勇者パーティーから追放された魔法戦士ディックは何も知らない~追放した勇者パーティが裏で守り続けてくれていたことを僕は知らない~

「恋も愛も知らぬ哀れな畜生に私自らが貴方に慈悲を与えてあげましょう。泣いて、跪いて、世界と私に感謝しながら…… 死んでいきなさい」

 はーちゃんは『来いよ』と言っているのか、刀身をゆらゆらと左右に揺らしている。

 完全なる上から目線と挑発の様な挙動にラスネラガルも我慢の限界が来ているようで完全にお怒りモードである。
 
《闇の刃》

 ラスネラガルは刀身に黒く染まった刃をはーちゃんに飛ばすが「フンッ」と一喝しただけで消し飛んでしまった。

 はーちゃんには こうかが ない みたいだ……

「勘弁してくださいよぉ、飛ぶ斬撃なのは理解しましたが、そんなそよ風に御大層な名前を付けて私の呼吸で消し飛んでしまう技なんて技にあらずですよ。改名しておいてくださいね」

 はーちゃんは剣なので表情はわからないが、セリフを聞いている限りではもしも人間であればニヤニヤしてるだろうというのは容易に想像が出来る。

 一方、ラスネラガルは自慢の技をかき消されてしまい悔しそうに歯ぎしりしている。
 
 だが彼は諦めない。ラスネラガルは闇剣を両手で掴み振り上げて全魔力を込めており、先程とは比べ物にならない程に刀身が黒く染まっている。
 
 やがてその黒い魔力は龍の形を模し始めた。龍の大きさは徐々に大きくなり、大広間の半分は埋め尽くすであろうサイズまで膨れ上がった。
 
「俺ハゴブリン族ノ希望ヲモタラス存在ナノダ! コンナ所デ負ケル訳ニハイカナインダアアア」

無慈悲な(ルースレス・)蹂躙劇(マルトゥリトゥメント)

 振り上げられた剣を振り下ろすと同時に魔力で作られた龍がはーちゃんに向かって一直線に襲い掛かる。
 
「なるほど、畜生風情がよくぞここまで頑張りました。私にはもったいないのでご友人であろう彼にプレゼントしてあげる事にしましょう」

 龍とはーちゃんが交差するその瞬間――はーちゃんは自身を揺らすと目前まで迫り来ていた龍は進路を変更して、ただ一人呆然と状況を眺めていたムルグに突っ込んでしまった。
 
 そしてムルグを貫いた龍は後方にあった邪神像すらも破壊してしまった。
 
「ムルグウウウウウウ」
 
 ラスネラガルの悲痛な叫びはもはやムルグには届かない。彼は消滅してしまったのだから。
 
「フフ、ご安心ください。貴方もすぐに彼の元へ送って差し上げますよ」

「ナッ?」

 はーちゃんは既にラスネラガルの目の前まで移動していた。剣を振り下ろせば接触可能な至近距離まで詰めていたのだ。
 
 ラスネラガルは悲しみよりも驚きの方が勝っていたのか、呆然とした表情で目の前に迫っていたはーちゃんに対して動くこともできずに眺めていた。

「さようなら…… 次に生まれ変わる時は是非とも愛を知る事の出来る生物に生まれ変わってくださいね」

 本人の意思ではどうにもならない事を願いつつ、はーちゃんはその身を振り下ろしてラスネラガルはその命の終りを迎えた。
 
「お疲れ様、はーちゃん」

「私の事よりもディックさんは大丈夫なんですか?」

「ここに来る前に大分数を減らしておいたから問題ないよ」

我が主(マイマスター)の事だからてっきり全滅させていると思ったのですが違うのですか?」

 今まで群がる敵はディックに到達する前にみんなが蹴散らしてしまっていた事しか知らないはーちゃんはディックに対して敵を残している事に疑問を持っていたのだ。
 
「うん、実はね――」

「――なるほど、でもそれって追放の必要なくないです? 我が主(マイマスター)達がそのまま鍛えてあげれば解決するような気がしますけど……」

「ごもっともなんだけど、いざディックを目の前にするとどうしても甘くなっちゃうんだよね。だから無理にでも突き放さないとダメなんだよ…… 主に私達がね」

「あー、すごい納得」

 そんな会話をしている間にアリス達は何をしているかと言うと――


~ ちょうどその頃の宿屋内 ~


「ああああ、ディック!!! 避けてえええええええええ」

 残った三人はディックがゴブリンと戦っている所を超高性能小型追跡型魔道具から送られてくる映像をモニター越しに覗き見…… もとい応援していた。
 
 モニター越しのディックが動くたびに同じ挙動を追従する様に三人も動いている。傍から見るとマヌケな行動ではあるが本人たちは至って真面目なのだ。

「ちょっとアリス! すぐ傍で大声出さないでよ」

「なんて心臓に悪いんだ…… 自分で戦っていればこんな思いせずに済むのに……」

 アリスは自分の胸を手でグッと握りしめて息切れを起こすのではないかというほどに呼吸が荒くなっている。

「わかります。これも神の意思だと言うのですか? なんという苦しい試練をお与えになるのでしょうか……」

 リシェルは神に祈り始めているが、アリスと同様に苦しそうにしている。

「でも逆に今がチャンスなのよ。ディックがゴブリンに集中している今がね」

「どういう意味だ? マリー」

「ディックの視線はロクサーヌから外れている。そしてアラート範囲内の一メートル以内にいる。つまり緊急コマンドは未だに継続して使用可能という事よ」

「えっと…… すまないが、何が出来るのかもう一度教えてくれないか?」

 アリスは戦闘以外に関してはポンコツで物覚えもよろしくないのだ。
 
 ついこの間緊急コマンドについて習ったはずなのに既にアリスの頭からは全部抜け落ちている。
 
「対象を私達の元に飛ばしてくることが出来る『キャピタルパニッシュメント』を使うわ。これは転送魔法陣をその場で構築して使用するから時間が掛かるし見られるとすぐバレちゃうんだけど、ディックがこっちを見ていない今がチャンスなの!」
 
 マリーは「引数に私達が今いる空間座標を指定して――」とブツブツ呟きながらキーボードを『カチャカチャカチャ……、ッターン!』と叩くとロクサーヌの全身を覆う程の魔法陣が展開され始めた。
 
「クッ、少し時間が掛かりそうかも。ディックが気付く前に転送魔法陣を完成させないと」

 魔法陣を展開させつつもディックは着々とゴブリンの数を減らしている。
 
「ま、まだなのか? マリー」
 
 残り三匹……
 
「もうちょいで行けそうだから焦らさないで」
 
 残り二匹……
 
「マリー急いでください! ディックがゴブリンを全滅させちゃいますよ」
 
 残り一匹……

「分かってるから!」

 残り一匹のゴブリンにディック渾身の一撃が炸裂する!
 
「「マリー!!!」」

「完成した! キャピタルパニッシュメント、実行開始!」

 実行開始と同時にロクサーヌは映っていたモニターから瞬時に姿を消して、マリー達の目の前に瞬間移動してきた。
 
「あっぶな! ギリギリだったけど、ディックにバレる前に成功したわ」
 
 ディックはというと、最後のゴブリンを倒して振り返ったものの、ロクサーヌがいない事に気付いてキョロキョロしながら慌てている。
 
 モニター越しに「えっ? ロ、ロクサーヌさん? ど、どこですか?」と聞こえてくるが、当の本人は既にそこにはおらずマリーたちの目の前にいるのだ。
 
 マリーはこのままだとディックが洞窟内を探し回るだろうと察して超高性能小型追跡型魔道具にメモを書かせていた。
 
 メモを書き終えてディックの目に映りやすい様な高さの場所からひらひらと紙を落とすと、それに気付いたディックが紙を拾って読み上げていた。
 
「『ロクサーヌは安全な場所に避難させた。ディックもその場から早急に離れる事』って…… あれ? いつの間に人が来てたんだろう? それに誰だろう?」

 ディックは頭を捻りながらも辺りを再度見渡すがやはり人影も気配も何も見当たらない為、どこかの親切な人が助けてくれたのだろうと考えてその場を後にした。
 
 後顧の憂いも必要なくなった事から、ロクサーヌに専念できると考えた三人は悪魔も裸足で逃げだす様な笑顔でロクサーヌの目の前に突っ立っていた。
 
 マリーは人差し指を立てて魔法で水玉を作り出していた。それをぐーすか寝ているロクサーヌの顔面に目掛けて『バシャッ』と食らわせた。
 
「ブホッ、ゴホッ、ゴホッ…… 鼻に水入った…… ん? あれ? ここは? ディック君? ディックく――」

 ロクサーヌが目を覚まして目の前の足元に気付き顔を見上げるとそこにいたのはディックではなく、ロクサーヌ曰く『ディックに付きまとっている四人組』の内三人がそこにいたのだ。
 
 なぜ自分が洞窟ではない場所にいるのか、なぜこの三人が目の前にいるのかと状況が理解できないロクサーヌは「な、な、な、なん……で」と狼狽えていた。
 
 三人はニタニタしながら揃えて口にする。
 
 


「「「ようこそ、地獄の一丁目へ」」」




 ディックは知らない。助けるはずのロクサーヌはゴブリンに蹂躙された方がマシだったという悲劇をこれから味わう事になる事を。
「な、なんでアンタたちがここにいるんっすか!」

 三人は「何言ってんだ? コイツは」とため息をついて呆れている。
 
「何でここにいるのか? ですって…… 少しは周りを見て自分の置かれている状況くらい考えたら? 男とヤル事しか頭にないパッパラパーだと状況把握能力が欠落してしまうのかしら? 脳みそピンク色にするのも程ほどにしておきなさい」

「ここは君が気を失う前にいた洞窟ではない。僕達が泊っている宿屋だよ。起き上がりとはいえ、すぐ分かるものと思ったけど…… もしかして周りの状況も理解できない程僕達に怯えているのかな? これはこれでお仕置…… 躾の甲斐があるよねえ」

「彼に手を出した大罪人にはしかるべき神罰が下るでしょう…… いえ、神をも恐れぬ不届きものには地獄すら生温い。まずはその身を持って知るといいでしょう、私達が地獄以上の恐怖を教えてあげます」

 ロクサーヌは三人に言われ放題の内容については一旦気にしない事にして、マリーが言ったように落ち着いて状況把握することにした。
 
 一息ついて改めてキョロキョロと周りを見渡すとここは洞窟ではない事がわかる。そしてアリスは「僕達が泊っている宿屋」と言っていた。つまりここはいつもの街だ。
 
 方法は分からないが今は確かに戻ってきている事を理解した。
 
「なるほど、ウチは気を失う前は洞窟にいたはず…… そしてアンタ達がここに居るって事はウチが誰といたかも把握済みって事っすね」

「でなければわざわざアンタをここに呼び寄せる訳ないでしょ。そして私達が言いたい事ももう分かるわよね? ディックは諦めて手を出すなら他のオスにしておきなさい」

 ロクサーヌは勝機でも見つけたのか「ククッ」と笑い余裕を見せている。

「それは可笑しな話っすねえ。ディック君とアンタ達は同じパーティー…… 『だった』かもしれませんけどね、そもそもディック君とそういう関係に誰ともなってないでしょ? ならディック君との関係にどうこう言われる筋合いないんじゃないっすか?」

