「ねぇ、私……余命半年なの」

 優しげな微笑みなのに、蠱惑的な弧を描いている様に見えるのはどうしてなのか。
 紡がれた言葉の儚さ故なのか。

 いや、今はそんな事よりも事実を受け止めなければ。

「それは、本当の事なのか?」
 正樹(まさき)は妻の由梨恵(ゆりえ)に確認した。

 微笑む彼女の様子からは、悲観している雰囲気が感じられない。
 いや、それすらも越えて受け止めているのだと思えば違和感は覚えないが。

「本当よ。もって半年、そう言われたわ」

 そうして悲しげに睫毛を伏せる様子に、正樹はやっと本当の事なのだと実感出来た。
 出来てしまった。

「そんな……」
 そう呟いた自分の感情は、どんなものだったのか。

 外目にはただただショックを受けているだけの様に見えただろう。
 だが、内側は様々な感情が入り乱れていて一言では表せられなかった。

 ただ、その日から正樹は由梨恵を気にするようにした。
 どうしても外せない用事などもあったけれど、出来る限り側について話を聞くようにした。
 自分に出来ることは少ないけれど、残り少ない彼女との時間を大切にしようと思った。

 そうして、ひと月……またひと月と時が過ぎていく。
 彼女の時間が、削られていく……。

 半年。
 短い時間だったが、その半年という時間は正樹が心の整理をつけるには十分だった。
 勿論悲しみなど言葉に出来ない感情はある。
 だが、それを受け止めるための時間は過ごせたはずだ。


 だから、半年後。
 こんな風に心を押しつぶされる様なことになるとは思ってもいなかった。