僕は、事故にあってからずっと、成仏出来ずに、空をさまよっている。

 六年間ずっと。

 大切な人達が、僕のせいで心が苦しくなっているのではないかと思って。

 その僕の姿を見て、心配してくれた神様が「クリスマスの日だけ、地上に戻っても良いよ!」と、言ってくれた。
 どうしようかな…クリスマスの日、地上に戻れる。
 一日だけ……。
 とにかく考えた。
 クリスマスは、あっという間に近づいてきた。

 僕は、動き出した。
 まずは、寝ている双子の兄、ようの夢の意識に入り、お願いをした。

「よう、久しぶり」
 僕は少しはにかんだ。
「お、つきだ!」
 ようが優しく微笑んでくれた。
「よう、元気か?」
「おう」
「……良かった! 突然だけど、ようにお願いがあるんだ」

 話したい事は沢山あったけれど、とりあえず伝えたい事だけを伝えた。

 まずは、僕の部屋に入り、本棚にある表紙が黒くて、中が真っ白で何も書かれていない本を、三冊探してくれと頼んだ。

 それから『2021年、クリスマス。僕達は、17時ちょうどに駅前で待ち合わせをして、喫茶ボヌールへ向かう』と、最初のページに書いて、こっちの名前は書かずに、宛名だけを書いた封筒に入れて、そっと、あやかとりかの家のポストに入れ、あとの一冊はようが持っていて欲しい。と伝えた。

 それから、おじさんが経営している喫茶店を貸して貰えるようにお願いしといて欲しい事、そしてクリスマスパーティーをする約束をして、夢の中から出ていった。


#よう

 朝。

「夢の中につきが出てきたけれど、妙にリアルだったなぁ。多分、夢の話だから、本、ないと思うけど……。一応、つきの部屋を調べてみるかな」

 隣にある、つきの部屋に入る。

 久しぶりに入ったけど何も変わってなくて、今もまだつきがここで過ごしている感じがする……。

 つきは事故に会い、もうこの世にはいない。俺たちは双子で、生まれた時から隣にいるのが当たり前だったから、いない事に完全に慣れる事がなく、彼を思い出すたびに心が痛い。今もまだ心が締め付けられている。

「はぁ」
 俺は大きなため息をついた。
「よし、探してみるか」

 本がいっぱいあるなぁ。
 真面目な本ばっかり。
 いつも難しそうな本ばかりを読んでいたつき。その姿が鮮明に頭の中に浮かんでくる。

 ちなみに俺の部屋は、漫画の本ばかりある。
 双子なのに正反対。性格も。不思議だなぁ。

 本棚をあさってみた。
「ほんとにあった!!」
 夢の中で頼まれた、表紙の黒い本が三冊並んであった。
 それらを手に取ると、部屋に戻り、頼まれた文章を書いた。封筒に宛名も書き、本を入れて封をする。
 よし、出来た。これをふたりの家のポストに入れればいいんだな。

 明るい時に行動すると、バレてしまいそうな気がしたから、夜中こっそり、ポストに入れた。


#つき

 クリスマスの日。

 まず僕は、あやかとりかが眠っている時間、彼女達の意識に入り込み、僕が事故にあって亡くなった日の記憶の全てを今日一日だけ、忘れてもらう事にした。

 朝が来た。

「本当に地上に来れた!」
 僕は空より遥か上にある所から降りてきた。
 目の前に光り輝くトンネルの入口が現れて、中に入りトンネルを抜けると、一瞬でようの部屋に。
「いきなり登場かよ!」
 ようは物凄く驚いていた。
「つき……。久しぶり!」
 ずっと一緒にいたから、ようの事がよく分かる。彼は今、物凄く嬉しそうだ。
「久しぶりだな」
 僕は、ようみたく感情を上手に表に出す事は出来ないけれど、ように負けないくらい、リアルで再会できた事が嬉しい。
「つき、変わってないな!」
「幽霊だからな。ようは、少し老けたな」
「はははっ!」

 六年ぶりに会ったけれど、昨日まで一緒にいたように感じた。だって、生まれてからずっと一緒にいて、凄く仲が良かったから。会えなかった期間が長くても、一瞬で元通りになれるんだ。