「『だった』じゃないわよ。今もディックは同じパーティーメンバーよ。今は諸事情があって一人で頑張ってもらってるだけ」

「ふーん、諸事情っすか……」

 ロクサーヌは考えていた。四人にとって自分達よりも大切なディックを意味もなく突き放すはずがない。確かに事情はあるという事に関して嘘はなさそうだと。
 
 そしてディック自身も『実は当分の間ソロ活動することになりまして……』言っていた事から裏も取れている。
 
 けど納得いかない点もある。ディックが関わる話であればお得意の力技で自分達の我を押し通すはずなのにその節が見られない。
 
 一体何があったのか…… そういえばこの間王宮に呼び出されていたはず。その時にディックに関わる何かがあったのだと推測した。ちょっとカマをかけてみよう。
 
「そういえばこの間王宮に呼び出されてましたよね? 何かあったんすよね?」

 ロクサーヌの発言にビクッとした三人は同時に『このアマ気付いてる』とアイコンタクトを送り合っていた。

 ポーカーフェイスがド下手くそな三人は汗をダラダラ垂らしながらわざとらしくニコニコしている。
 
「そ、そ、そんな事ないわよ。大体何の根拠があってそんな事言い出してるのよ!」
 
 わかりやっす…… これでハッキリした。王宮で何かあったな…… 王都に向かい情報収集するべきだと判断した。あとはどうやってこの状況を抜け出すべきか――斥候として一人で行動する機会も多く、捕まったとしても簡単に口を割らない様な拷問訓練も散々叩き込まれたロクサーヌに生半可な拷問は通用しない。
 
 しかし相手は規格外の連中の為、闇の世界も渡り歩いて来た自分ですら思いもよらない方法で行われる可能性もある。

 暴力に訴えるなら儲けもの。それに関しては赤子の時から仕込まれてきたから問題ない。問題は精神に作用する拷問…… 元より失う者のない自分にとって未知の領域。

 いや…… 一つだけあった。今更何を女々しい事をと思っているとマリーが途端に真面目な顔で問い詰めて来た。
 
「アンタさ、何でディックなの?」

 来るとは全く思っていなかった質問に度肝を抜かれたロクサーヌは思いもよらない声を上げていた。

「え?」

「あんまりこういう事言いたくないけどアンタモテるじゃん。別にディック相手じゃなくても良くない? アンタ好みの草食系男子なんて冒険者以外なら結構いると思うんだけど……そこからつまみ食いすればいいじゃん」

 マリーが言う様にロクサーヌはモテる。真面目、不真面目問わず多数の冒険者から、街のチンピラや半グレは当然の事であるが引きこもりがちの少年、青年ですらロクサーヌを見れば顔を赤らめてしまうほどである。
 
 ちなみに四人はというと…… 基本は誰も近寄って来ない。殺気というか近寄るなオーラが凄く気配に敏感ですらない一般人ですら本能的に避けてしまう。
 
 たまに自分の実力を勘違いした冒険者が自分ならと近寄ってくるが瞬殺されて再起不能又はそれに近い状態にされてしまうため、それ以降に寄ってくることはない。
 
 四人は顔の造形だけならロクサーヌといい勝負をしている。体型を含めると勝負になりそうなのはセリーヌかリシェルになるが、それでも四人に寄ってこないのは単純に恐れられているからに他ならない。
 
 闇の世界を生きてきた連中、王宮の騎士団ですら四人に目線を合わせない。合わせたらそれは死を意味するから…… 故に彼らは四人と同じ空間に出くわそうものなら瞬時に壁の一部に擬態する。

「やっぱウチみたいな見た目だとそう思われて仕方ないとは思ってるんすけどね…… ウチこう見えて初物(未経験)っすけど」

 三人の声量で宿全体が飛び上がってしまうのではないかという程に驚愕していた。

「「「ええええええええええっ!?」」」

 アリスは こんらんしている!
  
 マリーは こんらんしている!
 
 リシェルは こんらんしている!
 
「ハハ…… やっぱそう思うっすよね」
 
 いつも他人からそう思われがちのロクサーヌはとっくに諦めていた。男受けしそうな身体と服装であれば遊んでいると思われるに決まっていると。
 
 むしろそれ以外の目線で見られたことが無い事も理解している。ただ一人を除いては……。
 
 かつて所属していた組織で暗殺者として仕事をしていた際にターゲットを垂らし込む為にもその身体を使っていたから本人も否定しにくい所がある。
 
 ちなみに組織に所属していた時のロクサーヌのモットーは『犯られる前に殺る』である。
 
「ちょっとまだ信じられないけど初物(未経験)なのはいいとしましょう。でもまだ肝心の答えを聞いていない。もう一度聞くわよ『なんでディックなの?』」
 
「それを話しするにはまずは根本的な勘違いを訂正する必要があるみたいっすね」

「根本的な勘違い?」

「ウチは別に草食系が好きなわけじゃないんすよね。好きになった男の子が草食系だったと言うだけの話っす」

 三人は今の言葉で悟った。『嫌な予感がする』と……
 
 いつ? どこで? ほぼ一緒にいるから気付かないなんてことはないはずなのに…… 残りのタイミングで出会っていた?
 
 しかもフラグを立てていた? ロクサーヌを相手にフラグを立てる? そんな簡単な女じゃないだろ、コイツは……
 
 アリスは絞り出すような声でロクサーヌに確認する。
 
「『好きになった男の子』がディックだとでも言うつもりか…… いつだ? どこで君たちは出会ったんだ? そして何をしたんだ!」
 
 ロクサーヌはキョトンとしている。
 
「アリスさん…… 覚えてないんすか? あの場にあなたも居たっすよね?」

「「アリス、ギルティ!」」

「ちょ、まっ…… ロクサーヌ! キミィ、適当言ってないだろうね?」

「アリスさん…… マジでディック君以外何も見てないんすね…… 呆れるどころかある意味感心するっす。良いっすよ、アリスさんも忘れてるみたいから話しましょうか。あの寒い冬の日の事を……」


 ディックは知らない…… というか気付いてない。ロクサーヌが周りでどう思われていたのかという事と自分にガチで想いを寄せられていたことを。
 ウチがまだ暗殺者として闇の仕事に従事していた頃の事だった。

 当時所属していた組織の名前は『ギルガリーザ商会』と商会なんてついてはいるが、裏ではこの国では禁止とされている奴隷の取り扱いから非合法の薬の売買、挙句の果てに暗殺稼業にも手を出しており一部貴族からかなり重宝されていた。

 もちろんバレない様に表向きはこの国で最も勢力のある商会を普通に運営していた。食品から雑貨、冒険者用の武器に防具など分野を問わず様々な商品を取り扱って貴族のみならず平民の利用者も多数いるため、まさかこの商会が裏でこんな事をしているだななんて誰もが疑わなかっただろう。
 
 そしてウチはその組織の暗殺部隊に所属していた。
 
 物心ついた時から既に組織に所属しており、上司が言うには赤子の頃に母親らしき女から売られたとの事だった。
 
 そんな話を聞かされた所で「だからなんなの?」という感想しか出ない。
 
 だってそんな場所で育って暗殺稼業が当たり前の生活を送っていたから…… 子供が母親と手を繋いで仲良く買い物なんて場面を見ても心が揺れる事もないし、母親に対する感情も何もなかった。
 
 まあ、所謂『無関心』ってやつ。
 
 そんなウチでも一つだけ人間らしい感情が残っていたらしく、実はロマンス小説を読むのが趣味だったりするという我ながら頭の中身がお花畑なんだなと自覚はあったりする。
 
 初めて読んだ時の次の展開どうなるんだろうというドキドキ感を何度も味わいたくて色んな小説を読むのが趣味となっていた。
 
 それでも現実はこんなんだし、自分にとっての運命の人が現れる訳もなく、期待する事もなくて仕事が入ったらターゲットを暗殺する日常を送っていた。
 
 ウチの場合、暗殺する対象は例外が無い限り基本的に『男』がターゲットになる。
 
 それは何故か? 男の目を引くような容姿と体型をしていただけのただ単純な理由。
 
 上司や一緒に育ってきたはずの同僚もある程度の年齢を超えて肉体的にも成長すると誰もが()()()()目で見てくるようになる。
 
 毎回手で隠したり、見るなよという視線を送るのも面倒だから「好きに見れば?」という態度を取ると遠慮なくガン見してくる奴が多くて正直気持ち悪いし嫌悪感もある。
 
 だから仕事の時は仕方なく肩や腰に手を回させる事はあっても絶対にヤラせる様な事は絶対しないし、訓練がない時もわざわざ男達から姿を隠すようにしてきた。
 
 小説の様に運命的な出会いがあって劇的な恋に落ちるなんて事は自分には無縁だととっくに諦めていた。
 
 そんなウチの人生に劇的ともいえる事件が起きた。
 
 あれは今から一年半ほど前の話……
 
 その時請け負っていた仕事が一旦ひと段落して休日に街を歩いてた時の事。
 
 目の前を歩く一人のオッサンがウチの身体を上から下まで眺めながらニチャアと口角を吊り上げて汚らしい笑顔をしている。
 
 流石に慣れたもんで、視線に気付いても知らんぷりして通り過ぎようとしたら話しかけて来た。
 
 わざとらしくため息をついてやったけど、そんなのお構いなしとばかりにフラフラ歩きながら話しかけてくる。
 
 どうやら真昼間から酒を飲んでいるようだ。話しかけられた息が凄い臭くてウチが鼻を抑えながら後退してしまうほどだった。
 
「ねえねえ君さあ、ダメだよーそんなドスケベボディを真昼間から晒しちゃってさあ、前途ある青少年たちが君を見てみんな前かがみになっちゃうじゃないか。これは指導の必要がありそうだね…… うむうむ、近くの詰所まで来てもらおうかな。そこでおじさんの聞かん棒でお説教しないといけないかなあ?」
 
 これは最早ナンパですらなく、ただのセクハラだった。
 
 会話の必要性もないと思ったからオッサンの脇を素通りしようとするが、全く諦めないオッサンはウチの腕に手を伸ばしてきたからオッサンの腕を捻り上げて蹴りで吹き飛ばしてやった。
 
 オッサンは近くの木箱に頭から突っ込んで気を失ったのか動かない。
 
 ウチはすっきりとしてその場から離れて行きつけの本屋で新作のロマンス小説を購入してルンルン気分で帰宅した。
 
 
 
