 
 
 カチリと無機質な音が鳴った直後にプロジェクターに突然映像が映し出された。
 
 それは…… 商会の倉庫の外の映像だった。いつの間にと思っていたら、音声も流れ始めた。
 
『すみませーん、誰かいませんかー? あのー、お届け物なんですけどー』
 
 あれ……? これどこかで聞いたセリフ……。ディックの声?
 
『オイ、何でこの場所に人が来るんだ! お前ら黙らせて来い』
 
 何度聞いても背筋が凍るような汚らしいこの声とこのセリフで思い出されるあの光景。
 
『あれ? やっぱり人います? お届け物でーーす。 えーっと…… ここにあるドアから入れるかな?』
 
 やっぱりそうだ。荷物配達でディックが倉庫に入ってきてウチを庇ってくれたあの時だ。
 
 でもこの映像を見る限りは、どう考えてもディックの目線っぽい? ちょっと下かもしれないんだけど……。いつの間にこんな映像を撮っていたんだろう?
 
 ――ん?
 
 あっ! まさかあの虫がそうなの?
 
 ウチはマリーにさっきの虫について聞いてみる事にした。
 
「マリーさん、あの虫ってもしかして――」

 マリーは待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに語りだした。

「フフ、そうよ。あれは私が開発した虫に見える小型追跡機なのよ! 追跡対象をどこまでも追いかけつつ、虫目線での映像を録画、撮影する事も出来、高画質モードにしても二十四時間は連続録画可能な容量も兼ね備えているわ。さらに警告(アラート)機能も付いていて追跡対象を中心に指定範囲内に近づいた種族、性別を設定する事で監視側に通知することも可能な優れものよ!まだまだ説明は終わらないわよ、続いて――」
 
「わ、わかりました! わかりましたから! マリーさんが凄いのはわかりましたから、一旦落ち着いてください。」
 
「あらそう? じゃあ、今度ちゃんと説明してあげるわね。話を戻しますが、こちらに投影している映像の様に配達を行っていたディックに追跡機を付けていましたから倉庫内で行われていた貴方がたの行いについては全て目に見える形で証拠として残っております。何か反論等はありますか?」
 
 この人しれっと説明してるけど、この追跡機ってディックの動向を確認するためのものだとしたら完全なストーカーなのでは?
 
 当のディック本人は全く気にする素振りを見せていない事から日常茶飯事なのだろうけど、少しは気にした方がいいと思うよ……。
 
「なるほど、証拠としては十分ですね。君から言う事は何かあるかね?」
 
 商会長は相変わらず無表情で顔は動かさずに目線だけ司令官に向けている。
 
「ちっ、ちがっ! これは、これは…… こ、こ、こんなの盗撮だ! 盗撮で訴えてやるからなああああ!」

「今議論にしているのは貴方が部下に対して行った強姦未遂及び無関係なディックに対する暴行未遂の件です。盗撮どうこう言う前にまずはこの映像に映っている事に対する釈明をお願いします。盗撮という話についてはその後に幾らでも聞いてあげますよ。まあ、貴方に『その後』があればですけどね」
 
「……ぐっ……」

 もう反論材料が無くなったのか、司令官はそれ以上は口を開かず俯いて身体を震わせている。
 
 商会長は目を閉じてため息をついた後、ジロッと司令官を見つめながら「君にはガッカリだよ。沙汰を待ちたまえ」と言い放った。
 
 それは一般的にやってはいけない事をやったからなのか、こっそりやってバレなければいいものが露見したからなのか、どちらに対する答えだったのかウチにはわからなかった。
 
 一つ目のケリはついたけど、マリーが要求内容はまだ二つ残ってる。
 
 二つ目はディックに対する賠償請求だ。マリーがまた悪そうな顔でニンマリしながら話を始める。
 
「彼らの処分は貴方がたにお任せしますが…… 厳正なる処分を行っていただけると信じております。それでは二つ目の件に移らせて頂きます。私達のパーティーメンバーであるディックに対する損害賠償請求として御社の全事業一週間分の売上を請求させて頂きます」

 は? とんでもなく無茶苦茶言い出してるよ、この子……。
 
 個人に支払う額じゃないし、商会全体の一週間分の売上っていくらになると思ってんの……。
 
 流石にこれはやり過ぎでしょと思っていた矢先、幹部の一人が机を思いっきり叩いて憤慨した表情で怒鳴り散らし始めた。
 
 副商会長だった。
 
「ふ、ふざけるなあああああああ! 一体幾らの金額になるか分かって言ってるのか! 子供が遊び半分で口にしていい額じゃないんだぞ!」
 
 マリーは目を細めて睨みつけるような視線を副商会長に向けていた。声にも少し圧が入り始めた。
 
「貴方がたが手を出そうとした人物は我々にとって相応の人物だという事をご理解ください。今回はあくまで警告の意味も込めてますからお金で済ませましょうと言っているのです」
 
「警告だと? どういう意味だ?」

「言わないと理解できませんか? そもそもこの商会が違法に行っていた裏事業の情報だけでも十分営業停止に持っていけるだけの材料になり得えます。それに加えて表でも他商会に対する悪質な嫌がらせ、別の街で馴染の冒険者を使って周辺で嘘の噂をばら撒いて風評被害を受けた商会があることを私が知らないとでも?」

 いつでもこの商会を潰すだけの材料は揃っているという事でしょう。
 
 表立って潰すと商会に頼っている無辜な民たちの生活にも影響が出てしまう事も考えられるし、今回はこれで手打ちにしてやるということか…… えぐいけど、商会の命と引き換えと考えれば案外安いものなのかもしれない。
 
「な、なんの証拠があってそんなことを――」

「先程の映像を見てもまだ私がなんの証拠もなしにブラフで口論をしているとお思いですか? いいですよ、貴方にとっておきの映像をお見せしましょうか? 例えば、四日前の午後九時すぎに副商会長殿が受付嬢と三番街の連れ込み宿に――」

「ま、ま、ま、まてまてまて! どこでそれを……」

 副商会長は顔面を真っ青にしながら必死にマリーのセリフの先を止めようとしている。
 
 マリーは副商会長の必死に慌てる顔をとても楽しそうに見つめている。
 
 これは精神的に一番きついヤツ。一番敵に回したくないヤツだわ。
 
「フフ、そういえば奥様は伯爵家のご令嬢なんでしたっけ? この事が耳に入ったら伯爵家との家族会議が盛り上がる事間違いなしですわね。まあ、バレる事に狼狽えるくらいなら最初からやるべきではありませんでしたね」
 
 ちょ、ちょ、ちょっとあまり火に油を注ぐような事は言わない方が……。
 
 貴方にとってはネズミ程度にしか思ってないかもしれないけど、追い込みすぎると……。
 
「副商会長、そこまでだ。彼らの要求を呑むしかなさそうだ。我々は相手を間違えたようだ」
 
 商会長は諦めているが、副商会長はそうでもなさそうだ。まだ手があるんだろうか?
 
