倉庫の中に入って来た子はウチ達の光景を見て絶句していた。

 それは当然の事だ…… 年端もいかないであろう子がこんな汚らしいレイプ直前の現場に居合わせて、まともな反応をする訳がない。

 しかしその子はウチ達の予想を遥か斜め上を行くセリフを口にしたのだ。

「さっ、寒くないんですか!?」

「「「「「「「は?」」」」」」」

 たしかに今は季節で言うところの冬だし、司令官は自ら上半身を既に脱いでいたし、ウチも脱がされかけている状況になっていたから傍目から見たら寒く感じるかもしれないけど…… 他にもっと言うべき事があるのでは? という見解は全員一致してると思った。
 
「い、いえ…… その…… 確かに冬でも布でこすって免疫力を上げる健康法があるとは聞いた事はありますが、この目で見るのは初めてでしたので…… ちょっとびっくりしちゃいました。えへへ」

 ウチは未だに理解が追い付いていない。この状況で「えへへ」と言えるこの子の胆力なのか空気の読めなさは想像を絶している。
 
 それは数々の修羅場を乗り越えて来たウチですら初めての経験だった。
 
 それは同僚たちも同様で信じられない様な表情をしていたが、直ぐに正気に戻ってこの子の処遇を考えてるようだった。
 
「どうせ見られてしまったんだ。この子…… 良く見たら滅茶苦茶可愛いな。この娘も頂いちまうか」
 
「それいいな。じゃあ、俺はこの子から頂くぜ」

 やっぱり女の子なの……? それにしては何か違和感があるような……? いや…… でも…… うーん、まさかウチが一目で理解できない様な子が存在するなんて思わなかった。
 