 後日、上司が血相を変えてウチを呼び出してきた。
 
 何事かと思った。仕事の失敗はないから緊急の仕事なのかと思った。
 
 でもそうではなかった。
 
 どうやら先日蹴り飛ばしたオッサンは最近商会の幹部に上がって来た人らしい。
 
 表で実績を出して幹部になった事で裏の事業を一部任されることになったらしいのだが、その任された仕事として暗殺部隊の司令官に着任したのだったらしい。
 
 オッサンは部隊員の資料を読み漁っていたところ、手を出そうとして失敗した女…… つまりウチがいることを知ったらしい。
 
 どうやらオッサンは難癖をつけてウチを呼び出そうとしているとのことで、上司に当日に何があったのかを散々聞かれた。
 
「あんなのただのセクハラ親父ですよ。それに司令官に着任する前の話ですよね? なんとか折り合いつきませんか?」
 
 上司は左右に首を振る。どうやらウチの訴えは無駄らしい。
 
「そういう問題じゃなくなっちまってる。着任前後云々とかそういう話ではなくて、『任務達成率トップなのをいい事に司令官に手を出した身の程を弁えない女』として幹部中に広まってるらしい。このままお前を庇い続けたら俺達にまで被害が広がっちまう。すまねえが、お前が折れてくれ」
 
 手を出した事は認めるが、それ以外は全て捏造だ。そして上司の顔を見ていると最早庇い様のない事実上の死刑宣告だ。こんな仕事をしてるのだし、いつでも死ぬ準備はしていた。だから「まあしょうがないか…… 処刑は受け入れるとして、せめて一度でいいから恋愛してみたかったなあ」程度に考えていた。
 
 すると上司はまた首を左右に振った。
 
「いや、処刑ではないらしい。お前が愛人になることを条件に許してくれるらしい。それも拒否する場合は性奴隷にすることも辞さないとの事だ」

 目の前が真っ暗になった。自分にとってそれは死ぬ事よりも受け入れがたい事だった。人間として残った最後の感情をこんな形で奪われることになるなんて…… だからウチの出した答えはこれ以外にあり得なかった。
 
「お断りします。そんなことをするくらいなら自ら命を絶ちます」

 上司は最初からそう言う事が分かっていただろう…… 指をパチンと鳴らすと自分の左右と後ろに計五人の同僚に押さえつけられて布を口の中に突っ込まされた。
 
 ならば息を止めて窒息死してやろうと思ったが、それすらも想定内だったらしい。上司得意の傀儡魔法で無理矢理呼吸させられていた。
 
 身動きも取れず、舌を噛むこともできず、息を止めて死ぬ事をすら許されない。
 
「すまないが、お前という優秀な人材に死なれる訳にもいかない。大人しく司令官の愛人になってくれ」
 
 ウチはもうあの汚いオッサンに身も心も凌辱され、死ぬ事も許されないまま任務も遂行しなければならない人形にならなければならないらしい。
 
 だったらせめて…… 感情も奪って人の心を無くしてほしい…… そう願わずにいられなかった。
 
 そしてそのまま五人の同僚に連行されることになった。ウチが連れていかれた場所は司令官の寝室ではなく、商会の持ち倉庫だった。
 
 なんでこんな場所に? と思ったら倉庫の中にオッサン…… 司令官が待ち構えていた。
 
「良く来たなあ…… 綺麗な部屋とベッドで愛してもらえるとでも思ったか? あの時の痛みはまだ忘れておらんぞ…… 娼婦に捨てられた野良犬らしく倉庫内の汚らしい地面で輪姦してやろうと思ってな…… 私が受けた痛みの何十倍…… いや、何百倍にもしてお前の女として、人間としての尊厳も徹底的に全て踏みにじってやるよ。私が満足したらお前らにもくれてやる。お前らもコイツに散々舐められていただろう? 暗殺者である前にただの女である事を『わからせ』てやれ」
 
「「「「「ありがとうございます!」」」」」

「もし妊娠でもしたら何度でもお祝いボディーブローで強制堕胎させてやる。徹底的に蹂躙してやらんと気が済まんから喜びに打ち震えろ…… 簡単に廃人にもさせんからな。お前が人生に諦めてその綺麗な顔面をボコボコにして全裸土下座で死ぬまで私に忠誠を誓わせてから足の指の爪の垢を舐めさせても許さんからそのつもりでな」
 
 たしかにウチはまともな人生を歩んでいなかったと思う。だから死刑にされたとしても受け入れるつもりはあった。
 
 だけど…… その結果がこんなクズ野郎共に良い様にされる人生だったなんて…… 神様もひどいよ、ウチよりもこんな奴等に味方するというんですか?
 
 ウチはどうなったとしても…… せめて、せめてコイツ等にも裁きを食らわしてやってください。
 
 なんてね、今まで一度も祈った事もない神に祈るなんてウチもどうかしてる。
 
 そうだ…… それほどまでにどうしようもない事態であることを理解してしまってるんだ。
 
 そんなウチの願いが神様に届いたのか…… 倉庫の外から声が聞こえて来た。
 
「すみませーん、誰かいませんかー? あのー、お届け物なんですけどー」
 
 司令官も同僚たちもギョッとしている。まさかこんな場所に人が来るなんて思ってもいなかったから。
 
 普段この倉庫は商会の人間しか来ないうえに今日は誰も寄せ付けない様に言っていたと思う。
 
 だからここに誰かが来るという事は外部の人間しかいない。司令官もそれを分かっているだろう、急な訪問者に焦っていた。
 
「オイ、何でこの場所に人が来るんだ! お前ら黙らせて来い」
 
 司令官が思ったより大きな声が出てしまったのか、外にいた人物に声が届いてしまったらしい。
 
「あれ? やっぱり人います? お届け物でーーす。 えーっと…… ここにあるドアから入れるかな?」

 のほほんとしたマイペースな声に全員気が抜けているのか、一部始終を呆然を眺めていた。
 
 そしてドアが開けられて「すみませーん、勝手に入っちゃて…… 声が聞こえて来たので誰かいると思ったので、荷物のお届けに上がったんですけどー」とキョロキョロしながら申し訳なさそうに入って来た。
 
 声だけ聴いても少年なのか少女なのか判断に迷う。
 
 
 
 そしてその姿を見た時…… 
 
 
 
 やっぱり男の子か女の子かどっちかわからない。
 
 
 
 そしてその少年? 少女? こそが後のウチの初恋の相手であり運命の相手と思っているディック君だったのだ。
 倉庫の中に入って来た子はウチ達の光景を見て絶句していた。

 それは当然の事だ…… 年端もいかないであろう子がこんな汚らしいレイプ直前の現場に居合わせて、まともな反応をする訳がない。

 しかしその子はウチ達の予想を遥か斜め上を行くセリフを口にしたのだ。

「さっ、寒くないんですか!?」

「「「「「「「は?」」」」」」」

 たしかに今は季節で言うところの冬だし、司令官は自ら上半身を既に脱いでいたし、ウチも脱がされかけている状況になっていたから傍目から見たら寒く感じるかもしれないけど…… 他にもっと言うべき事があるのでは? という見解は全員一致してると思った。
 
「い、いえ…… その…… 確かに冬でも布でこすって免疫力を上げる健康法があるとは聞いた事はありますが、この目で見るのは初めてでしたので…… ちょっとびっくりしちゃいました。えへへ」

 ウチは未だに理解が追い付いていない。この状況で「えへへ」と言えるこの子の胆力なのか空気の読めなさは想像を絶している。
 
 それは数々の修羅場を乗り越えて来たウチですら初めての経験だった。
 
 それは同僚たちも同様で信じられない様な表情をしていたが、直ぐに正気に戻ってこの子の処遇を考えてるようだった。
 
「どうせ見られてしまったんだ。この子…… 良く見たら滅茶苦茶可愛いな。この娘も頂いちまうか」
 
「それいいな。じゃあ、俺はこの子から頂くぜ」

 やっぱり女の子なの……? それにしては何か違和感があるような……? いや…… でも…… うーん、まさかウチが一目で理解できない様な子が存在するなんて思わなかった。
 
「司令官、いいですよね?」

「好きにしろ。私はこのクソメスを屈服させる事しか考えてないからな」
 
 荷物を抱えた子は「え? え?」と何が何だかわかっていない様な表情をしている。
 
 この子、この期に及んで本当にこの状況を理解できていないの? 能天気とかそういうレベルではなく頭が病んでるんじゃないかと思ってしまう。
 
 むしろ司令官以上にこの子に対するストレスすら溜まって来た。
 
 同僚はこの子の手を引いた後に突き飛ばしてウチの隣に並べようとした……
 
 その時だった。
 
 ウチの隣に並んだ瞬間に持っていた荷物を思い切り司令官にぶつけたのだ。
 
 荷物をぶつけられて倒れた司令官以外はみんな呆然としていた。
 
 頭がイカれた(疑惑の)女の子(?)がいきなり真面目な顔をして荷物をぶん投げたのだ。そりゃみんな度肝を抜かれるよ。
 
 そしてその子はウチを庇うような体制で立っていた。
 
「全く…… いい大人が大勢で一人の女性を襲うなんて何を考えているんですか? 恥ずかしくないんですか?」
 
「「「「「「ええええええっ!?」」」」」」
 
 ウチもついつい声を上げちゃったよ。だって素で頭が狂ってると思ってたもん。
 
 まさか…… 演技だったとは思わなかった。ある意味で凄い才能を持ってる。
 
 そしたらその子は上着を脱いでウチに被せてくれた。
 
「もう少しだけ我慢しててくださいね」
 
 そんな台詞と同時に見た表情はまるでウチを迎えに来てくれた王子様の様な優しい顔をしていた。
 
 そう思ったらウチは思いっきり顔が熱くなってしまった。絶対ロマンス小説の読みすぎだよ。
 
 こんな時に何を考えてるの。この子は女の子なの……に…… いや、違う。上着を脱いで露わになった筋肉を見た時にハッキリした。
 
 この子は間違いなく男の子だ。女とは違う筋肉のつき方をしている。さっき感じた違和感はこれだったんだ…… 
 
 性別がハッキリして余計にドキドキしてしまった。
 
 だって初めてだったから…… 異性から劣情を催す様な表情もなく慈しむというか、壊れ物を優しく扱ってくれるような表情を向けられたのは……。
 
 それに誰かに守られるというのも生まれて初めての経験だった。どうしよう…… 誰かに守られる事がこんなに嬉しいって思わなかった。
 
 いや、落ち着いてロクサーヌ。お前はそんな安い女じゃなかったでしょう。
 
 それに…… 彼一人でこの状況を覆せるとも思えない。
 
 司令官は数に入れないとしても、手練れの現役暗殺者が五人もいるんだよ。
 
 彼もそれを分かっているのか、緊張した表情で五人の同僚を見ている。
 
 司令官は荷物をぶつけられて頭が回っていたようだけど、ようやく目が冴えたみたいで完全に怒り心頭だった。
 
「許さんぞ!そのガキもロクサーヌと一緒にこの世の地獄を見せてやれええええ」
 
 司令官がそういうと同僚たちも彼をターゲット認定して襲い掛かろうとしていたが……
 
 バッコーーーン と突然衝撃音が倉庫内に鳴り響いてた。
 
「今度は何なんだ!」

 音が発生した場所に目をやると入り口が壊されていた。今の音は入口を壊した音のようだった。
 
 そこからは人が一人追加で入ってきたようだった。
 
「倉庫内に入ってから百八十秒経過したにも関わらず出てくる様子がないから心配で来ちゃったよ」

 そう声に出して入って来たのは…… 今度こそ間違いなく女の子だった。身体は…… 随分貧相で胸もないのだけれど、声も相まって流石に性別はハッキリしていた。
 
「ア、アリス? だ、ダメだよ…… 扉を壊しちゃ」
 
「どうしても君が心配になってしまってね…… まさかとは思うけど、ディックのあまりの可愛さに性別をガン無視して襲って来る様な身の程知らずがいないか確認の必要はあると思ったのさ」