 追い詰められたネズミは猫をも噛むというけど、まさかこんな悪魔の様な連中にまで噛みつくとは思わなかった。
 
 副商会長は首にぶら下げていた笛を口に加えて音を鳴らした。
 
 すると、会議室の入口に向かって多数の足音が聞こえてくる。近くに待機してた連中を呼び寄せたようだった。
 
「貴様らをここから生きて帰すわけにはいかなくなった。死ぬか奴隷になるかくらいは選ばせてやる」
 
 入口の方を振り返ると、十人ほどの冒険者が押し寄せていた。
 
 どれもこれも資料で見たことのある顔ぶれ……。
 
 全員がAランク冒険者だ。
 先頭に立っている大男がようやく呼び出しがかかった事に喜んでいるのか嬉しそうに副商会長に話しかけた。

「副商会長サンよぉ、ようやくかよ。監視カメラで様子を見ていたが、早く呼び出してくれるのを今か今かと待ってたぜ。むしろ呼び出してくれなかったらこっちからご挨拶させてもらおうかと思ってたんだからよ」

 普通は『生きて帰すわけにはいかない』と言われた直後にAランク冒険者を十人も目の前に呼び出される事になれば顔面蒼白で全身ガタガタ震えるような事になっても何ら不思議ではない。
 
 だけど、目の前にいる対象は普通ではない。彼女等は冷めた目で追加された連中を物ともせず視界に入れた直後にすぐに副商会長に視線を戻した。
 
「罪が増えましたわね、副商会長殿。今あなたは確かにこう言いました『貴様らをここから生きて帰すわけにはいかなくなった。死ぬか奴隷になるかくらいは選ばせてやる』とね。モチロンその発言もしっかり録画してますから、直近のイベントして家族会議だけではなく裁判所への出頭も増えましたわね」

「ふ、ふんっ! だったらなんだというのだ? そもそも貴様らはもうここから出れないというのに余裕なんて見せている場合か? 歴史上最速でランクを上げているとは言え、まだCランクだろうが! お前たちの後ろにいる連中は全員Aランクなのだぞ!」

 汗をだらだら流しながら強がった発言をしている副商会長とは打って変わってマリーはそんな発言を鼻で笑って余裕の表情しかない。
 
「冒険者ランクとはあくまでギルドが指定した一定数の依頼をクリアしているかで決まるものであり、当人の強さを図るものではありませんよ」

「くうぅぅ、ああ言えばこう言う! お前ら、この餓鬼どもを黙らせろ! 高い金払ってるんだぞ、仕事はキッチリしてもらうからな」

 マリーと同様にAランク冒険者も余裕の表情だ。彼らも様々な依頼を熟して幾度も死線を超えたであろう自負があるからたかだが冒険者になって半年程度の若者に負けるなんて思いもしないでしょう。
 
 そう…… 普通の冒険者なら…… けど、彼女等を今までと同じ冒険者の枠組みに入れるべきじゃない。
 
 ウチだってそれなりに死線は何度も潜って来た。だから、今入口にいる連中を見ても一人一人であれば命を狩るのはそこまで難しくない。
 
 でもアリスを見て理解したの…… 世の中上には上がいると…… 幾ら手を伸ばしても届かない領域があるのだと。自分は所詮凡人でしかないという事を嫌でも思い知らされた。
 
 己の力の無さを痛感してため息をついても周りは慌ただしく動いている。
 
「オイオイオイ、いいのかよぉ、副商会長サンよぉ! コイツ等は前から気に入らなかったんだ。最速がなんだか知らねえが、どうせギルマスを身体で篭絡してランクでも買ってんだろ?」

「「「ギャハハハハハ! どうせなら俺らにも味見くれぇさせてくれよ!」」」
 
 Aランク冒険者のクズ共はリシェルとセリーヌの身体を舐め回すように見ながら舌なめずりしている。
 
 聞いてるだけで胸糞悪くなってくる。コイツ等は女性を何だと思ってるんだ。
 
 いい加減にムカついて来たから、あいつ等をぶん殴ってやろうかと思ったらマリーに制止されてしまった。
 
「ここは私達にまかせなさい。いいわね?」

 マリーってパッと見た感じ、滅茶苦茶童顔で少女にしか見えないのに何故かこの時のマリーの微笑みは凄い大人の女性に見えて女のウチですら一瞬ドキッとしてしまうほどの色気を感じてしまって「は、はい」としか言えなかった。
 
 体はそうでもないのになんで……。

「リシェル、どうやら豚さん達は調教されることをお望みらしいわ」

「フフッ、いいのでしょうか? 調教なんて久しぶりですからやり過ぎないか不安です。これもまた神が遣わした試練なのですね」

 リシェルは意味不明な事を呟きながら…… なんか自らの胸の谷間に手を突っ込んでる。何をしてるんだ君は?
 