「今日、仕事休みもらえてよかったわ」
「よう、色々ありがとな」
「何でも頼んでや」
「おう、そしてごめんな。ずっと謝りたかったんだ。急にいなくなったりして……」
「つきは、悪くない!」

 僕がいなくなった後、母さんは心が病み、僕を追って亡くなったらしい。ようは今、父さんと二人暮しをしている。

「ほんと、ごめんな」
「あやまるな!」
 ようがムッとする。
「お、おぅ」
 
 ようが支度を終えると、すぐに彼の車に乗る。

「あのふたり、来るかな?」
 ようが少し不安そうな表情で尋ねてきた。
「来るわ。自信ある」
「仕事とかで来れないとかないかな?」
「あのふたりなら、来る」

 僕には自信があった。あのふたりは好奇心が旺盛。仕事だとしても、何か理由をつけて早退したりして来るだろうと考えていた。

「つきがそう言うなら、来るわ」

 ようは、僕が自信満々に言う事は何でも信じてくれる。その事が小さな頃から、すごく嬉しかった。

「あのふたり、今日だけ、僕が亡くなった記憶が消えているから、よろしく!」
「えっ? そうなの? なんで?」
「あの日、僕のせいでクリスマスパーティーが出来なかったから、まずはそれをやりたいんだ。記憶が残ったままだと、あの日やるはずだった楽しいクリスマスパーティーは出来ない。」

 ようは黙って頷き、真剣に話を聞いてくれている。

「あやかとりかはきっと、僕が事故にあったのは自分のせいだとそれぞれ思っていそうだから、幽霊姿の僕を見ると余計に罪悪感がいっぱいになる。そして、その気持ちのまま、きっとクリスマスパーティーは終わってしまう。そうなったら、誰も楽しめない」

「……そっか。分かった!」
「あと、あの本、真っ白のページばっかりだけど、なんか書かないの?」
「ふふっ」
「秘密か」

 僕には考えがあった。
 まだようには内緒だ。

 大型スーパーに寄る。
 ようがカートにカゴを乗せて、それを押す。
「えっと、ケーキの材料と、肉と、とりあえず、俺が食べたい物をカゴに入れるわ」
 次々にようの好きな食べ物でカゴの中が、埋められていく。

 僕も選ぼう。
 僕は、一番初めに飲み物コーナーへ向かう。小さな紙パックのいちごオレを手に取り、ようの場所へ行き、カゴに入れた。
「え? つき、甘いの飲むっけ?」
「いや、あやか、これが好きだから」
「そうだっけ?」
「高校の時から、いちごオレ、ほぼ毎日飲んでたんだ」
 そう、あやかはこのいちごオレが大好きで、特にひとくち飲んだ瞬間、幸せそうな表情をしていた。
 その表情を見るのが好きで、毎回見逃さないように気をつけていた。
「ふっ」
 ようが切ない表情をして微笑み、質問してきた。
「あやかの事、まだ好き?」
 僕は迷わず答える。
「うん」

 好きだけど、一緒にいられるのは今日一日だけだから、どうしようもないんだけどな。気持ちが沈みそうになりかけたから、切り替えた。
 今日はみんなに楽しんでもらいたいんだ!
 
「100円ショップとか寄る? パーティーの飾り付けグッズも買わないと!」
「あ、それ、持ってきた。車の中にあるわ。あの時の……」

 あの時とは、僕が事故に会い、クリスマスパーティーが結局出来たかった日の事だ。
「じゃあ、それ使おう」

 買い物を終えると再び車に乗る。
「もう、まっすぐボヌール行ってもいいか?」
「うん」

 僕達は今夜クリスマスパーティーが行われる喫茶ボヌールへ向かった。

 昼になった。
「冬は店閉めてるから、やっぱり雪積もってるなぁ。」
「除雪して、昼ご飯食べたら準備開始だな」

 食べ終えるとすぐに作業に取り掛かる。
 ケーキを作り、チキンを焼く。あとはだいたいレンジでチンしたりする感じだ。
 部屋の飾り付けもする。
 早く準備が進んだから、後半まったりと座りながら話をしていた。

 僕は窓から外を眺めた。
「もう暗くなってきた。時間あっという間だな」 
 日が沈んでいくのを確認するたびに、こっち側にいられる限られた時間を意識する。
「そろそろ待ち合わせ場所に行こうか」
 ようが立ち上がる。