「そうなんだね…… あ、ありがとう。実は丁度いいタイミングだったりするんだけど、ドアは壊さないで欲しかったかな」

「ん? 丁度いい? それはどういう……」

 アリス? ディック? 確かその名前って…… いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 アリスと呼ばれた女の子はウチ達とディックと呼ばれた少年の立ち位置を目にした途端に顔面に青筋を立てて闇の世界で生きて来たウチらですら戦慄を覚える程の殺気を向けられていたんだ。
 
「へぇ、本当に懸念した通りの状況になってるとは思わなかったよ。半分は冗談のつもりだったんだけどね…… まさか僕のディックに劣情を催すだけでなく刃物を向けるだなんて命知らずがいるなんてね…… 生きて帰れると思わない事だよ」
 
 ウチは余波だったから大きな影響はなかったけど刃物を持っていた同僚達は思いっきり殺気を浴びせられたせいか刃物を落としてしまい全員が呼吸困難に陥って苦しんでいるようだった。
 
「アリス! その辺にしておかないとみんな死んじゃうよ」

「だってディックに刃物を向けたんだよ? 全員死んで然るべきなのさ。いや、死すら生温い…… どうにかして永遠の苦痛と生き地獄を味わわせる方法はないものだろうか…… あとでマリーに相談してみよう」

 暗殺者のウチですらドン引きするような内容を平然として語るこの女の子…… アリスと呼ばれていた。
 
 ディック…… アリス……
 
 間違いない。この名前は半年ほど前から冒険者活動を開始したとされる新進気鋭の若手冒険者パーティメンバーの名前だ。
 
 冒険者は時にウチらの仕事の障害になる可能性もある事から最新の冒険者情報は常に仕入れていた。
 
 特に有力な冒険者の存在は。
 
 そして、ウチの調べだとこの若手冒険者パーティーは歴史上最速でランクを上げ続けている連中だったのだ。
 
 と言ってもどうせウチと同年代の若造だし、ちょっと才能があって周りからチヤホヤされているだけのありがちなイキリパーティなのだと思っていた。
 
 
 でも実態は違った。
 
 
 特にこのアリスに殺気を向けられて思った。
 
 とんでもない化け物だと…… 命が惜しいならこれは敵に回してはいけない。正直、今も体の震えが止まらない。
 
 生まれて初めて自分の本能が叫んでいる。「この化け物に出会ったら任務を捨ててでもその場を離脱しろ」と……。
 
 なるほど、周りの冒険者達が彼女につけた二つ名も今なら納得できる。
 
 傍若無人な態度にそれ見合うだけの能力はまさに彼女に相応しい。
 
 『暴君 アリス』
 
 そしてディック…… 君にも二つ名がつけられていることを知っている?
 
 この二つ名はなんの冗談なのかと思った。
 
 まあ、名誉か不名誉なのかは一旦置いておくけど。
 
 最初見た時にウチも女の子だと勘違いしてしまった。
 
 そしてその態度から男性が見たらガッツポーズを取って大喜びするんだろうなあって思った事から案外この二つ名に間違いはないのかもしれないとも思った。
 
 『お嫁さんにしたい冒険者ナンバーワン ディック』
 
 本人に実際会ってみて実は案外しっくり来たりもするとも思ってしまった。
 
 
 
 
 でもね、さっき見せてくれた君の表情は今も鮮明に思い出せるんだよ。あの時の優しい笑顔はウチにとって間違いなく理想の『王子様』だったんだから……。
 
 ウチがそんな悦に浸っていて夢見心地でいる間にアリスはディックに説得されて倒れた五人の同僚にこれ以上手は出さないと約束したものの、司令官については扱いは別の様だった。
 
 アリスは(おもむろ)に倒れている司令官に近づき頭をゆっくりと踏みつけた。
 
「君さ、いい加減に寝たふりをするのを止めなよ。バレないとでも思ったかい? だとしたら僕の事を相当舐め腐っているようだな。見た所この無作法者達の親玉の様だが、犬どもに碌な躾も出来ない様な飼い主には相応のお仕置きが必要かもしれないね。それが嫌ならまずは返事をしたまえ…… でなければその頭が熟れた果物が木から落ちるかの如く汚らしく破裂することになるよ」
 
 アリスの言う通り司令官は寝たふりをしていた。アリスの殺気でバタバタと倒れていく現役暗殺者達を目の当たりにして恐怖を感じたからの行動だとは思うけど、何を血迷ったのか開き直り始めていた。
 
「くっそー、貴様ら! どこの何方(どなた)様に手をあげたのか教えてやろうか? アァン?」
 
 反抗してきた態度を見てアリスは嬉しそうにしている。
 
「へぇ、それは怖い怖い。それでは貴方様はどこのえらーい御方なのか無知なるボクに教えて頂けますか?」

 アリスの足に少しずつ力が入り始めたら司令官の頭がミシミシ音を立て始めた。
 
「痛たたたたたた! 顔、顔、顔! 潰れてしまう」
 
「早く、教えて頂けるんでしょう? 早くしないとどんどん足に力が入ってしまいますよ?」
 
「クソがっ! 聞いて驚け、私は()()『ギルガリーザ商会』の幹部なんだぞ!」
 
 しかし 辺りはシーンとしている!
 
 聞きたがっていた当のアリス本人は額に皺を作ってしかめっ面をしている。しまいには首を横に倒して頭を捻っているようだけど、どう見ても頭から『?』の文字でも浮かんでそうな表情をしてる。
 
 まさかとは思うけど…… 知らない? いや、そんなまさか。だって子供からお年寄りまで幅広い年齢層に支持されているこの国一番の大手総合商会だよ…… 無知にも程があるでしょ。
 
「ディック、すまないが『ギルガリーザ商会』について教えてくれないか?」

「総合商会…… つまりは何でも取り扱ってるって事。僕達が普段食べてる食料品から子供向けのお菓子だったり冒険者用の武具、日用雑貨とか色々あるよ。むしろ取り扱ってない商品がないかも?というくらい沢山の商品があるんだよ。ていうかさ、アリスもこの間一緒に食材を買いに行ったじゃないか」
 
「あっ、二日前に一緒に買い物に行ったアレか! いや、すまないな…… ディックと二人で買い物当番だったから久しぶりに腕を組める喜びが大きすぎて他の事など全く何も覚えていなかったんだ」
 
「そ、そうなんだね。喜んでもらえて何よりなんだけど…… 出来れば、次回はちょっと覚えていて欲しいかな」

「フフッ、善処するよ」

「貴様ら! 何こっちをガン無視して二人だけの空気作り始めとんじゃ!」

 司令官の事は心底ムカついて大っ嫌いだけど、今だけは「よく割り込んだ」と言ってやりたい。
 
 やっぱりこの二人ってそういう関係なのかなあ…… でもディックの反応を見てると受け身の姿勢と言うか一歩引いている様に見えなくもない……。
 
 どうにかして確かめるチャンスが欲しいけど、今割り込もうとすると怒りのアリスの矛先をこちらい向けてしまう恐れがあるからちょっと無理……。
 
「はぁ…… 君さあ、僕とディックの間に割り込むとか何様のつもりなんだい? あまりふざけていると寿命を余計に縮める事になるよ? ――そういえば、君に聞いていなかったけど、何故ディックを襲ったのか理由をいいたまえ」

「そいつは()()()だ。本来の目的はそいつの後ろにいる女だ」

「ついでだと? 僕のディックをついで扱いしたのか? キミィ…… そんなに早死したいのか! そうか、そんなにお望みならば今死ぬか」

 違ああああう! そうじゃないでしょ! 突っ込むところはそこじゃない! 彼はウチに巻き込まれただけ! いえ、ウチを…… ウチなんかを助けてくれようとした『王子様』なの。
 
「す、すみません! すみません、すみません! そこに倒れている女が目的でしたが、間に割り込んだ方が美しかったために欲情してしまいましたぁ!」
 
 アリスの間近から殺意を受けて司令官もプライドも何もなくなってきたわね。アリスも満足げにニンマリしている。
 
「そうだよなあ? 美しいだろう、僕のディックは! フフ、君は実に見る目があるね。よろしい、君の処刑はしばし延期するとしよう」

 処刑することは変更されないんだ…… それにしてもなんて感情が忙しい女なんだろうか。一緒にいると絶対疲れるし友人になりたくないタイプ……。
 
「では、次は君だ。ディックの後ろに隠れている女…… そう、キミだよ。どうやらこの状況の原因はキミの存在のようだが本人から説明してもらえるかな?」

 とうとうウチの番になってしまった。アリスの視線がウチを捉える。ウチはその視線とバッチリ目があってしまった……。
 
 目が合っただけなのに明確に死をイメージさせる目の奥にあるどす黒い何かがウチの中に入ってきた。身体が動かない、震えが止まらない、息苦しい…… 同じ人間と目が合ってるだけとは思えない…… なんなの、()()は……。
 
「ヒッ! ウチ…… いえ、私は…… その」
 
「アリス!」

 ディックの割り込みに「ハッ!」と我に返る。この状態が続いていたら間違いなくウチも同僚達と同じ様に昏倒していたと思う。
 
 ディックはウチの怯えた表情を確認すると「僕から説明しますから落ち着いて頂いて平気ですよ」なんて言ってくる。だからその顔は反則だってば……。
 
「僕が倉庫に入って来た時にこの女性が襲われていたところだったんだ。だからとぼけたフリをして近づいて間に割って入ったところにアリスが入って来た感じだね」

 アリスは先程の死の目線とは違って品定めする様にウチを見だした後、ディックに視線を移して呆れた様に頭を抱えていた。
 
「ディック…… 君はまたやらかしたのかい?」

「えっ? どういうこと?」

「だから、君はこういった事件にホイホイ自分から首を突っ込んだ挙句、彼女の様な『被害者』を増やす事になるんだ。気をつけたまえよ」

「僕が首を突っ込んだら被害者を増やす? いや、違うよ! 彼女が被害にあっていたから助けようとしただけで……」

「いや、そうじゃないんだ。ああああ! もう! ディックはどきたまえ、僕が彼女と話をする」

 アリスはウチの目の前までやってきた。しゃがんで顔を近づけてきて、ウチにだけ聞こえる様に話しかけて来た。
 
「いいかい? ディックはこういう男なんだ。だから勘違いしてはいけないよ。彼は無自覚に老若男女問わず人を助ける癖があるんだ。君に思うところがあって助けた訳ではない事を覚えておくんだ」