 と思ったら抜いた手に持っていたのは鞭だった。
 
 そんなリシェルは申し訳なさそうな、もじもじした態度でディックの方をチラチラ見ている。
 
「あの…… ディック…… これから少々はしたない所をお見せしてしまうかもしれませんが、私の事を嫌いにならないでくださいね?」

「え? よくわからないけど、僕がリシェルの事を嫌いになるなんて有り得ないよ」
 
 リシェルの表情はパァ~ッと晴れやかに輝いていた。嬉しさの勢いもあってかディックを引き寄せて自分の胸に埋めていた。
 
 羨ましいけど、知り合ったばかりのウチではまだそんなことする度胸が無い。
 
「やっぱりディックは私の一番の理解者です。いえ、むしろ私の事を理解できるのはディックのみと言っても過言ではありません。これはもう運命ではありませんか? そう、つまり…… つま? そう、妻です。ウフフ、私達は運命の夫婦ということですね」
 
 しかしディックは息苦しいのか手足をジタバタさせている。しかし、リシェルはそんなディックの様子に気付かずにギューッとディックを満面の笑みで抱きしめ続けている。
 
 その状況を見かねたアリスが無理矢理リシェルからディックを奪い取っていた。
 
 そしてアリスは自分の胸…… 胸? にディックの顔を埋めようとしたが、埋まってないなあ。
 
 どっちかと言うと『胸筋』だし……。ディックはアリスが思いっきり引いた勢いもあって意識が半分飛びかけてるように見えた。
 
「いい加減にしないか、リシェル。何が妻だ、いつまでもそんな奇乳と世迷言でディックを惑わすのは辞めて欲しいものだね」

 『奇乳』…… その言葉を聞いた瞬間、リシェルの動きはピタッと止まり、表情は陰りだしていた。どうやらリシェルに対する禁句だったらしい。
 
 顔は頑張って笑顔でいようとしているけど、雰囲気は全く笑えない……。怒りを必死に抑えようとするリシェルが己を制止してなんとか口を開く。
 
「今なんと仰いまして? 私は由緒正しき愛が溢れるIカップですよ。奇乳ではなく爆乳と言うのです! アリスさんの様なAAAカップの胸…… 失礼、胸筋ではディックが痛い思いをするだけです。私に文句を言う前にどっちから見ても背中にしか見えない貧相な洗濯板をどうにかしてから言っていただけますか? あら、洗濯板にも失礼な事を言ってしまいましたわね」
 
 対するアリスはリシェルと違って怒りを抑える事もなく顔面に青筋を立てて必死に抗議する。
 
「はあああああ??? 僕はAAカップなんだが!? 大体君だって汗を掻いてばっかりでムレムレでべちゃべちゃじゃないか。そういえば昨日はワキにパッドを貼り忘れて随分と修道服が無残な状態になっていたみたいじゃないか? まさかとは思うが、それをディックに洗ってもらったんじゃないだろうね? とんだ変態さんだね、クスクスクス」
 
 リシェルは笑顔を崩さない状態だが青筋が至る所に出現している! 陰りはすっかり無くしており、代わりにリシェルの背後に死神が立っている様に見える。
 
 しかし、リシェルは何かを思い出したのかフフンと勝ち誇った表情をしている。
 
「あ~ら、そうでしたわね。失礼しました。そういえばどこかの誰かさんは本来AAAカップのはずなのにサイズ測定の際に必死に乳首を勃起させてギリギリAAカップにした涙ぐましい努力をされた方がいらっしゃいましたよね? 店員さんも必死過ぎるその姿を見て貰い泣きしてAAカップ判定してくださったのですよね。 そんな店員さんの同情を引いた哀れな人はどこのどなただったかしら~~~??? プークスクス」

 リシェルはチラチラとアリスを見ながら頬を膨らませて口を抑えて笑いを堪えているようだ。
 
 最早第三者化しかけているセリーヌはアリスの苦労話を思い出したのか顔を背けてはいるが、手を口に当てて必死に堪えてるのはわかる。だって身体がめっちゃプルプル震えてるもん。
 
 どうやらリシェルに軍配が上がった模様。おっぱい勝負でリシェルと戦おうとする勢いは買うけど、相手が悪かったね。ウチでも無理だもん。
 
「うーん、痛たたたた…… あれ? なんで僕アリスの胸で失ったんだっけ?」
 
 ディックはアリスに思いっきり引っ張られてから今まで意識が飛んでいたらしい。

「あぁ、ディック…… 済まない。おっぱいお化けの魔の手からディックを救っただけさ」
 
 と言われてもディックはいまいち状況が掴めていないようである。

 まあ、知らない方がいいよ。女の争いに男が首を突っ込むと碌な事が無いから……。
 
「ぷっ、そういえばそんな事もあったわね。それはともかくディックはこっちに来なさい」

 ディックはマリーの目の前まで行くと、ヘッドホンを着用させられて用意されたディスプレイに表示された何かを見せられている。

「おい、マリー! 君まで笑うのは勘弁してくれないか。僕と大して変わらないだろう?」

「あら、私はBカップよ。大きくはないけど、乳首をわざわざ弄ってカップ調整をする必要はないわね」

「んぎぎぎぎぎぎ……」

 アリス…… これ以上は傷口を広げるだけだと何故気付かない。
 
 マリーはそんなアリスに構わずに続ける。
 
「リシェル、今ならディックへの音を遮断しているからさっさとそっちは済ませて頂戴。ディックに今から起きる光景なんて見せたくないし、聴かれたくもないでしょう?」
 
「マリー、わざわざありがとうございます。それでは、お待たせいたしました。豚共の調教を始めますわね」

 リシェルは鞭をしならせて豚共…… もといAランク冒険者たちを見て恍惚とした表情を浮かべている。
「なあ、もういいか?」

 さっきまでヘラヘラしながら軽口を叩いていた冒険者はしんみりして尋ねて来た。
 
 先程までの下世話な煽りはどこへ行ったのかと言うほどに鳴りを潜めてしまっているけど、芝居でもしているのだろうか?
 
「あら? 先程までの威勢はどこに行ったのですか? まさかとは思いますが、わたくしのIカップに欲情していまいましたか? 残念ですが、わたくしは予約済みですので他を当たって頂けますか。 あぁ、もしよろしければそちらのAAAカップ…… 失礼、AAカップの人には空きがありますのでどうぞご利用くださいませ」

 うわあ、まだ根に持ってるっぽいね。何故かその話を聞いた途端に冒険者達は申し訳なさそうな顔をしている。
 
 何でだろうと思っていたら、どうやらアリスが必死にAAAカップからAAカップに昇格した際の苦労話に心打たれたんだとか。
 
 この人達って実は心根はいい人達なのかもしれない。
 
「正直に言うとお前らの事気に入らなかったんだよ。俺達は十五年以上かけてようやくここまで来たってのにお前ら一年もしない内に既にCランクだろう。その時思ったのさ『コイツ等は才能だけで生きて来た何の苦労も知らないお坊ちゃん、お嬢ちゃん達』なんだってな。けどよ、さっきの話…… 俺達の知らない所で涙ぐましい努力をしていたんだなぁって思ったらよ…… なんというかコイツ等も俺達と変わらねえのかもしれないってな」

