『幸せになってほしいから、ささやかですが、プレゼントを贈ります』

***
 クリスマスまであと一週間。

 街は踊っている。
 キラキラと輝いている。

 この時期は、イベントで盛り上がっている。
 仕事の帰り道、カラフルなイルミネーションやツリーをぼんやりと眺めながら歩いていた。

 家に帰り、部屋を明るくすると、すぐにある物を手に取った。それは表紙が黒くてシンプルな表紙の本。

 今朝、うちの郵便受けの中に“ 倉持あやか様 ” と、私の名前だけが書かれているA4サイズの怪しい茶封筒が入っていた。気になったので、すぐに封を切り中を覗くと、一冊の本が入っていた。朝、時間が無かったから、急いでそれを部屋に置くとすぐに職場へ向かった。

 今、その本を部屋のテーブルに置き、ずっと眺めている。

 ――本当に不思議。この本は何なのだろう。

 その本を両手で持ち、さらに眺めた。
 本を開くと、こんな事が書いてあった。

“ 今年のクリスマス。
僕達は、十七時ちょうどに駅前で待ち合わせをして、喫茶ボヌールへ向かう。”

 それだけしか書いていない。
 次のページからは真っ白。

「えっ? これだけ? 意味がわからない」
 ちなみに“ 喫茶ボヌール ” は、実際に存在している場所だった。

 怪しさもあり、当日まで、行こうかとても迷ったけれど、好奇心が勝ち、行ってみる事にした。

 バスで駅まで移動した。約十分ぐらいで着いた。
 私が住んでいる町の駅は、とても古びた木造の小さな建物。

 バスから降りて少し歩くと、そこには懐かしい人達が三人立っていた。

 高校時代、いつも一緒に過ごしていた同級生達。

 学生時代いつも一緒にいてくれた、りか。
 私とは正反対で派手な見た目で長い髪の毛を明るく染めている。そして、とても目がぱっちりとしていて、可愛い。彼女はいつも笑顔で明るくて、引っ込み思案な私を引っ張ってくれていた。

 黒髪サラサラヘアーで目がキリッとしている男の子は、物静かで考える事が好きな、つきちゃん。観察力が凄い。彼は、とても頭が良いと思う。

 茶色の髪の毛が少しふわってしていて、ハッキリした顔立ちをしている男の子は、思った事をすぐ行動に移す、ようちゃん。同じ歳だけど、頼れるお兄さんって感じ。

 ふたりは似ていないけれど、二卵性双生児。
 ようちゃんがお兄さん。
 
 高校を卒業してからも四人で遊んでいた。

 ――なんで遊ばなくなったんだっけ?

 思い出せない……。遊ばなくなった理由の部分が真っ黒いペンでぐしゃぐしゃに塗りつぶされているような。でも、今は思い出せなくてもいいや! そんな気がした。

「あやか! 久しぶりー!」

 りかが満面の笑みで、私に向かって手を振ってくれた。相変わらず明るくて可愛い。大人になって可愛さに綺麗も加わった感じかな?

 私はちょっと人見知りをしてしまい、はにかみながら控えめに手を振り返す。

「えー? 会えたの、何年ぶり?」

 りかが、はしゃぎながら質問してきた。

 えっと、いつまで集まってたかなぁ。確か二十二歳ぐらいまでで、今二十八歳だから……

「五年ぶり、かな?」
私が答えようとすると、ようちゃんが少し自信なさそうに呟いた。

「いや、六年ぶりだ」
つきちゃんは自信満々に訂正する。

 それから、少しだけ他愛のない話をして「寒いから車に早く乗るぞ!」というつきちゃんの言葉をきっかけに、四人は車に乗り込んだ。

 運転席にはようちゃん、助手席にはつきちゃん。私とりかは後ろの席に座った。

 久しぶりだけど、普通に会話が出来て良かった。高校生の時に戻ったみたい。楽しい!

「そういえば、今日駅に来たの、家によく分からない本が届いていたからなんだよね……。
りかが眉間にしわを寄せながら言った。
「えっ? 私の所にも来てたよ!」
「まじで?」
「うん。十七時に駅前って。りかの所にも来てたんだね……」
「そうそう。不思議だね。てか、これからどこ行くんだっけ?」
「喫茶ボヌールだよ!」
ようちゃんが後ろを振り向き答えた。
「そうそう! それ! えっ? よう達の所にも本が来たの?」
 りかは少し身を乗り出す。
「うん。来たよ! 今そこに向かっているからね!」
 ようちゃんが微笑みながら答えた。

 駅から車で、約二十分ぐらい走ると目的地の喫茶ボヌールがある。冬は営業していない様子。雪が積もっている。けれど、通り道と入口付近は綺麗に除雪されていて歩きやすかった。

 ドアを開ける。

 店の中はオレンジ色の明かりの効果と暖房のお陰で暖かかった。ほのかに食べ物の良い香りもする。

 そして、部屋の壁に金色のキラキラな星が貼られていた。窓の前には私の腰くらいの高さの緑色のツリーも飾られている。

「荷物、そっちの部屋に置いといて!」
ようちゃんがドアの閉まっている部屋を指さす。

「うん!」
りかが返事をする。
「置きに行こっか」
 私はそう言って、りかと一緒にその部屋へ荷物を置きに行った。


「待っててね。すぐに出来るから」
 ようちゃんがキッチンに向かう。
「よう、これ、テーブルに持って行って!」
 すでにキッチンでつきちゃんが作業をしていた。

 ふたりは、テキパキと料理の準備をしている。

 四人がけの席に座り、りかと並び、ふたりの様子をじっと眺めていた。
「ねぇ、あやか、ふたりのテキパキ感、相変わらず凄くない?」
「ねっ、本当に。息ぴったりだしね!」

 こういう感じ、昔から変わらない。
 時が経ち、周りはどんどん変わってゆくのだけど、こういうあの時のままな風景が見られるの、良いな。

 すぐに料理が運ばれてきた。
 チキン、サンドイッチ、オレンジジュース、クッキー、ピザ……。そしてつきちゃんの字で“ メリークリスマス ” と書いてある手作りケーキ! 他にも色々な食べ物が出てきた。

 そして、私が昔から大好きな、いちごオレも。
 ――覚えてくれていたんだ。私の好きな飲み物。
 学生時代、いつもいちごオレを飲んでいた。覚えてくれていたのが、嬉しい。選んでくれたの、つきちゃんかな?