 あー、『被害者』ってそういう意味なんだ。男女関係の機微が疎いウチですらこのザマだから、思春期真っ只中の女の子相手にこれをやらかしたら舞い上がっちゃうよねえ。アリスの懸念も最もだ。
 
 それでも…… ウチにそういった視線を向けてこないのも彼しかいないから…… 可能性は薄くてもかけてみたい。
 
「あの…… 貴方達は付き合ってたりするんですか? 恋人だったりしますか?」

 アリスは今日一番の満面の笑みを私に向けてくる。
 
「やっぱりそう見えるかい? いやあ、君は見る目があるなあ! ディック、僕達は周りから見ると恋人同士にしか見えないらしいよ。これはもう夫婦と言っても過言ではないよね?」

 いや、断じてそこまでは言っていないが、ディックは顔を真っ赤にしながら顔を手で隠してモジモジしている。
 
「いや、ちがっ! そっ、そういう関係じゃないから! 幼馴染なんです! 家族の様な…… そんな感じなんです。僕にお嫁さんとか早すぎるよぉ……」

 今の所はアリスの一方通行でしかない。であれば、まだ付け入るスキは残っていそう。ディックにウチの女の部分を意識させれば望みは繋がるかもしれないなんて考えてたらディックに話しかけられてしまった。
 
「あの、お姉さん…… そもそもなんで襲われてたんですか? なんか理由とかあったりします?」

「へあっ? ご、ごめんなさい! 考え事をしていたもので聞いてませんでした。もう一度お願いします」
 
 あっぶな、疚しい事を考えている最中に話しかけられたもんだから心臓が口から飛び出るかと思ってしまった。

「この人たちに襲われていた理由を聞きたいんですけど、話したくないから無理に聞き出したりはしません」

「大丈夫ですよ。それは――」

 ウチが商会の裏にある暗殺部隊に所属している事、司令官との出会いから上司に呼び出しを受けて、出された条件を跳ね除けてここまで呼び出された経緯を二人に話した。
 
「――チッ、クズが。表向きはどれだけ堅実な商売をしていようが、裏でこんな真似をしている様であればやはりお仕置きが必要だね。マリー達に連絡をとろう」

 アリスは上着の胸ポケットから手のひらに収まるサイズの四角い箱の様な物を耳に当てていた。
 
「あぁ、マリーかい? 僕だ。ちょっと相談があるんだが――」

 え? まさかあれ遠隔通信魔道具? そんな馬鹿な! この間ウチの商会から発売された通信魔道具だって背中に受信機を背負うサイズで重量も相まって売れ行きが滅茶苦茶悪いのに…… そんな大きさで通信できるの? うそでしょ? どこでそんなものを……。
 
 そんなものがあったらもっと仕事やりやすくなるのになんて考えていたらアリスの通話が丁度終わっていたようだった。
 
「マリーも以前からあの商会については胡散臭さを感じていたらしくて独自に調査していたらしい。君が言っていた暗殺部隊以外にもこの国で禁止となっている『奴隷売買』、『禁止薬物の製造、販売』に加えて『競合他社への圧力に脅迫』も日常的にやっているみたいだね。全く…… 犯罪の総合商会でもあったわけだ。扱わない商品が無いに加えて行っていない犯罪も無いくらいに清々しい程の商売スタンスだね」

 最新の技術でも足元に及ばない程の魔道具を独自に開発し、調査能力も国家レベルを簡単に超えていく……。そして本人の魔法使いとしての力量は宮廷魔導士を全員まとめて片手で秒殺するとも聞いた事がある。
 
 それが――『異端魔女 マリー』
 
 噂には聞いていたけど、実際目の当たりにすると噂以上だわ。
 
「マリー達とはギルガリーザ商会本部前で待ち合わせする事になったよ。君はどうする?」
 
 ウチ? ウチは…… やっぱり我慢ならない。散々商会の為に尽くしてきたのに、ぽっと出のオッサンにウチを売るような真似を許す幹部陣をぶん殴って辞表を叩きつけてやらないと気が済まない。
 
「ウチも連れて行ってください」
 
「念のために言っておくが、最悪の場合は今日で商会の終焉を迎えるかもしれない。その現場に居合わせる覚悟は出来ているかい?」

「勿論です。むしろ商会長の顔面に辞表を叩きつけやらないと気が済みません」

「へぇ、いい覚悟だ。ならば付いてくるといい」

「じゃあ、あの人も連れていく? なら担いでいかないとね」

 ディックが指していたのは司令官だった。まあ、当事者だしね。どうせ自分に都合のいい言い訳をするんだろうけど、その辺りはきっと彼女たちがなんとかしてくれるのだろうと思ってる。
 
「全員連れて行くよ。ただ、ディックは彼らに触れてはいけないよ。僕のディックに彼らの体液で汚されるかもしれないんだからね。方法もちゃんと考えてあるさ」

 そう言うとアリスは魔法の詠唱を始めた。すると、同僚と司令官の全員の身体が宙に浮き始めた。
 
「これは……?」

「重力魔法の応用だよ。荷物運びにも使えると考えれば中々使い勝手のいい魔法だと思わないかい?」

「やっぱりアリスは凄いや。僕ももっと頑張らないと」

「いやいや、ディックにはもっと大事な役割があるだろう? 僕をお姫様抱っこしてベッドまで連れて行って朝まで愛し合うという大事な役割がね」

「ちょっ、ア、アリス?」

 うーん、やっぱりこの人達に任せて大丈夫か不安になって来た。
「ディック、この道で合ってるのかい?」

「うん、後はここを進めばギルガリーザ商会本部が見えて来るよ」

 アリスが先頭になって気絶している司令官と同僚達を空中にぷかぷか浮かばせながら運搬して歩いていくと、その存在に気付いた人達は勝手に道を開けていく。
 
 異様な光景に驚いて道を開けているのか、アリスに本能から恐怖しているのか判らないけど、真後ろから見ていると勝手に道が開かれていくので、とても気分がいい。
 
 そんな王様気分も束の間、気がついたら商会本部の目の前まで来てしまった。
 
 入口の前には三人の女性がこちらを見ていた。
 
 一人目は小柄で白衣を纏っており、眼鏡をかけている。目つきは鋭く気が強そうな女の子。研究者のコスプレをした…… 杖を所持している所から魔法使いなんだろうか? パッと見た感じは一番年下の様だけど、一番態度は大きく見える。
 
 二人目はウェーブの掛かった金髪女性で修道服を羽織っている。色っぽい顔つきだけでなくおっぱいが滅茶苦茶でかい。ウチもそれなりに自信があるけど、間違いなくウチよりでかい。職業はシスターかな?
 
 三人目は健康そうな褐色肌の女性で笑顔が眩しい。随分と軽装の様だけど、立ち振る舞いから剣士だと思われる。スピードで翻弄するタイプなんだろうか。にしてもおっぱいが結構大きい。金髪女性程ではないがウチと同レベルか。
 
 あれ……? この組み合わせってたしか…… と思っていたらアリスが三人に話しかけていた。
 
「君達の方が先についていたんだね。待たせてすまないな」

 やっぱりディック達のパーティーメンバーだったんだ。小柄な少女がこちらに近づいてくる。

「私達もつい先ほど到着したばかりだから気にしなくていいわ。えっと…… その宙ぶらりんになっている連中がディックに粗相したお馬鹿さん達かしら?」
 
「あぁ、この場で見せしめに公開処刑を何度してもズタズタに切り裂いても四肢を捥いで眼球を刳り貫いて鼻と耳をそぎ落としても尚足りない程に罪深い連中さ」
 
 こっわ…… 何言ってんの? この人…… 暗殺者のウチよりえぐい事を平気で口にするこの人は相変わらずヤバすぎるでしょ。
 
 うわっ、しかもまたあの闇よりも暗い目が垣間見えたのでウチは速攻で目を逸らした。感情でいとも簡単に左右されるとかディックが関わると病みすぎでしょ闇だけに…… なんつって。
 
 しかし小柄の少女はそんな目をしたアリスに全く気にすることなく対応している。
 
「アリス、前から言ってるけど怯える人がいるからその目は止めなさい」

 いや、怯えるどころではないが? 目を見ただけで息苦しくなって昏倒するレベルだよ? ウチらですらこれなのに一般人が食らったら昇天すること間違いなしだよ? もう少し基準を下げてあげてね。
 
 というかこの少女はアリスの視線に動じもしない…… つまりはアリスと同格の存在ということになる。
 
 恐らくこの少女こそが『異端魔女 マリー』なんだと思う。
 
 見た目は研究者の真似事をした痛い子供なんだけど、実際は世界の技術レベルをひっくり返す程の超天才児。
 
 お次はあの金髪女性……
 
「そうですか…… そうですか…… この方たちがディックに精神的苦痛を与えた罪人達ですね。ククッ…… イヒヒヒヒ…… ケヒャヒャヒャ…… アハハハハハーハハハハ…… ふう、落ち着きました。神への贄として生きたまま全身を切り刻んで差し上げましょう。指の先からじっくりと一ミリ単位で切り刻んで上げます。あなた方の苦痛の悲鳴すら神への供物となるでしょう」

 こっわ…… 何言ってんの? この人…… 情緒不安定過ぎん? アリスよりタチ悪い内容を口にしていた気がするのは気のせい? 彼女の雄叫びにも似た笑い声は背筋が凍るほどに恐ろしかった。まるで物語に登場する悪魔の様な笑い声…… ん? 悪魔?
 
 そうか、彼女の二つ名には最初「なんだこの矛盾は?」と疑問を持っていたが今ので理解したよ。周りの見る目は正しかったのだと。
 
 『神の下僕を自称する悪魔 リシェル』
 
 見た目の麗しさと本性は一致しない良い典型かもしれない。
 
 最後は褐色肌の女性は……
 
「何はともあれディックが無事でよかったよ…… クンクン…… ん? ディックさあ、昨日五時間半しか寝てないよね? ちょっと睡眠不足じゃないかな? それに肩と腰に疲労が溜まってるみたいだね、後でマッサージしてあげるよ」

 後ろからディックに抱き着いて頭の匂いを嗅いでる…… ちょっと! アンタ何やってんのよ、どきなさいよ!