 どうでもいい小話だけど、この子達はお坊ちゃん、お嬢ちゃんではない。ただの平民だしね。

 アリスのカップサイズ偽り疑惑はそんな感動話になってるなんてだれも予測はつかなかった。
 
 だが当のアリス本人は心外と言わんばかりに憤慨している。
 
「おい、ふざけるな! 僕の努力は君達程度に理解できていい話じゃないんだ! コラ、憐れむんじゃない!」

 アリスが冒険者たちに突っかかろうとすると、近寄るなと言わんばかりにリシェルの鞭が足元に放たれていた。
 
「アリスさん、今回の担当はわたくしですから、これ以上は近寄らない様に」

「ううう…… なんて厄日なんだ。僕の見せ場がまるっきりないじゃないか……」

「大丈夫よ。トリはアリスの力が必要だから今は温存しておきなさい」

 アリスは力なく頷くとしゃがみ込んで膝を抱えて大きなため息をついていた。案外メンタル雑魚かもしれない。
 
 さて、リシェルの方はというと……
 
 鞭で冒険者たちをひっぱたきまくっている。
 
 楽しそうに……お嬢様キャラがよくするような高笑いをしている。
 
 しまいには冒険者達は何時の間にやら四つん這いになって尻をリシェルに向けている体制になっているんだけど……ウチが見ていなかった一瞬の間に一体何が起きたんだ?
 
「くっ、殺せ! いっその事殺せー」
 
「あら? ギブアップするにはまだ早いのではなくて?」
 
 おっさんの『くっころ』なんて聞きたくなかったよ。それは女騎士の特権みたいなもんでしょう。
 
 ダメだ、夢で出てきそう。さっさとこの光景を忘れたいだけど、ついつい見てしまう。
 
 リシェルは突き出されたおっさんの尻に履いていた靴のヒール部分で踏みつけて未だに高笑いしている。本当に聖職者なのか、コイツは……。
 
 そりゃこんな光景はディックには見せられないよね。このカオス空間はどうしたら収拾着けられるの?
 
「貴様ら、いい加減にしろおおおおおお! 高い金を払っているんだぞ、A級冒険者の称号はニセモノか!?」

 激怒している副商会長とは別に至極冷静な冒険者は四つん這いのまま首だけこちらに向けて自分たちは全力で抗おうとしたが、完全に実力の差で敗北した事を真面目な顔つきで説明しているが、全体の構図を見ると真面目に説明しているように見えない……。
 
 いや、だって…… どうみても『欲しがってる』様にしか見えないんだけど、一体どんな調教をしたらそうなるのか? 恐るべし、リシェル。
 
「さて、副商会長殿…… 虎の子の冒険者ですらあのザマで万策尽きたようですが、そろそろ諦めますか?」
 
「まだだ! 私にはまだ五百人の私兵と試作ながら最新用軍事兵器が――」

「それも知っています。こちらをご覧ください」

 マリーが指したプロジェクターには別の動画が映し出されていた。
 
 これは…… アーカイブじゃない、ライブだ。リアルタイムでとある巨大な邸宅と広大な庭が空中から映し出されていた。
 
「これは…… 私の…… 自慢の自宅ではないか」

 どうやら副商会長の自宅らしい。それにしても滅茶苦茶でかいな。パッと見た感じでも自宅と庭を含めて半径五キロはありそう。流石は王国内の流通を牛耳るギルガリーザ商会の副商会長。こんな自宅に一度でいいから住んでみたい。でも本当に一度でいい。毎日ここに帰ると思うと胸焼けするくらいでかすぎて疲れると思うから。

「そうです。何か違和感に気付きませんか?」
 
 ……これは…… 副商会長の自宅は一度も行った事はないけど、ウチでも気付いた。これは画像ではなくライブなのだから……。
 
「……だれも……いない?」

 マリーは嬉しそうにニンマリしている。悪い顔だなぁ…… とてもじゃないが、ディックには見せられない表情をしている。
 
「正解です。ここに来る前に避難して頂きました。今映している場所にいた全ての人間、全ての動物含めて別の場所に移動してもらっています」
 
「何の為に?」

「それは今からのお楽しみです。セリーヌ、お願い」

「やっとアタシの出番が来たかあ、このままずっと背景のまま終わるんじゃないかと思って半分寝そうになっちゃったよ」

 壁際に立っていたセリーヌが欠伸をしながらマリーの近くまで歩み寄って来た。腰にぶら下げた剣を抜き、剣と会話していた。
 
「頑張ろうね、はーちゃん」

「やっと私達の出番ですね、我が主(マイマスター)。私も張り切っちゃいますよー!」

「貴方が張り切るとこの辺一帯を含めて焦土と化してしまうから言われた事だけやって頂戴」

 あれが噂の喋る剣…… なんか当たり前の様にしれっと不穏な事言ってる……。心臓に悪いからやめてくんない?

「Boo!、マリーさんがなんか冷たいですよ我が主(マイマスター)

 マリーを除いた彼女等は自分たちの手の内を隠すような事は殆どしない。特にセリーヌが所有しているあの剣なんて簡単に見せていい代物でもないと思うのだけど、そんな事を気にする素振りは一切見せない。だが、それこそが彼女等の強さでもある。
 
 セリーヌは剣を巧みに操り、天井を切り裂いた。円柱状の天井を上手く刳り貫く様な形で切り裂いていく。セリーヌの下半身はほとんど微動だにする事なく、上半身だけ世話しなく動いているのだろうが、あまりの速度にウチの目ですらセリーヌの剣閃を追いきれていない。ただ無数の風切り音だけはしっかり聞こえている。
 
 その過程で瓦礫が落ちてくると思いきや、その瓦礫すらも切り裂き、細かく分断されて気がついたら砂粒程までになっていた。これなら瓦礫……もとい、砂粒が落ちてきても誰もケガなどしないでしょう。
 
 出来上がったのは、綺麗にぽっかりと穴の開いた天井。お空が丸見えという奴であるが、青空会議でもしたいのだろうか?
 