「司令官、いいですよね?」

「好きにしろ。私はこのクソメスを屈服させる事しか考えてないからな」
 
 荷物を抱えた子は「え? え?」と何が何だかわかっていない様な表情をしている。
 
 この子、この期に及んで本当にこの状況を理解できていないの? 能天気とかそういうレベルではなく頭が病んでるんじゃないかと思ってしまう。
 
 むしろ司令官以上にこの子に対するストレスすら溜まって来た。
 
 同僚はこの子の手を引いた後に突き飛ばしてウチの隣に並べようとした……
 
 その時だった。
 
 ウチの隣に並んだ瞬間に持っていた荷物を思い切り司令官にぶつけたのだ。
 
 荷物をぶつけられて倒れた司令官以外はみんな呆然としていた。
 
 頭がイカれた(疑惑の)女の子(?)がいきなり真面目な顔をして荷物をぶん投げたのだ。そりゃみんな度肝を抜かれるよ。
 
 そしてその子はウチを庇うような体制で立っていた。
 
「全く…… いい大人が大勢で一人の女性を襲うなんて何を考えているんですか? 恥ずかしくないんですか?」
 
「「「「「「ええええええっ!?」」」」」」
 
 ウチもついつい声を上げちゃったよ。だって素で頭が狂ってると思ってたもん。
 
 まさか…… 演技だったとは思わなかった。ある意味で凄い才能を持ってる。
 
 そしたらその子は上着を脱いでウチに被せてくれた。
 
「もう少しだけ我慢しててくださいね」
 
 そんな台詞と同時に見た表情はまるでウチを迎えに来てくれた王子様の様な優しい顔をしていた。
 
 そう思ったらウチは思いっきり顔が熱くなってしまった。絶対ロマンス小説の読みすぎだよ。
 
 こんな時に何を考えてるの。この子は女の子なの……に…… いや、違う。上着を脱いで露わになった筋肉を見た時にハッキリした。
 
 この子は間違いなく男の子だ。女とは違う筋肉のつき方をしている。さっき感じた違和感はこれだったんだ…… 
 
 性別がハッキリして余計にドキドキしてしまった。
 
 だって初めてだったから…… 異性から劣情を催す様な表情もなく慈しむというか、壊れ物を優しく扱ってくれるような表情を向けられたのは……。
 
 それに誰かに守られるというのも生まれて初めての経験だった。どうしよう…… 誰かに守られる事がこんなに嬉しいって思わなかった。
 
 いや、落ち着いてロクサーヌ。お前はそんな安い女じゃなかったでしょう。
 
 それに…… 彼一人でこの状況を覆せるとも思えない。
 
 司令官は数に入れないとしても、手練れの現役暗殺者が五人もいるんだよ。
 
 彼もそれを分かっているのか、緊張した表情で五人の同僚を見ている。
 
 司令官は荷物をぶつけられて頭が回っていたようだけど、ようやく目が冴えたみたいで完全に怒り心頭だった。
 
「許さんぞ!そのガキもロクサーヌと一緒にこの世の地獄を見せてやれええええ」
 
 司令官がそういうと同僚たちも彼をターゲット認定して襲い掛かろうとしていたが……
 
 バッコーーーン と突然衝撃音が倉庫内に鳴り響いてた。
 
「今度は何なんだ!」

 音が発生した場所に目をやると入り口が壊されていた。今の音は入口を壊した音のようだった。
 
 そこからは人が一人追加で入ってきたようだった。
 
「倉庫内に入ってから百八十秒経過したにも関わらず出てくる様子がないから心配で来ちゃったよ」

 そう声に出して入って来たのは…… 今度こそ間違いなく女の子だった。身体は…… 随分貧相で胸もないのだけれど、声も相まって流石に性別はハッキリしていた。
 
「ア、アリス? だ、ダメだよ…… 扉を壊しちゃ」
 
「どうしても君が心配になってしまってね…… まさかとは思うけど、ディックのあまりの可愛さに性別をガン無視して襲って来る様な身の程知らずがいないか確認の必要はあると思ったのさ」

「そうなんだね…… あ、ありがとう。実は丁度いいタイミングだったりするんだけど、ドアは壊さないで欲しかったかな」

「ん? 丁度いい? それはどういう……」

 アリス? ディック? 確かその名前って…… いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 アリスと呼ばれた女の子はウチ達とディックと呼ばれた少年の立ち位置を目にした途端に顔面に青筋を立てて闇の世界で生きて来たウチらですら戦慄を覚える程の殺気を向けられていたんだ。
 
「へぇ、本当に懸念した通りの状況になってるとは思わなかったよ。半分は冗談のつもりだったんだけどね…… まさか僕のディックに劣情を催すだけでなく刃物を向けるだなんて命知らずがいるなんてね…… 生きて帰れると思わない事だよ」
 
 ウチは余波だったから大きな影響はなかったけど刃物を持っていた同僚達は思いっきり殺気を浴びせられたせいか刃物を落としてしまい全員が呼吸困難に陥って苦しんでいるようだった。
 
「アリス! その辺にしておかないとみんな死んじゃうよ」

「だってディックに刃物を向けたんだよ? 全員死んで然るべきなのさ。いや、死すら生温い…… どうにかして永遠の苦痛と生き地獄を味わわせる方法はないものだろうか…… あとでマリーに相談してみよう」

 暗殺者のウチですらドン引きするような内容を平然として語るこの女の子…… アリスと呼ばれていた。
 
 ディック…… アリス……
 
 間違いない。この名前は半年ほど前から冒険者活動を開始したとされる新進気鋭の若手冒険者パーティメンバーの名前だ。
 
 冒険者は時にウチらの仕事の障害になる可能性もある事から最新の冒険者情報は常に仕入れていた。
 
 特に有力な冒険者の存在は。
 
 そして、ウチの調べだとこの若手冒険者パーティーは歴史上最速でランクを上げ続けている連中だったのだ。
 
 と言ってもどうせウチと同年代の若造だし、ちょっと才能があって周りからチヤホヤされているだけのありがちなイキリパーティなのだと思っていた。
 
 
 でも実態は違った。
 
 
 特にこのアリスに殺気を向けられて思った。
 
 とんでもない化け物だと…… 命が惜しいならこれは敵に回してはいけない。正直、今も体の震えが止まらない。
 
 生まれて初めて自分の本能が叫んでいる。「この化け物に出会ったら任務を捨ててでもその場を離脱しろ」と……。
 
 なるほど、周りの冒険者達が彼女につけた二つ名も今なら納得できる。
 
 傍若無人な態度にそれ見合うだけの能力はまさに彼女に相応しい。
 
 『暴君 アリス』
 
 そしてディック…… 君にも二つ名がつけられていることを知っている?
 
 この二つ名はなんの冗談なのかと思った。
 
 まあ、名誉か不名誉なのかは一旦置いておくけど。
 
 最初見た時にウチも女の子だと勘違いしてしまった。
 
 そしてその態度から男性が見たらガッツポーズを取って大喜びするんだろうなあって思った事から案外この二つ名に間違いはないのかもしれないとも思った。
 
 『お嫁さんにしたい冒険者ナンバーワン ディック』
 
 本人に実際会ってみて実は案外しっくり来たりもするとも思ってしまった。
 
 
 
 
 でもね、さっき見せてくれた君の表情は今も鮮明に思い出せるんだよ。あの時の優しい笑顔はウチにとって間違いなく理想の『王子様』だったんだから……。