「あ、ありがとう。あのさ、セリーヌ…… 周りの人も見てるし外で密着するのは出来れば控えて欲しいんだけど」

「絶対ヤダ! だって君、今日ずっとアリスと一緒だったでしょ? それにマリーから聞いたよ、ディックが荷物配達の途中で女の子を助ける為に暴漢達の間に割り込んだって? そりゃ体に疲労も溜まるよね」

「いつも思うんだけどさ、なんで僕の睡眠時間と身体の疲労具合が判るの……?」

「そんなの簡単だよー、ディックの身体の匂い――特に判りやすいのは頭皮を嗅ぐだけでなんか判るの。もしくは汗とか舐めても判るよ。ちなみに抜け毛の匂いを嗅いだら現在の居場所まで判るんだから…… 迂闊な行動しちゃダメだからね」

 こっわ…… 何言ってんの? この人…… 匂いを嗅いで睡眠時間が判る? 身体の疲労具合が判る? 抜け毛で居場所が判る? もしかして保管でもしてるの? そう考えたら背筋に悪寒が走った。一番爽やかでまともに見えたのは一瞬で、一番ヤバイ特技の持ち主だった。
 
 『破壊の化身(デストロイヤー) セリーヌ』
 
 そんな彼女だけど、ウチが聞いた話では聖剣を超える剣を保持しており、一度振るうと地図が書き換わる程の威力があるらしい。この二つ名はそこから来たとか聞いたけど、本当かは不明。ただ、あのアリスの仲間という時点で割と信憑性はある。
 
 ディックのパーティーメンバーを一歩離れたところから見ていたところ、視線を感じた。
 
 まるで隠そうともしない…… いや、隠す必要もないのかウチに対する警告と敵視の視線を送って来たリシェルが近づいてきた。
 
「貴方の事はマリーから聞いています。最初に言っておきますが、ディックは皆に優しいのです。勘違いしてはダメですよ? 貴方にだけ特別優しい訳ではありませんからね」

 その台詞を聞いたセリーヌはディックに抱き着いたまま首だけこちらに向けて笑っていた。
 
「リシェル、君は初対面の人にはそれを言わないと気が済まないの? アタシと初めて会った時も同じ事言ってたよね」

「当たり前です! セリーヌみたいな勘違い女がこれ以上増えてしまっては困ります! 貴方もいい加減にディックから離れなさい!」

「ヤダ!」

 そんな他愛もないやり取りをしていたらマリーが近づいてきて「そろそろ行くわよ」と言って商会本部に入っていった。
 
 ウチ達も遅れない様にマリーの後について行った。
 
 先に入ったマリーは受付嬢に何かを耳打ちしているようで、何を言われたのか顔面蒼白になった受付嬢が「す、すぐに確認してまいります。少々お待ちください!」と言い残して奥に入っていった。

 マリーはその様子を見て満足そうにしていたが、ディックは気になったみたいでマリーに尋ねていた。
 
「ねぇ、マリー。あの人に一体何を言ったの?」

「ディックも覚えておいた方がいいわよ、この世界の九割の出来事は情報と暴力で方が付くものよ。あの受付嬢は既婚者にも関わらず、商会の幹部と不倫関係にあるの。あぁ、別に脅したわけじゃないのよ、ただ「私はその事を知っている」という事を教えてあげただけ…… そしたらあんなに顔を真っ青にしちゃって…… フフッ、人様に言えない事はするものじゃないわね。ディックはそんな不誠実な事をしないって知ってるからね」

 ちょ、ちょ、ちょっと! 少女の口から出てはいけない単語を色々と聞いた気がするのだけど? ディックを信じてるみたいな事を言ってるけど、目はめっちゃ据わったままディックを見つめている。
 
 一番理性的に見えて、一番ヘラってのは彼女なのかもしれない。そんな重苦しい雰囲気の中、受付嬢が戻ってきて「確認が取れました。ご案内しますのでこちらへどうぞ」と受付嬢について行く。
 
 案内された先に巨大な扉…… 今日は商会の幹部が集まって会議を行っているらしい。この扉の奥に主要メンバーが全員いる訳だ…… 辞表を叩きつける準備も出来ている。
 
 そして扉は開かれる…… いざ出陣!
 ギルガリーザ商会の全てを統括する幹部陣が円の形をした卓を取り囲むように座っている。
 
 幹部陣全員が無言でこちらに目線を向けている。彼らは戦闘職でないにも関わらず視線にかなりの圧が込められている。
 
 なるほど、これが貴族や他の商会の幹部陣とやり合っている歴戦の猛者である証だ。彼らは彼らの戦場で生き抜いてきた強者であることを忘れてはいけない。
 
 腹の探り合いではマリー以外はきっと手も足も出ないんでしょうね。
 
 一番奥に座っている商会長が口を開いた。

「ようこそ、災厄の化身(カラミティ)の皆様」

「カラ…… 何それ?」

「皆様はパーティー名を未だに決められていないという事で周囲の方々が解りやすいようにと便宜上付けられた仮のパーティー名ですよ。そういった情報はマリーさんの方がお詳しいのではありませんか?」

「マリー、本当かい?」

「ええ、耳にはしていたわ。所詮パーティー名なんて集団を特定するための記号でしかないでしょう? なんでもいいわよ」

 その言葉を聞いた途端にアリスが顔をぷくーっと膨らませてマリーに突っかかる。

「だったら『ディックとアリスのワンダーランド』以外認めないと言った時になんで賛同してくれなかったんだ?」

 アリス…… それだとパーティーメンバーは二人になってしまうけど……。

「はぁ? 何でもと言ったけど、そんな不思議ちゃんみたいな痛々しいパーティー名は流石に限度というものを超えてるわ。やっぱり『ディックを影から見守り隊』が無難だと何度も言ってるでしょう」

 マリー…… 影って…… 真正面から見守ればいいでしょう。パーティー名からどことなくヘラの香りがするんだけど……。

「『ディック聖十字騎士団(クルセイダーズ)』が良いと散々言いましたのに」

 リシェル…… 一番まともそうではあるけど、教会に所属しているの君一人じゃないか。教会から怒られないか?

「『ディックのお料理教室』にしようよ。はーちゃんも賛同してくれてるしさ」

 セリーヌ…… 冒険者要素皆無なんだけど? アリスと同レベルの知能と言わざるを得ない。爽やか少女だと思った子は結構頭が残念な子だった。

 唐突な内輪揉めが始まってしまった。貴方達、ここに何をしに来たのか忘れたの?
 
「皆様…… そういったお話は後ほど皆様で行っていただくとして、本日こちらへお越し頂いたご用件についてお伺いしましょう。空いている椅子は一つしかありませんが、よろしければおかけください」

 商会長の言葉に商会長の真正面に空いている席にマリーが座る。幹部陣の圧などお構いなしにマリーが話始める。
 
「では失礼いたします。今回こちらに伺った理由は、私のパーティーメンバーが御社内の揉め事に巻き込まれた件に対する管理責任問題の追及並びにメンバーが被った賠償請求…… そして御社内事業の縮小要求です」

 マリーが口を開くまで無表情見つめているだけの幹部陣が驚いたような表情で周りと小声で話始めた。
 
 内容については私も吃驚した。ディックが被害を受けた箇所については判るんだけど、事業の縮小要求ってどういう事?
 
 唯一、表情を変えていないのは商会長だけだ。その商会長はマリーの事を真っ直ぐに見つめている。マリーも周りのざわつきなど気にせずに商会長を見つめている。
 
「ふむ、思ったより要求が多いようですね。それでは一つずつ整理するとしましょうか。まずは、弊社内の揉め事について整理しましょう。お恥ずかしい事にその話を今ここで初めて聞いたものですから、事情を全く知らないのです。申し訳ありませんがご説明願えますでしょうか」
 
「ロクサーヌさん」

「はっ、はひっ!」

 突然声を掛けられて驚いて変な返答になってしまった。話の流れからウチが説明して当たり前なんだけど、マリーと商会長のやり取りに飲まれていて完全に蚊帳の外のつもりだったから吃驚しただけ。
 
「貴方が今回の事件に巻き込まれるキッカケとなった出来事があったはずです。そこから今日に至るまでの出来事を説明してもらえます?」

「わ、わかりました」

「君が…… うちの社員ということかね?」

「は、はい。ギルガリーザ商会 北方面営業所 第九課に所属しているロクサーヌと申します」

 北方面営業所というのは裏事業の隠語であり、第九課の意味するところは『暗殺部隊に所属しています』と言ってる事と同義。これは同じ部隊の人間もしくは幹部陣以上にしか通じない部署名。
 
 部署名を聞いて少し目つきが鋭くなった商会長。まあ、本来表に出てはいけない部隊に所属している人間がカタギを巻き込んだ挙句、本部の会議に乱入したんだから印象悪いのも無理はない。
 
「では説明を頼む」
 
「は、はい。事の始まりは――」

 ウチが初対面の司令官にされた事、司令官着任後に復讐として権力乱用により言われた事、その後倉庫に無理やり連れていかれて強姦されかけた事、荷物の配達に来たディックがウチを庇ってくれた事、アリスが乱入してきた事、そして――ここに来た事の一部始終を出来る限り細かく語った。
 
「なるほど…… 君の言い分は理解した。ただ、言われたから「はい、そうですか」とこちらも全てを鵜呑みにするわけにはいかない。もう片方の当事者の言い分も聞きたいのだが……」
 
「勿論連れてきています。アリスお願い」

 アリスが無言で頷くと、騒がれると面倒だと思って会議室の外に置かせていた司令官と同僚達を部屋の中に運び込み、地面に叩き落とした。その衝撃でようやく目を覚ました司令官と同僚達。
 
 寝ている間に縛っておいたので余計な事は出来ないだろう。目を覚ました司令官は起きたばかりで状況が把握できていないのか数度頭をキョロキョロ動かしている。
 
 頭がピタッと止まった所で目に入ったであろう人物は商会長。司令官はようやく自分が今どこにいるのかようやく理解したようで、顔を真っ青にしてプルプル身体を震わせている。
 
「な、な、なんで……? ここは…… 本部の会議室? しょ、商会長…… 一体これはどういう……」
 
 商会長は相変わらず表情を変えない。司令官を見下ろす商会長からは今まで以上の圧を感じ取れる。

「君はつい先程までどこで何をして、誰に何をされてここにいるのか理解は出来ているかね?」
 
 その言葉にハッとした司令官は誰かを探すかの様にキョロキョロしている。そこでようやく目を覚ました同僚達とウチを視界に入れたことを確認して自分の置かれている状況を理解したのか口を開いた。
 
「わ、私は新しく部下となったそこの女を教育すべく呼び出したに過ぎません。彼女等の同僚も手伝ってくれるとの事だったので場に居合わせていただけです」
 
「外部の人間を巻き込んだことについての釈明はあるかね?」
 
「荷物を運んできてくれた彼の事ですよね。うちの指導方法の事をあまり理解されていない様でしたので見かねて飛び込んできたようですが、実際は教育の一環ですから酷い事をするつもりはありませんでしたよ」

「なっ! 貴方達はロクサーヌさんを強姦しようとしていたじゃないですか!」
 
「それは誤解です。先程も申し上げましたが教育です。強姦の様に見えてしまった事に対しては謝罪します。そう見えただけですよ」
 
「ただ教育するだけで上半身裸にならないでしょう? それに僕の事も女性と勘違いした時に『この娘も頂いちまうか』とか言ってましたよね」

 ディックと司令官の応酬が行われてる。もちろんウチの目線からしたらディックの言い分が正しいのだけれど、ここは最早敵地。司令官の言い訳に幹部陣が少しでも納得してしまったらウチ達の分が悪くなる。そんなことを考えてたら商会長が割って入って来た。

「横からすみませんが、言った言わないの話になると何時まで経っても決着がつかないと思うのですが、それであれば一旦持ち帰らせて頂けませんか? 社内で改めて関係者から再度聞き取り及び精査を行った上で最終回答をさせて頂ければと思います。ロクサーヌさんにも当事者として言い分はあるでしょうから彼女の話も聞かないといけません。如何ですか?」
 
 ギエーッ! 恐れていた事が早速起きてしまった。どうしよう…… このままウチだけ取り残されて社内に一人残ってしまったら証拠隠滅の為にこのまま消されてしまうかもしれない。
 
 こうなったらこの場で開き直って一暴れしてやろうかと動こうと思ったらウチの考えがまるで聞こえていたかの様にマリーがウチの動きを止めるかの様に腕で制止してきた。
 
 その時のマリーの目は「今はまだ大人しくしていなさい」と言っているように見えた。マリーの出した決断は……。
 
「ご提案頂き恐縮ですが、私共は今日で全て決着を着けるつもりで来ております。ご心配なさらずとも皆様が納得いく形で着地させて見せましょう」
 
 え? 本当に? 大丈夫なの? だってマリーはあの時、あの場にいなかったでしょう? どうやってみんなが納得行く形に収めるというの……? 
 