 セリーヌは一息ついて、剣にねぎらいの言葉をかけていた。
 
「はーちゃん、お疲れ様。また鞘に入っててね」

「あうぅぅ、残念です。またすぐに呼んでくださいね我が主(マイマスター)
 
「ありがとう、セリーヌ。さて、見晴らしも良くなった事ですし続けましょうか。話は変わりますが、副商会長殿は敬虔なリルデムール教の信徒であると伺っておりますが、この点に誤りはありますか?」

「そ、そうだ。私がこれまで商売を成功してきたのも創世神リルデムール様に祈りを捧げ続けて来たからに他ならない」

「リルデムール教の教義では神が住まう場所とはどこかは副商会長殿であればもちろんご存じですよね?」

 穴の開いた天井を見上げながら鼻息を荒くして自信満々にしている。

「フン、私を試すつもりか? 小娘ごときが! 神は空の遥か上空にある神の国に住んでおられるのだ。人間如きではとても到達できぬ高みにいらっしゃる」

「ご高説ありがとうございます。では、もしもその高みから何か災難が降りかかるようであれば…… それはすなわち神の怒り―ー天罰という事になりますよね?」

「何が言いたい? 私は時間さえあれば祈りを捧げて来た。多額のお布施も行ってきた。その私に天罰だと? そんなことあるわけないだろうが!」

「では予言しましょう。貴方には天罰が降りかかるとね……」

「何様のつもりだ? 神が行われる事を予言するだと? 信徒でもなく、人間としても『下の下の下』である平民冒険者の貴様がか? 侮辱するのもいい加減にしろ! メスガキがああ!」

 うわ、ガチギレじゃん。第一印象は絶対に神に唾でも吐いてそうな男だと思ったのにまじで信徒なんだ。いや、ここまで来ると狂信者なのでは? と思う。
 
「侮辱? いえ、私は神の存在を否定するつもりはありませんが、然程興味がないだけです。神に祈りを捧げる時間があるなら研究と開発を優先しますから」

 あちゃー、ただのタコ親父かと思ったら今のマリーにブチギレそうになって顔を真っ赤にして余計にタコ親父になってきてしまった。
 
 今の話を聞いてふと疑問に思った事がある。マリーの発言はリルデムール教の教義から真っ向に反論しているわけではないが、喧嘩を売っているように聞こえなくもない――それこそ侮辱として捉えられてもおかしくはない。
 
 にも関わらず、敬虔な信徒であるはずのリシェルが何も言わない事に違和感がある。いくらパーティーメンバーとは言え、それを許す様なタイプには見えないのだけど……。そのリシェルは未だにA級冒険者達を踏みつけて、すっごいご満悦そう。
 
「貴様の言う天罰が降りかからなかったら覚えておけよ! リルデムール教を総動員してでも貴様を磨り潰してくれる」
 
 総動員ってアンタ…… ただの信徒であって司祭でも司教でもないでしょう。どうやって人を確保するつもりなんだか……。
 
「お好きになさったらいいと思います。アリス、始めるわよ。天罰の時間よ」

「フフッ、ようやく僕の出番かい。待たせてしまった分、張り切っていこうじゃないか」
 
 うえっ、よりによってこの二人で何かするの? 嫌な予感しかない…… なんかもう…… 帰りたくなってきた。
 天罰…… マリーがそんなことを言っていた。
 
 空の先に何があるのかはウチは知らない。ウチは信者でもないから神の国なんて思っていなかったし、空は延々と青い空が続くものだとばかり思っていた。

 でもあの言い方だときっと空の先には何かがある。マリーはそれを知っている。だからあんな事を言っていたんだ。
 
《超遠距離探索魔法 天罰に(パニッシュメント)見合う(サーチ:)XXはどこかな?(メテオライト)

「アリス!」

 アリスは無言で頷いて魔法を唱えようとしている。お互いが何をすべきか既に理解しあっている様だ。
 
 言わなくても分かり合う……か。ウチはそんな相棒もいなかったし、なんか少し羨ましく感じてしまう。

《同調魔法 身体共有》

「何か暗っ! 一体どの辺りを探索してるんだい?」

「うちゅ…… いえ、神の国よ」

「ここが神の国? 思っていたのと全然違う…… どこまでも広がる暗い空間…… その場にいる訳でもないのに寒さを感じてしまう。まるで僕の身も心も、何もかも凍りつかせてしまいそうな――」

「気色の悪いポエムは後にしなさい。手頃なブツが見つかったわ。アリス、運ぶから私に魔力波長を合わせて頂戴」

「ブツってこのやたらデカイ岩の事かい? それだったらもっと大きいサイズが対象を中心に百キロ圏内にあるけど、それではダメなのかい?」

「そのサイズを落としたら邸宅どころかこの領が滅ぶからダメだよ。アンタはもう少し物質の衝突エネルギーについて学んだ方がいいわ。このサイズの岩を一つでも落とす事がどれだけ凶悪なのか…… 侵入角度ヨシ、予測落下速度及び予測被害状況もクリア。アリス、配達の時間よ」

 何を言っているのか全然わからないけど、なんで彼女等の口から出る単語には物騒な単語ばかりなのか……。せめてもう少しオブラートに包んで貰えないかな?

「なんだ? 何の話をしている?」

 副商会長はマリーとアリスの謎会話にまるでついていけてない。大丈夫、ウチもさっぱりだから。
 
「君の言う神の国から天罰を代理でお届けに来たのさ」

「地獄に堕ちろやああああああああああ!」

 本音が出てるうううう! 少しは抑える努力をしよう!
 
