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 健斗と付き合い始めたのは三年前、高校一年生の終わり頃だった。

 きっかけは、図書委員でペアを組まされたことだ。

 委員会決めのとき、私はなんとなくラクそうだと思って図書委員を選んだのだけど、彼は違った。小さい頃から本が好きで、少しでも本に関わることがしたいと思って図書委員に立候補したそうだ。

 ならば存分にやっていただこうじゃないかと、私は彼に仕事を押し付ける気満々だった。だけれどその作戦はすぐに断念することとなる。

 彼は圧倒的に仕事ができなかった。

「荻野くん、そこにもう一冊あるよ。それも返却処理しないと」

「荻野くん、その本はあっちだって。児童書コーナーは先月窓際に移したでしょ」

「荻野くん、このポップ付ける本間違ってない?」

 何をしても失敗続き。凡ミスにつぐ凡ミス。でもそのせいでみんなから疎まれてるわけじゃなくて、どっちかというと彼は図書室の愛されキャラだった。

 だけど本人はミスばかりの自分をすごく気にしていて、元々大人しい性格だったのにさらにおどおどしていく。

 それでも一所懸命に本や仕事と向き合う彼を見ていると、徐々に私も彼に癒されるようになった。

「荻野くん、慌てないでいいよ。私も横でフォローするからさ」

 それから一年。

 春休みも目前となり、私たちは無事委員会の任期を全うした。

 告白したのは、私からだった。誘っても誘っても彼は私のアプローチに気づく様子がなかったから。

「私こんな忙しい委員会はもうこりごりだけど、健斗は来年も立候補するんでしょ? もう一緒に仕事することもないだろうからさ、春休みになったらぱーっと打ち上げでもしよっか。初デートも兼ねて、どっか食べ放題とか行きたいなー」

 最後に話したのはそんなようなことだった気がする。

 彼は、その翌日に亡くなった。

 交通事故だった。車道に飛び出した猫を助けようとしたのだと、先生から聞いた。

 でも、さっさと逃げおおせた猫のかわりに自分がひかれてしまったらしくて。もう、言葉が出ない。

 うそでしょ。

 ばかみたい。

 涙は出なかった。

 そのかわり、体が動かなくなった。

 朝、目が覚めたものの立ち上がれなくなってしまった。なぜかはわからない。当時高校生で、まだ実家に住んでいた私は、起き上がれないとお母さんに伝えてしばらく学校を休んだ。

 付き合った期間、一週間。

 デートはおろか、手すらつないでいない。

〝里帆。気晴らしに散歩でもしない? つらいと思うけど、家に閉じこもってると余計に気持ちが沈んじゃうんじゃないかと思ってさ。こういう誘いも嫌かな? でも私、里帆のこと、心配で……〟

 菜月のやさしい言葉は、小学生の頃グラウンドに現れたつむじ風みたいに、すぐ頭の中から消えてしまう。





「健斗。ずっと……私のこと探してくれてたんだね」

 呟いても左前の椅子はうんともすんとも言わないけれど、かわりに菜月が涙を浮かべて私を見つめていた。

 ばかみたい。三年も私のこと見つけられなかったなんて。

 私の実家には一度、来たことあったじゃん。文化祭の夜、図書委員で発表した出し物を片付けていたら帰りが遅くなっちゃって、暗くて危ないからって家まで送ってくれたじゃん。

 でも、極度の方向音痴で合コン会場に行くにも迷子になるような男には、一度訪れただけの同級生の家に行くのは難易度が高かったか。

〝里帆さんとの打ち上げの約束、まだ果たせてなかったから〟

 どこからかそんな言葉が聞こえた気がして、胸がぎゅっと痛くなった。

「あの……ごめんなさい」

 私は呟くと、大テーブルにある席、ひとつひとつに目を向けた。

 今日という日に出会えたみんなと、まっすぐに向き合うように。

「今日は、本当に楽しかったです。みなさん、ありがとう。ただ、私、いま……好きな人がいる、みたいなんです。だからみなさんとお付き合いをすることはできません。私のために集まってもらっておいて、こんな勝手なこと言って……本当にすみません」

 そう言って、深く頭を下げた。

 顔を上げると、菜月がひとつひとつの席を見つめてから、小さく頷いた。

 みんな、納得してくれたのだろうか。最初から現実味のない合コンだったけど、本気になってくれた人もいたかもしれない。私だって、途中からまじめにみんなのことを見ていたのだから。

 ……でも、やっぱり私は。

 本当の気持ちに逆らえそうにはないんだ。