 うう、商会長も段々目線がきつくなって来てるよ。マリーがここで粘るとは思わなかったのかもしれないけど。
 
「ふむ、我々も会議を中断している都合上貴方達に使える時間もそう多くはありません。この一回の説明で納得いく形にならなければ持ち越しとさせて貰いますが構いませんね?」

「分かりました。それではすぐに準備しますね」

 マリー、信じていいんだよね。もうウチの命運はこの人に託すしかない。
 
「こちらをご覧ください」
 
 マリーが差し出した手のひらの上には四角い箱が乗っていた。
 
 そのサイズはマリーの小さい手のひらにすら簡単に収まってしまうほどの大きさの箱。よく見るとレンズの様なものが付いているけど、カメラにしてはシャッターが付いている様には見えない。
 
「なんですか? これは……」
 
 幹部の一人が興味津々にマリーの手のひらの箱に注目している。さすがは商売人…… 見たことが無いものにはすぐに食いつくだけじゃない。あのマリーが作ったアイテムなのだ。売れるものだと確信しているのだろう。
 
「従来であればここに魔導ディスプレイを召喚してお見せするのが一般的なやり方かと思いますが、大きさに制限がありますから私から見て一番遠くにいらっしゃる商会長様からですと些か見づらいかと思います。そんな時にはこれ! こちらはプロジェクターと言って壁面に映像を投影して大勢の方に見て頂く為の新しい形のディスプレイになります。ですが、それだけでは芸がたりません。プロジェクターの動力源は私が改良した魔石を搭載しているのですが、込める魔力量の増減で投影可能な最大距離を変更することが出来、魔力の質を変える事で背面を透過にしたり遮断することができる為、必ずしも壁面がないと投影する事が出来ないという訳ではなく、これ単体で解決できる優れものなのです。他にも――」

 マリーはやたらと早口言葉で今の説明を実践するためにパーティーメンバーの写真をプロジェクターで壁面に投影してみせたり、表示するサイズも自由自在に変えたりしてプロジェクターについてプレゼンしている。

 ちょっと、マリーさん。趣旨が変わってない? なんか売り込み口調になってるのは気のせいかしら?
 
 商品開発本部の本部長がまるで野生の獣の様な目つきでプロジェクターを見つめている。プロジェクターが欲しくてしょうがないんでしょうね。
 
 営業本部の部長も名刺を取り出してそわそわしている。マリーとの交渉は後にしてください……。
 
 商会長に説明するんじゃなかったの? そんな商会長は眉を一つ動かす事なくマリーの説明を聞いているが、このままでは埒があかない。
 
 このメンツの間に割り込むとか胃が痛くなるけど、そんな事言ってる場合じゃない。
 
「マ、マリーさん。プロジェクターの凄さは分かりましたから、まずはこれで何を説明するのか先に進めて頂けませんか?」

「ハッ! そうでしたね、ごめんなさい。特に売り込みたいわけじゃなくて、私の周りの連中は発明品の説明をしても「ふーん」とか「へー」で終わっちゃう人しかいないから……。ちょっとだけ楽しくなってきちゃって……」

 言わんとしてる事はまあわかる。アリスもリシェルもセリーヌもマリーの発明品の異常さを絶対理解してなさそうだもんね。承認欲求があるのは別に悪い事ではないと思うけど、別の機会でお願いします。
 
 マリーはディックを手招きして自分の元に呼び寄せていた。
 
「どうしたの、マリー?」

「ディック、動かないで」

 マリーはそう言うと、ディックの肩から何かを摘まむような素振りを見せていた。摘まんだモノは…… 虫にしか見えなかった。
 
「マリーさん、それは…… 虫ですか?」

「フフ、そうよ。虫に見えるでしょう?」
 
 その言い方だと、虫に擬態した別の何かという事だと思うけど、それが何かまではわからない。
 
 マリーは正解は言わずに虫に見える何かをプロジェクターの上部にある台座の様な場所に置いた。
 
 
 
 すると……
 
 
 
 カチリと無機質な音が鳴った直後にプロジェクターに突然映像が映し出された。
 
 それは…… 商会の倉庫の外の映像だった。いつの間にと思っていたら、音声も流れ始めた。
 
『すみませーん、誰かいませんかー? あのー、お届け物なんですけどー』
 
 あれ……? これどこかで聞いたセリフ……。ディックの声?
 
『オイ、何でこの場所に人が来るんだ! お前ら黙らせて来い』
 
 何度聞いても背筋が凍るような汚らしいこの声とこのセリフで思い出されるあの光景。
 
『あれ? やっぱり人います? お届け物でーーす。 えーっと…… ここにあるドアから入れるかな?』
 
 やっぱりそうだ。荷物配達でディックが倉庫に入ってきてウチを庇ってくれたあの時だ。
 
 でもこの映像を見る限りは、どう考えてもディックの目線っぽい? ちょっと下かもしれないんだけど……。いつの間にこんな映像を撮っていたんだろう?
 
 ――ん?
 
 あっ! まさかあの虫がそうなの?
 
 ウチはマリーにさっきの虫について聞いてみる事にした。
 
「マリーさん、あの虫ってもしかして――」

 マリーは待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに語りだした。

「フフ、そうよ。あれは私が開発した虫に見える小型追跡機なのよ! 追跡対象をどこまでも追いかけつつ、虫目線での映像を録画、撮影する事も出来、高画質モードにしても二十四時間は連続録画可能な容量も兼ね備えているわ。さらに警告(アラート)機能も付いていて追跡対象を中心に指定範囲内に近づいた種族、性別を設定する事で監視側に通知することも可能な優れものよ!まだまだ説明は終わらないわよ、続いて――」
 
「わ、わかりました! わかりましたから! マリーさんが凄いのはわかりましたから、一旦落ち着いてください。」
 
「あらそう? じゃあ、今度ちゃんと説明してあげるわね。話を戻しますが、こちらに投影している映像の様に配達を行っていたディックに追跡機を付けていましたから倉庫内で行われていた貴方がたの行いについては全て目に見える形で証拠として残っております。何か反論等はありますか?」
 
 この人しれっと説明してるけど、この追跡機ってディックの動向を確認するためのものだとしたら完全なストーカーなのでは?
 
 当のディック本人は全く気にする素振りを見せていない事から日常茶飯事なのだろうけど、少しは気にした方がいいと思うよ……。
 
「なるほど、証拠としては十分ですね。君から言う事は何かあるかね?」
 
 商会長は相変わらず無表情で顔は動かさずに目線だけ司令官に向けている。
 
「ちっ、ちがっ! これは、これは…… こ、こ、こんなの盗撮だ! 盗撮で訴えてやるからなああああ!」

「今議論にしているのは貴方が部下に対して行った強姦未遂及び無関係なディックに対する暴行未遂の件です。盗撮どうこう言う前にまずはこの映像に映っている事に対する釈明をお願いします。盗撮という話についてはその後に幾らでも聞いてあげますよ。まあ、貴方に『その後』があればですけどね」
 
「……ぐっ……」

 もう反論材料が無くなったのか、司令官はそれ以上は口を開かず俯いて身体を震わせている。
 
 商会長は目を閉じてため息をついた後、ジロッと司令官を見つめながら「君にはガッカリだよ。沙汰を待ちたまえ」と言い放った。
 
 それは一般的にやってはいけない事をやったからなのか、こっそりやってバレなければいいものが露見したからなのか、どちらに対する答えだったのかウチにはわからなかった。
 
 一つ目のケリはついたけど、マリーが要求内容はまだ二つ残ってる。
 
 二つ目はディックに対する賠償請求だ。マリーがまた悪そうな顔でニンマリしながら話を始める。
 
「彼らの処分は貴方がたにお任せしますが…… 厳正なる処分を行っていただけると信じております。それでは二つ目の件に移らせて頂きます。私達のパーティーメンバーであるディックに対する損害賠償請求として御社の全事業一週間分の売上を請求させて頂きます」

 は? とんでもなく無茶苦茶言い出してるよ、この子……。
 
 個人に支払う額じゃないし、商会全体の一週間分の売上っていくらになると思ってんの……。
 
 流石にこれはやり過ぎでしょと思っていた矢先、幹部の一人が机を思いっきり叩いて憤慨した表情で怒鳴り散らし始めた。
 
 副商会長だった。
 
「ふ、ふざけるなあああああああ! 一体幾らの金額になるか分かって言ってるのか! 子供が遊び半分で口にしていい額じゃないんだぞ!」
 
 マリーは目を細めて睨みつけるような視線を副商会長に向けていた。声にも少し圧が入り始めた。
 
「貴方がたが手を出そうとした人物は我々にとって相応の人物だという事をご理解ください。今回はあくまで警告の意味も込めてますからお金で済ませましょうと言っているのです」
 
「警告だと? どういう意味だ?」

「言わないと理解できませんか? そもそもこの商会が違法に行っていた裏事業の情報だけでも十分営業停止に持っていけるだけの材料になり得えます。それに加えて表でも他商会に対する悪質な嫌がらせ、別の街で馴染の冒険者を使って周辺で嘘の噂をばら撒いて風評被害を受けた商会があることを私が知らないとでも?」

 いつでもこの商会を潰すだけの材料は揃っているという事でしょう。
 
 表立って潰すと商会に頼っている無辜な民たちの生活にも影響が出てしまう事も考えられるし、今回はこれで手打ちにしてやるということか…… えぐいけど、商会の命と引き換えと考えれば案外安いものなのかもしれない。
 
「な、なんの証拠があってそんなことを――」

「先程の映像を見てもまだ私がなんの証拠もなしにブラフで口論をしているとお思いですか? いいですよ、貴方にとっておきの映像をお見せしましょうか? 例えば、四日前の午後九時すぎに副商会長殿が受付嬢と三番街の連れ込み宿に――」

「ま、ま、ま、まてまてまて! どこでそれを……」

 副商会長は顔面を真っ青にしながら必死にマリーのセリフの先を止めようとしている。
 
 マリーは副商会長の必死に慌てる顔をとても楽しそうに見つめている。
 
 これは精神的に一番きついヤツ。一番敵に回したくないヤツだわ。
 
「フフ、そういえば奥様は伯爵家のご令嬢なんでしたっけ? この事が耳に入ったら伯爵家との家族会議が盛り上がる事間違いなしですわね。まあ、バレる事に狼狽えるくらいなら最初からやるべきではありませんでしたね」
 
 ちょ、ちょ、ちょっとあまり火に油を注ぐような事は言わない方が……。
 
 貴方にとってはネズミ程度にしか思ってないかもしれないけど、追い込みすぎると……。
 
「副商会長、そこまでだ。彼らの要求を呑むしかなさそうだ。我々は相手を間違えたようだ」
 
 商会長は諦めているが、副商会長はそうでもなさそうだ。まだ手があるんだろうか?
 