《惑星破壊魔法 天罰(貴方のお家は木端微塵)
 
 少しの間会議室が静寂に包まれる。
 
「ハ、ハハ…… な、何が天罰だ。何も起きないではないか。神の名を穢した愚か――」
 
 副商会長がマリー達を糾弾しようとしたその時だった。
 
 何か…… 音が聞こえる。
 
 風を切り裂く音が…… 徐々に、だけど確実にその音は次第に大きくなり、こちらに近づいている事がわかった。
 
 ウチ以外にも聞こえ始めたようで、皆してその方向に目を向ける。そう…… それはセリーヌが天井に開けた空に向けて。
 
 その方向には黒い点が見えていた。音の大きさと比例して黒い点は徐々に大きくなっていき…… やがて眩い光を放ち始めた。あまりの光量に目がやられるかと思い、目を逸らすも音はさらに大きくなる。
 
 そして誰かが呟いた。
 
「て、天罰だ…… 本当に天罰が下った…… 我々がこんな罪深い事をしていたからだ……」
 
 一度浸食してしまえば除去は困難だ。伝染するかの様に恐怖は広がっていく。それは、副商会長ですら例外ではない。
 
「そ、そんな馬鹿な…… 私は定期的に祈りにも行った、お布施もかかさずしている。誰よりもだ! その私が何故…… 神は私を見捨てたとでもいうのか?」

 副商会長は膝をついて項垂れて「私は悪くない……」とブツブツ繰り返している。

 お祈りが届いているかわからないし、お布施は神じゃなくて教会が喜ぶだけでしょ。見捨てる以前に神は貴方の事なんて見ていないと思う。
 
 だからこれは『天罰』と言うよりも『因果応報』なんだと思う。自分が今まで行ってきた事の報いを受ける時なの。それが今……。
 
 そしてマリーは追撃の手を緩めない。項垂れている副商会長などお構いなしに「貴方の特等席はこちらですよ」と言いながら首根っこを掴み、持ち上げてプロジェクターの前まで連れてくる。
 
 あのタコ親父はいいものを食べ過ぎなせいか横にデカイ。普通の一般男性二人分はあろう重量をマリーは片手で持ち上げていた。その小さい体のどこからそんな力が出て来るのか不明だけど、あのメンツを考えたら、それ程不思議でもなくなった。
 
 空から降って来た『天罰』の光はプロジェクターに映る副商会長の自宅を画面外から照らされる光で今すぐに飲み込もうとしている。
 
 ここまでくればどんな阿呆でも流石にわかる。この光を発している巨大な物体は間違いなく副商会長の自宅に落ちる。そして…… 中心から半径五キロ全て…… 人がかつて住んでいた形跡を全て葬ることになるのだと。
 
「う、嘘だ…… わ、私の、人生の全てをかけた邸宅が……ハハ、ハハハハ…… そうだ、こんな事が実際に起きる訳がない。きっとこれは夢なんだ……」
 
 現実逃避し始めた副商会長をマリーは許さない。軽く頬に平手打ちをして無理矢理現実に引き戻す。
 
「夢なわけないでしょう? 今日で貴方は全てを失う事になる。文字通りね」

 そうこう話をしている内に天罰が丁度、副商会長邸宅の中心に到達した。あまりの眩しさに目を閉じてしまったけど、それも一瞬の出来事だった。
 
 着弾したであろうタイミングと同時に遠くから轟音が鳴り響き、建物が大きく揺れる。みんな机の下に隠れたり、壁に寄りかかったりしながら地震が収まるのを耐えていた。
 
 瞬時に大きく地震が来るケースは滅多にないから、大半の人は真っ青な顔をしながらガクガクブルブルしていた。
 
 あの四人はどうしていたかというと、平常運転だった。マリーは腕を組んで仁王立ちして副商会長を見下ろしてるし、アリスは自分のやるべき事は終わったようで地震に驚いていたディックを庇う様に後ろから抱き着いて耳の裏側の匂いを嗅いでる。何しとんねん。
 
 それに気づいたセリーヌがアリスの暴走を止めるべく、引き剝がそうとしているがアリスの方が一枚上手か。リシェルは…… 未だに冒険者達を高笑いしながら踏みつけていた。飽きないのかな?
 
 副商会長の自宅の様子をプロジェクター越しに確認すると…… 一言で片付けるなら『凄惨』としか言いようがなかった。
 
 落下してきたであろう物体の周辺は完全に地面が抉れており、周辺一帯はその落下中の熱量と落下時の衝撃波によってボロボロになっていたり、燃えていたりしている。
 
 肝心の自宅はというと『廃墟』と化していた。数分前までのキラキラしていた外観が噓の様だった。本当に落下地点から半径五キロ全てがボロボロで魔物の住処なのでは? と思っても不思議ではない有様だった。
 
「何故? 何故、私なんだ? 他の連中だってやっているじゃないか! どうして私だけがこんな目に会わねばならないのだ!」

 マリーの目は冷たい。先程までの淡々と対応した機械の様な無表情の目じゃない。確実にこの男を地獄に引きずり下ろす為の目になっている。
 
「私言ったわよね? 『私がなんの証拠もなしにブラフで口論をしているとお思いですか?』と……」
 
「え……?」

 副商会長は心当たりがないのか、本気で『?』な表情をしている。しかし、マリーは最初から何か知っているだった。もしかして最初から副商会長を狙い撃ちするつもりだった?
 
「……本当に分からないの?」

「も、もしかして奴隷に知り合いがいるのか? であれば早速解放手続きを……」

 マリーは副商会長の胸倉を掴み、思い出させるかのように拳を振り上げようとする。マリーの形相はまるで鬼の様でウチは背筋が凍ってしまった。
 
 が…… 拳は振り下ろされる事なく、間一髪の所でアリスがマリーの拳を止めた。

「そこまでだ、マリー。直接的な行動に出るのは君らしくないな。それに…… 彼は君の追っている人物じゃない。奴隷を扱っているからと言う理由で一緒くたにしてしまっては、見つけられるものも見つけられない」

「分かってる! 分かってるのよ、そんな事 …………ごめん、もう大丈夫だから……」

 目を閉じて、天に向かって大きく息を吐く。頭を冷やしたのか、その言葉を聞いてアリスは掴んだマリーの拳から手を離した。

 びっくりした…… 知り合って間もないけど、頭で全てを解決する様なタイプだと思ってた。
 
 にも関わらず、物理で解決しようとかまるでアリスじゃん。案外似た者同士なのかもしれないけど…… にしてもあの反応は…… あのマリーですら見つけられないって一体誰かを探してるんだろうか?