 待ち合わせ場所の駅に着いた。
 まだ誰も来ていなかった。五分ぐらいしたらりかが来た。
「えっ? なんでふたりがいるの?」
 りかが物凄く驚いていた。
「久しぶり! 元気だったか?」
 ようが手のひらを上げ、りかに言う。
「うん、元気……それよりも、なんでふたりがここにいるの? 今日って……」

 あやかが来た。
 ようはりかの言葉を遮るように大きめな声を出す。

「あ、あやか来たぞ!」
「あ、あやかー! 久しぶりー!」
 りかが大きく手を振る。

 四人が揃う。
 昔と変わらない空気が流れていた。

「怪しい人達がいたらこっそり帰ろうかなって思っていたんだけど、みんながいて良かった。ちょっとドキドキして、楽しかった!」
 あやかは僕達と久しぶりに会ったからか、少し緊張しながら微笑んだ。
「私なんて、お腹痛いって言って、仕事早退しちゃった」
 りかが笑いながら言った。
 ふたりとも、来てくれた。

 四人は車に乗り、喫茶ボヌールへ。
 着くとそれぞれ荷物を置いたり、僕達は出来上がった食べ物をテーブルに運んだりした。

 パーティーの間、三人は沢山笑ってくれた。
 僕も、とても久しぶりに、心から笑う事が出来た。そしてあやかが、僕が選んだいちごオレを飲んでいた。
 あの頃と変わらずに好きなんだな。良かった。
 この、幸せそうな姿がもう一度見られた。

 僕は途中、やらないといけない仕事があるからと嘘ついて、荷物がまとめられている部屋に入った。
 ちなみに誰かこっちに来そうになったら来ないように止めておいて!と、ようにお願いしてある。
 いけない事だけど、鞄を勝手にあさり、本を見つけた。

 当日、本を持参してって書いといた方が良いかなぁと一瞬迷ったけれど、書かなくてもきっと持ってきてくれそうだなと予想して、特に触れなかった。
 あとから少し不安になったけど、持ってきてくれていて良かった。

 まずは三冊まとめて床に置いた。

 今日の思い出の話と、それぞれが喜びそうなフィクションの物語も書きたいから、一冊十万文字として……。幽霊だから疲れなくて速度が落ちないとしても、三十万文字書くの間に合いそうもないな。と考えた結果、これを前からこの時に使おうと決めていた。
「当日地上で、好きな事に一回だけ使っても良いよ!」と神様に言われた魔法。
 自分の為に使いなと言われたけれど、これは自分の為でもある。

 まずはようのノートを手に取り、魔法を唱えると、一瞬で頭の中に蓄積されていた文章が書けた。

 最後の一ページは直接書いた。
 それをあやかとりかの本でも繰り返す。
 全て終えると、時間を確認する。
「よし、間に合った」

 残り僅かな時間、大切なみんなと過ごすか。

 ちなみに、ようには戦国時代の熱い話、りかには胸キュンラブストーリーを、そしてあやかには、ふわふわ系ファンタジーの物語を書いた。

 再びみんながいる場所に向かうと「おかえり」って笑顔で迎えてくれた。

 幸せだ。
 幸せだ。
 幸せだ。

 同じ言葉を心の中で繰り返すと同時に、寂しい気持ちも込み上げてきて、表情が崩れそうになる。歯を食いしばり、ぐっと我慢した。

 一分早く進んでいる、ここにある壁掛け時計がちょうど零時の時、そっと電気を消した。
 それから、みんなの目の前に、それぞれ本を置いた。
 電気をつけると同時に、僕の姿は……消えた。
 三人が、僕について語ってくれている。

「……」

 僕はただそれを黙って見ている事しか出来ない。

「今日はありがとう」
 あやかが、お礼を言ってくれた。
「こちらこそ」
 僕は誰にも届かない言葉をそっと、呟いた。
 ひとりひとりの顔をじっくり見つめてからドアを開け、外に出た。

 しんしんと静かに降り続ける、雪。
 空の方からかあさんの気配がした。
 僕は地上に、三人にサヨナラを告げた。
 サヨナラを告げたけれど、また三人と、いつか会いたい。いつか……。

 ちなみに手書きで書いた文字は

『ようが、
 あやかが、
 りかが、

 幸せになってほしいから、ささやかですが、プレゼントを贈ります』