 追い詰められたネズミは猫をも噛むというけど、まさかこんな悪魔の様な連中にまで噛みつくとは思わなかった。
 
 副商会長は首にぶら下げていた笛を口に加えて音を鳴らした。
 
 すると、会議室の入口に向かって多数の足音が聞こえてくる。近くに待機してた連中を呼び寄せたようだった。
 
「貴様らをここから生きて帰すわけにはいかなくなった。死ぬか奴隷になるかくらいは選ばせてやる」
 
 入口の方を振り返ると、十人ほどの冒険者が押し寄せていた。
 
 どれもこれも資料で見たことのある顔ぶれ……。
 
 全員がAランク冒険者だ。
 先頭に立っている大男がようやく呼び出しがかかった事に喜んでいるのか嬉しそうに副商会長に話しかけた。

「副商会長サンよぉ、ようやくかよ。監視カメラで様子を見ていたが、早く呼び出してくれるのを今か今かと待ってたぜ。むしろ呼び出してくれなかったらこっちからご挨拶させてもらおうかと思ってたんだからよ」

 普通は『生きて帰すわけにはいかない』と言われた直後にAランク冒険者を十人も目の前に呼び出される事になれば顔面蒼白で全身ガタガタ震えるような事になっても何ら不思議ではない。
 
 だけど、目の前にいる対象は普通ではない。彼女等は冷めた目で追加された連中を物ともせず視界に入れた直後にすぐに副商会長に視線を戻した。
 
「罪が増えましたわね、副商会長殿。今あなたは確かにこう言いました『貴様らをここから生きて帰すわけにはいかなくなった。死ぬか奴隷になるかくらいは選ばせてやる』とね。モチロンその発言もしっかり録画してますから、直近のイベントして家族会議だけではなく裁判所への出頭も増えましたわね」

「ふ、ふんっ! だったらなんだというのだ? そもそも貴様らはもうここから出れないというのに余裕なんて見せている場合か? 歴史上最速でランクを上げているとは言え、まだCランクだろうが! お前たちの後ろにいる連中は全員Aランクなのだぞ!」

 汗をだらだら流しながら強がった発言をしている副商会長とは打って変わってマリーはそんな発言を鼻で笑って余裕の表情しかない。
 
「冒険者ランクとはあくまでギルドが指定した一定数の依頼をクリアしているかで決まるものであり、当人の強さを図るものではありませんよ」

「くうぅぅ、ああ言えばこう言う! お前ら、この餓鬼どもを黙らせろ! 高い金払ってるんだぞ、仕事はキッチリしてもらうからな」

 マリーと同様にAランク冒険者も余裕の表情だ。彼らも様々な依頼を熟して幾度も死線を超えたであろう自負があるからたかだが冒険者になって半年程度の若者に負けるなんて思いもしないでしょう。
 
 そう…… 普通の冒険者なら…… けど、彼女等を今までと同じ冒険者の枠組みに入れるべきじゃない。
 
 ウチだってそれなりに死線は何度も潜って来た。だから、今入口にいる連中を見ても一人一人であれば命を狩るのはそこまで難しくない。
 
 でもアリスを見て理解したの…… 世の中上には上がいると…… 幾ら手を伸ばしても届かない領域があるのだと。自分は所詮凡人でしかないという事を嫌でも思い知らされた。
 
 己の力の無さを痛感してため息をついても周りは慌ただしく動いている。
 
「オイオイオイ、いいのかよぉ、副商会長サンよぉ! コイツ等は前から気に入らなかったんだ。最速がなんだか知らねえが、どうせギルマスを身体で篭絡してランクでも買ってんだろ?」

「「「ギャハハハハハ! どうせなら俺らにも味見くれぇさせてくれよ!」」」
 
 Aランク冒険者のクズ共はリシェルとセリーヌの身体を舐め回すように見ながら舌なめずりしている。
 
 聞いてるだけで胸糞悪くなってくる。コイツ等は女性を何だと思ってるんだ。
 
 いい加減にムカついて来たから、あいつ等をぶん殴ってやろうかと思ったらマリーに制止されてしまった。
 
「ここは私達にまかせなさい。いいわね?」

 マリーってパッと見た感じ、滅茶苦茶童顔で少女にしか見えないのに何故かこの時のマリーの微笑みは凄い大人の女性に見えて女のウチですら一瞬ドキッとしてしまうほどの色気を感じてしまって「は、はい」としか言えなかった。
 
 体はそうでもないのになんで……。

「リシェル、どうやら豚さん達は調教されることをお望みらしいわ」

「フフッ、いいのでしょうか? 調教なんて久しぶりですからやり過ぎないか不安です。これもまた神が遣わした試練なのですね」

 リシェルは意味不明な事を呟きながら…… なんか自らの胸の谷間に手を突っ込んでる。何をしてるんだ君は?
 
 と思ったら抜いた手に持っていたのは鞭だった。
 
 そんなリシェルは申し訳なさそうな、もじもじした態度でディックの方をチラチラ見ている。
 
「あの…… ディック…… これから少々はしたない所をお見せしてしまうかもしれませんが、私の事を嫌いにならないでくださいね?」

「え? よくわからないけど、僕がリシェルの事を嫌いになるなんて有り得ないよ」
 
 リシェルの表情はパァ~ッと晴れやかに輝いていた。嬉しさの勢いもあってかディックを引き寄せて自分の胸に埋めていた。
 
 羨ましいけど、知り合ったばかりのウチではまだそんなことする度胸が無い。
 
「やっぱりディックは私の一番の理解者です。いえ、むしろ私の事を理解できるのはディックのみと言っても過言ではありません。これはもう運命ではありませんか? そう、つまり…… つま? そう、妻です。ウフフ、私達は運命の夫婦ということですね」
 
 しかしディックは息苦しいのか手足をジタバタさせている。しかし、リシェルはそんなディックの様子に気付かずにギューッとディックを満面の笑みで抱きしめ続けている。
 
 その状況を見かねたアリスが無理矢理リシェルからディックを奪い取っていた。
 
 そしてアリスは自分の胸…… 胸? にディックの顔を埋めようとしたが、埋まってないなあ。
 
 どっちかと言うと『胸筋』だし……。ディックはアリスが思いっきり引いた勢いもあって意識が半分飛びかけてるように見えた。
 
「いい加減にしないか、リシェル。何が妻だ、いつまでもそんな奇乳と世迷言でディックを惑わすのは辞めて欲しいものだね」

 『奇乳』…… その言葉を聞いた瞬間、リシェルの動きはピタッと止まり、表情は陰りだしていた。どうやらリシェルに対する禁句だったらしい。
 
 顔は頑張って笑顔でいようとしているけど、雰囲気は全く笑えない……。怒りを必死に抑えようとするリシェルが己を制止してなんとか口を開く。
 
「今なんと仰いまして? 私は由緒正しき愛が溢れるIカップですよ。奇乳ではなく爆乳と言うのです! アリスさんの様なAAAカップの胸…… 失礼、胸筋ではディックが痛い思いをするだけです。私に文句を言う前にどっちから見ても背中にしか見えない貧相な洗濯板をどうにかしてから言っていただけますか? あら、洗濯板にも失礼な事を言ってしまいましたわね」
 
 対するアリスはリシェルと違って怒りを抑える事もなく顔面に青筋を立てて必死に抗議する。
 
「はあああああ??? 僕はAAカップなんだが!? 大体君だって汗を掻いてばっかりでムレムレでべちゃべちゃじゃないか。そういえば昨日はワキにパッドを貼り忘れて随分と修道服が無残な状態になっていたみたいじゃないか? まさかとは思うが、それをディックに洗ってもらったんじゃないだろうね? とんだ変態さんだね、クスクスクス」
 
 リシェルは笑顔を崩さない状態だが青筋が至る所に出現している! 陰りはすっかり無くしており、代わりにリシェルの背後に死神が立っている様に見える。
 
 しかし、リシェルは何かを思い出したのかフフンと勝ち誇った表情をしている。
 
「あ~ら、そうでしたわね。失礼しました。そういえばどこかの誰かさんは本来AAAカップのはずなのにサイズ測定の際に必死に乳首を勃起させてギリギリAAカップにした涙ぐましい努力をされた方がいらっしゃいましたよね? 店員さんも必死過ぎるその姿を見て貰い泣きしてAAカップ判定してくださったのですよね。 そんな店員さんの同情を引いた哀れな人はどこのどなただったかしら~~~??? プークスクス」

 リシェルはチラチラとアリスを見ながら頬を膨らませて口を抑えて笑いを堪えているようだ。
 
 最早第三者化しかけているセリーヌはアリスの苦労話を思い出したのか顔を背けてはいるが、手を口に当てて必死に堪えてるのはわかる。だって身体がめっちゃプルプル震えてるもん。
 
 どうやらリシェルに軍配が上がった模様。おっぱい勝負でリシェルと戦おうとする勢いは買うけど、相手が悪かったね。ウチでも無理だもん。
 
「うーん、痛たたたた…… あれ? なんで僕アリスの胸で失ったんだっけ?」
 
 ディックはアリスに思いっきり引っ張られてから今まで意識が飛んでいたらしい。

「あぁ、ディック…… 済まない。おっぱいお化けの魔の手からディックを救っただけさ」
 
 と言われてもディックはいまいち状況が掴めていないようである。

 まあ、知らない方がいいよ。女の争いに男が首を突っ込むと碌な事が無いから……。
 
「ぷっ、そういえばそんな事もあったわね。それはともかくディックはこっちに来なさい」

 ディックはマリーの目の前まで行くと、ヘッドホンを着用させられて用意されたディスプレイに表示された何かを見せられている。

「おい、マリー! 君まで笑うのは勘弁してくれないか。僕と大して変わらないだろう?」

「あら、私はBカップよ。大きくはないけど、乳首をわざわざ弄ってカップ調整をする必要はないわね」

「んぎぎぎぎぎぎ……」

 アリス…… これ以上は傷口を広げるだけだと何故気付かない。
 
 マリーはそんなアリスに構わずに続ける。
 
「リシェル、今ならディックへの音を遮断しているからさっさとそっちは済ませて頂戴。ディックに今から起きる光景なんて見せたくないし、聴かれたくもないでしょう?」
 
「マリー、わざわざありがとうございます。それでは、お待たせいたしました。豚共の調教を始めますわね」

 リシェルは鞭をしならせて豚共…… もといAランク冒険者たちを見て恍惚とした表情を浮かべている。