「さて、マリーは少々頭に血が上っている状態だから僕が話を進めるけど、商会が行っている裏の事業は全て君が推進して始めたのがキッカケらしいね。そしてそのスポンサーである貴族を連れて来たもの君だ。君が取り仕切っているのであれば、商会長ですら知らない取引も行う事も容易のはずだ。その結果、随分と私腹を肥やしていたみたいじゃないか」

 その言葉に商会長は身体を震わせながら立ち上がり怒りの表情で副商会長を睨みつけている。
 
「あ、いや……それは……」

 副商会長は睨みつけている商会長に言い訳をしたいみたいだが、適切な言葉が出てこないのかどもっている。
 
「やけにこの事業についてごり押ししていた上に『貴族との繋がりを深める為』などと言っていたが、商会ではなくすべては自分の為だった訳か……皆さんには御礼と謝罪をしなければなりません。お仲間の方にご迷惑をおかけしたことと、()の窮地を救っていただいた事は感謝の念に堪えません」

「……え?」

「……は?」

 ……んんん? ……娘? 商会長の? そんな人いたっけ? というか……今回の問題が発生した現場の登場人物で『娘』、つまり『女』と言える人物って…… あれ…… まさか……。
 
 ウチは周りを見渡す。何故かみんなウチの事を見ている。鼓動が早くなる。この流れって…… 嫌な予感がする。
 
 ウチは商会長の方に視線をやると…… 思いっきり目が合ってしまった。何故か商会長の顔つきはウチがいつか夢に見ていた優しい父親の様な表情をしていた。
 
「娘のロクサーヌを助けて頂きまして、ありがとうございます」

 今の商会長の発言に対する理解が追い付かない……頭の中が真っ白になりそうです。
 はあああああああああ? 噓でしょ? 本当に? ……ウチが? でも…… 意味が分からないし、納得もいかない。
 
「待ってください。ウチは赤ん坊の頃に母親から売られたって聞きましたよ。それが嘘だったというんですか?」

「そう言う事にしておいたんだ。正確には『取り戻した』になるのか……。私の娘だと知られてしまうと立場上、命を狙われる事もおかしくない。私は仕事で近くに居てやれる時間も少なかったから…… ロクサーヌ自身に強くなって貰うしかなかったんだ」

「そんな危ない橋を渡るくらいなら、どうして母親から無理矢理引き離したんですか?」

 どうやら本当に私の父親らしい……。話を聞くと商会長…… 父は商会の経営が軌道に乗り始めた当時、息抜きとしてたまたま立ち寄った場末の居酒屋で知り合った母とノリと勢いで関係を持ったらしい。
 
 そんな短絡的な行動に出るような人には見えないのだけれど、父は「あの頃は若かったからなあ」という事らしい。ウチはそんなの絶対に嫌だ。
 
 行きずりの男女で関係を持つなんてムリムリムリ。ウチはもっとこう…… 運命の相手とムードのある夜景を眺めながら、二人は見つめ合い近づいていき、そして唇が……。
 
 いけないいけない。今はそんなこと考えている場合じゃない。話を続けると、二人の関係はそこまでだったらしい。その後、その女性…… ウチの母親が別に口説いてきた男と恋仲になったはいいけど、お腹にいたウチが邪魔になったらしくて、生活費の足しにもなるからということで売られかけた所をその情報を入手していた父が高額で買い取ったらしい。
 
 そこからは母とは音信不通だそうだけど、父曰く「あの女はゴキ〇リ並みの生命力と図太さがあるからそう簡単に死にはしないだろう」との事。一度でも関係を持った女性に対してゴ〇ブリ呼ばわりするのは如何なものかと思うのだけど……。
 
「いずれは名乗り出るつもりだったのだ。ただ、タイミングが見つからなくてな。もしかしたらその男が私とロクサーヌを引き合わせない為に画策していた事も今であれば考えられるな」

 となると、暗殺部隊の人事もこの男が仕組んだことだったという事ね。

 副商会長はビクッと身体を震わせている。はぁ…… ウチの人生はこんな奴にこれまで良い様にされていたとか悲しくて涙が出るよ。
 
「でも、ウチと商会長が父娘だとしても副商会長が邪魔する必要なんてあったんですか?」

「血縁関係があるという事は、言い方を変えると私の跡取りともいえるからな」

 あー、そう言う事ね。自分がいずれは商会長の座に就くつもりだったのね。
 
 ウチは別に商会長の座に興味はないけど、こんな奴にだけは絶対にその座を渡したくはない。
 
 それに今回の事が明るみになった事で、副商会長も幹部陣からの信頼も失って、家も失った。恐らくはもう家族の耳にも彼が今までしてきた事について知らされているだろうから…… 最悪家族すら失う事になるだろう。
 
 それにしても跡取りか…… でも、ウチは……
 
「商会長、申し訳ありませんが……」

「分かってる。それに…… もう商会に残るつもりもないのだろう?」

「……はい」

「それがいいのかもしれないな。今のお前であれば一流の殺し屋にも遅れをとる事もないだろうし、セキュリティレベルが向上して情報漏洩が減っている昨今、私とロクサーヌの関係を知るものも少ない。それに…… 商会に残っている限り、私の事を父と呼んでもらえなさそうなのでな」
 
 なんかめっちゃ照れてる。外面は怖い印象があったから、商会長の意外な一面を見た気がする。
 
 だからと言って、父と呼ぶかは別の問題だから。今まで雲の上の存在だと思っていた人は父親でした!? だから今日からお父様とお呼びします…… になるわけないでしょう!
 
「突然の話なので、自分の中でも整理できていませんし…… ただ、いつかはそう呼べたらいいなとは思ってますけど……」

 ずっと一人ぼっちだと思っていた。諦めてはいたけど、家族に憧れがあったのも嘘じゃない。嬉しさと戸惑いと照れくささといった様々な感情が渦巻いて、今はどうしていいか分からない。

「一つ頼みがあるのだが……」

「何でしょうか?」

「年に一度でも構わないから、実家に顔を出してくれないか? 昔から仕えてくれている執事と数名はお前の存在を知っているから、そのうち迎えに行かせる事にする」

「こ、心の準備が整ってからでお願いします……」

 当初予定をしていた辞表を叩きつけるよりも、とんでもない事実に驚愕しているウチに冷静になったマリーが話しかけて来た。
 
「感動の父娘対面はもういいかしら?」

 なんか驚きもなく当然であるかのように言ってくる……。もしかしてこの人……
 
「マリーさんはウチと商会長の関係を知ってたんですか?」

「ええ、知っていたわ」

「どうして教えてくれなかったんですか?」

「どうせこの展開になるのは最初から分かっていたからわざわざ言う事でもないかと思っていたの。それにあなたもそんなことをいきなり言われても信じないでしょう?」

「……それは……そうですけど」

 なんか納得いかないなあ……

「そんなことよりも商会長、今回の件を含めた裏事業の元締めでもある副商会長のお仕置きは終わりました。後の事はお任せしてもいいですか?」

 あれがお仕置き? そんなレベルじゃないんだけど…… ウチはプロジェクターに映し出されているかつて副商会長の楽園であったであろう今は廃墟となった地獄の様な光景を見ながら、この人の感覚マジで狂ってると思っていた。
 
