――――『言葉には力が宿ります。その力を使うには貴女の大切なものを犠牲にします。重々考えて使うように』

つまり、こうではなかろうか。過去に大変な状態にあったミツハを、新菜が言霊の力で救った。ミツハはその言霊の力で助かり、代わりに新菜はその時の記憶を失った。だからミツハだけが一方的に過去のことを覚えていて、新菜はその時の記憶が欠片も残っていないのだ。

からくりを理解した新菜は、ミツハに向き合った。

「ミツハさま。そればかりはミツハさまでも策はなかったと思います。私が巫の血を引いていることは申し上げましたが、実は母から巫として使う言葉の力について教わっておりました。母は、力を使う時に大切なものを犠牲にすると言っておりました。母にとってはそれが命で、私にとっては記憶だったのだと思います」

初めてミツハに向かって言葉を述べた新菜にミツハは、そうであったか、と難しい顔をして腕を組んだ。

「人の子は力に代償が付くのだな。そうとは知らず、新菜の記憶を奪ってしまってすまなかった」

心底すまないと思っていそうなミツハに、新菜は逆だ、と思う。

「いえ、私は神さまに仕える家に生まれたにもかかわらず、今まで神さまのお声を聞く機会を与えられませんでした。なので、今まで巫としての力があるのかないのか分かりませんでした。私は忘れてしまっておりますが、ミツハさまの為に何か出来ていたのであれば、それは私の生きる支えとなります。わたしこそ、ミツハさまに感謝申し上げなければなりません」

新菜はミツハの前で膝をつき、頭を下げた。何も成すことが出来ずに生きてきた今までの人生の中で、唯一、ミツハの為に何かを出来ていたことは、二重に新菜を喜びで包んだ。つまり、人として、そして巫女として、人生に跡を残すことが出来たのだ。

新菜は喜びに打ち震え、自らの初めての足跡(そくせき)に感動し、先程とは違う感情の涙をこぼした。はらはらと零れるそれは、宮の磨き抜かれた玄関の床を濡らした。ミツハは湖のほとりでそうしたように、今回も新菜の肩の下に手を差し入れ、そうして新菜の上体を起こしてくれた。涙に濡れる視界にミツハの美貌はそれでも神々しく、しかし穏やかに微笑んでおり、この人に認めてもらえた、という思いが改めて浮かび上がって来た。止まらない涙に、ミツハが痛そうな顔をする。

「新菜、我が巫女姫。君は泣いていても美しいが、出来れば私の前では笑っていて欲しい。君が涙する所以の全てを私は君から遠ざけたいし、君が笑ってくれるためなら何でもしたい。さあ、我が巫女姫。何が悲しい。何が嬉しい。教えて欲しい」

とろりとした蜜に包まれるような声で、ミツハは新菜に言葉をねだる。こんな風に素直に人に何かをねだられたことのなかった新菜は面食らってしまい、おろおろと自分の中にミツハに返すべき言葉を探した。

(悲しいことと、嬉しいこと……。何かしら……。命を助けて頂いたんだもの、これ以上の嬉しいことはないけど……)

じっと新菜の前で答えを待つミツハの顔を見ては考え込み、また見ては考え込む。そんなことを数回繰り返して、そうしてもう一度ミツハに聞いてみる。