風に乗って現れたのかと、疑った。

 目の前に真っ白な装束を身に纏い、濡羽色の長い髪を垂らす女が立っていた。美しくて艶やかな、けれど不気味な雰囲気をどこか纏っているような不思議な女。

 とにかく浮世離れした姿に男は、この女が人ではない何かに見えた。そう、例えるならば、幽霊のような。

 男は畏れた。

 この時、すでに酔いは冷めていた。
  
 びゅうっと勢いよく吹き込んできた冷えた空気が足元をすくわれて、ついに男はその場に尻餅をついてしまう。吹き荒れる風が女の髪を揺らしたことで、その奥に隠れた素顔が見えた。すると男はさらに顔を真っ青にさせて、歯はがたがたと音を鳴らし始める。

 恐怖のあまり声すらも発せない男に、女は楽しそうにニィと両方の口角を上げた。

 そして。それと目があった瞬間、ヒィッと喉を潰すような悲鳴を上げて叫ぶ。

「         」

 間もなく、男の断末魔の叫びは夜闇に吸い込まれるように消えていった。


 翌日。男は雪のように冷たくなった状態で発見された。外傷は特に見当たらず、かといって毒物を摂取したような気配もない。ただ気になるのは、身体が異常に冷たくなっていることだけ。

 奉行所の調べによると、近くの宿屋の主人が男の叫び声を聞いたらしい。その言葉がなかなか聞き慣れないものだったから、印象に残っていたのだそうだ。

 男は、次のように言い遺したらしい。


 ───────雪女、だと。