「分かりました。ただ、これらの件に関わっている貴族連中がなんというか……」
 
「ご心配には及びません。もし反発するような事があれば私の名前を出したうえで『爵位を剥奪されるネタをばら撒かれたくなかったら大人しくしておくこと』と言っておけば、無言で首を縦に振るでしょうね」
 
 流石の商会長もマリーの行動にあんぐりとしている。
 
「ハハ、怖いお人だ。何から何までありがとうございます。特に娘の件は……」
 
「私はやるべき事をやっただけにすぎません。娘さんとの関係はこれからのあなた次第ですよ。ロクサーヌさん、貴方はこれからどうするのかしら?」
 
「ウチは…… 冒険者でもやろうかなって思ってます。今までの経験も生かせそうですし」
 
「そう、これからは同僚になるってわけね。でも、一つだけ警告しておくわね」
 
「……え?」

「ディックに手を出す事だけはおススメしないわよ。あのプロジェクター先に映ってる光景を忘れない事ね」

 クッ、勘付かれている? さすがはマリー。しかし、ウチも諦めるわけには行かない。ここで引いたら二度とディックの前に立てなくなる気がする。
 
 どうする? ウチがマリーに対抗できる要素って何があるんだっけ……? ……ある……これに賭けてみるしか……。
 
「もしかして…… ウチに取られるのが怖いんですか?」

「はっ……はぁ? 私が貴方如きに後れを取るとでも思ってるの? 随分な自信ね」

 ウチが反撃するとは思っていなかったのでしょうね。予想より動揺している。

「確かに貴方は頭脳、魔法に優れている上に魔道具開発や諜報と非の打ち所がない様に見えますが、そんな貴方にもいくつか弱点があります。そのうちの一つ……」

「……な、何よ」

「マリーさん、あなたは料理が出来ない」

「グッ…… それが何だって言うのよ? 料理ならディックが得意だもの。私が他で補えばいいだけの話でしょ」

 そうは言いつつもそれなりにダメージはあるように見える。
 
 手を休めずに間髪入れずに攻めるしかない。
 
「確かに適材適所での役割分担は合理的判断ではあると思います。しかし、恋愛にそれを持ち込む事が最善と言えますか?」

「…………」

「ウチだったら一緒に料理を作る過程で身体を密着させたりして物理的のみならず精神的にも距離を縮める様に努めます。ですけど…… フフッ、マリーさんの断崖絶壁残念おこちゃまボディには無理な話でしょうけどね……ディック君からは妹程度にしか思われていないんじゃないんですか? その点、男を誘惑する事に関して貴方に負ける事は絶対にありません」

 ウチはわざと胸を強調する様な仕草でマリーに見せつけると、マリーはショックを受けた表情をしながら、自らの胸とウチの胸を交互に確認しながら後退りして自らの胸辺りの無い乳を擦って悔しそうにしている。どうやら今まで気にしていなかったみたいだけど、言われた事で自覚したらしい。

 そんなウチも言いたい放題してるけど、実際試したことは全くなくて愛読しているファッション雑誌の恋愛ハウツーコーナーに乗っていた「気になるアイツを落とす108の方法」を一部抜粋しているだけに過ぎないのは秘密。
 
 しかし、雑誌のまるパクリの内容であってもマリーは悔しそうに歯を食いしばりながら顔を真っ赤にしてウチを睨みつけている。この子……恋愛に関しては見た目同様おこちゃまレベルだったのか。イチかバチかで挑んでみて良かった。
 
 フフッ、これならまだまだウチにも対抗は出来そうです。
 
「なっ、何よ! その程度、だったら私は……」

「それならウチは……」

「私は……」

「ウチは……」

「…………」

「……」





「――そんなわけで、ラリーを続けたウチとマリーさんは最終的にお父様とアリスさんに止められてお開きになった訳っす」

 マリーもリシェルもロクサーヌの話を聞いて、ようやく思い出したかのように当時を振り返っていた。
 
 そんな中、アリスは一人納得がいかない表情をしてマリー達に突っかかっていた。
 
「君達さあ、さっき僕の事『ギルティ』とか言ってたよね? 君達も大分絡んでいたにも関わらず忘れていたって事だろ? つまり同罪ってことだね」

 しかし、マリーは開き直っているのか自分の罪をまるで認めようとしない。
 
「私は色々と忙しいの。あの程度のイベントなんかいちいち覚えていられないわよ。それに、今のロクサーヌって何に影響されたのか知らないけど、頭の悪そうな話し方しているから同一人物にはならなかったのよね」

(あの時と同様にファッション雑誌の恋愛ハウツーコーナーに乗っていた「気になるアイツを落とす108の方法」に書かれていた『後輩感を出して先輩を盛り上げれば可愛がってくれること間違いなし』通りにしていただけだなんてとてもじゃないけど言えない……)

「わたくしも殿方達と交流していた記憶はあるのですけど、ロクサーヌさんとはあまりお話しできていませんでしたから……」

「君達、その程度の言い訳で逃れられると思わない事だよ」

「さてと、ウチは調べ物があるのでそろそろお暇させてもらうっす」

 マリーとリシェルがアリスに言い訳をしている最中に自然な流れで立ち去ろうとするロクサーヌをマリーは見逃すつもりはなかった。それは、まだやるべき事が残っているからだ。
 
「逃がすと思ってるの?」

《植物魔法 茨の拘束(ソーンバインド)

 突然床から生えて来た茨で立ち上がったロクサーヌに逃げられる前に四肢を拘束する。
 
 しかし拘束されたロクサーヌは特に慌てる事も無く、余裕の笑みを浮かべている。

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