「ここで働いている人みたい」
りかがにこにこしながら言う。
「ここ、おじさんの店だから手伝ったりしてるんだ。冬は閉まってるから、いつでも自由に使っていいって」
「へぇ、てか集まれて良かった。楽しいね!」
 ようちゃんと、りかが話をしている。

 りかは全く気にしていない様子だけど 、 ようちゃんの所にも謎の本が来たって話を彼もしていた。でも、なんで彼らは私達をここまで連れてきて、準備もあらかじめしていたの?  それは聞いてはいけない気がして、その考えは心の奥に閉まっておいた。

 ようちゃんとつきちゃんも席につき、それぞれのお皿に料理を取り分ける。すぐに話は弾みだし、みんな仲の良かった時のような気持ちに戻っていた。
 
 笑いが絶えなかった。

 こんなに仲が良かったのに、本当になんで何年も会わなくなっちゃったんだろう。四人で集まると、こんなにも楽しいのに。

 みんなずっと楽しそうだった。途中つきちゃんが、やらないといけない仕事の書類があるからって寂しそうな顔をしてちょっとだけ席を外したけれど。

 とてもとても幸せな時間を過ごした。
 この時間が、ずっと続けば良いのに。

 けれども、続かなかった。

 私は、そろそろ解散の時間かなと思い、壁掛け時計を確認した。ちょうど零時。
 
 その時、突然店が真っ暗になった。

 停電かな?と思い、とりあえず下手に動くと怪我とかしそうなので、座ったままじっとしていた。

 一分ぐらいたつと明かりはついた。

「わぁ、びっくりしたー!」

 りかが大きな声で叫ぶ。

 ……あれ? つきちゃんがいない。

 目の前のテーブルの上に視線をやると、謎の本が置いてあった。

 私は驚いた。

「なんで? 鞄に入れて置いたのに!」
 りかも物凄く驚いている。
「りかのも? 私のもあるの」
 私の本だけではなかった。ようの目の前にも。それぞれの目の前に、それぞれが持ってきた本が!

 手に取り、パラパラとめくってみる。
「何…これ……」
 さっきまで真っ白だったページに、まるで小説のような、縦書きの文章がびっしり追加されていた。
『……車に乗る前、三人は久しぶりに会ったからか、すぐに話は盛り上がり、寒いのに話はなかなか終わらない。だから僕は「寒いから早く車に乗るぞ」と声を掛けた。三人が笑顔で良かった。僕のせいで心が苦しんでいるのかもしれないと思っていたから、今だけはせめて、あの時の出来事を思い出さずに笑っていて欲しい』

 あの時の出来事……。

 忘れていた記憶が一気に波のように押し寄せてきた。
「あのね、私、思い出したんだけど……」
「あやかも? 私も……」

 押し寄せてきたのは、六年前の記憶。
 つきちゃんは事故で亡くなった。
 クリスマスの日だった。

 クリスマスは毎年集まっていたから、今年も四人でクリスマスパーティーをしようって約束をしていた。「集まる前に、伝えたい事があるから、ふたりで会いたい」とつきちゃんに言われて。先にりかと買い物に行く約束をしていたから、それが終わってから会う約束をした。買い物が予定よりも長引き、すでに待ち合わせ場所にいたつきちゃんが、こっちに来てくれる事に。こっちに向かってくる途中、つきちゃんは……。

 それ以来、集まる事はなくなった。
 りかも私も、自分を責め続けていた。

 それを責める必要なんてない。という事も、その本には書いてあった。

「つき、夢に出てきたんだ」
 ようちゃんが目を細め、静かに語り出す。
「今日のパーティーをする為に、待ち合わせ場所とかを伝えてきて、それを本に書いて、ふたりに届けて欲しいって頼まれた。クリスマスの日だけ、こっちに来れる事になったからってさ」
「ってか、つきちゃん、離れてからも私達のこと、分かりすぎだよ……」
 りかは目を潤ませながら呟く。
「うん。本でめちゃくちゃ私の分析されてる」
 私はすでに涙が止まらない。
 パラパラと最後までページをめくった。

「……つきちゃん、今日は、ありがとう」
 姿は見えないけれど、まだ近くにいてくれている気がして、私は心をこめてお礼を言った。

 その時、勢いよくドアが開いた。
 三人は急いで外へ。

 雪が空からふわりと落ちてきている。
 一瞬その雪が、映像を巻き戻すかのように空に昇っていったような気がした。

 あ、これって……。
 きっと、つきちゃんだ。
 ――離れていても、ずっと、一緒だからね。
 私達は寒さを忘れて、三人でじっと空を見続けていた。

 後日、三人で集まり、ようちゃんが、クリスマスの日の計画について詳しく教えてくれた。

 私達がクリスマスの日だけ忘れていた記憶についても。

「つき、あの日、結局周りの事しか考えてなかったな。辛い時とか、これ見たら元気出そうだわ」

 それぞれが、つきちゃんが書いてくれた、本を抱きしめた。こっちにいられるのはたった一日だけだったのに。その貴重な時間を全て私達の為に。

 三人は同時に「ありがとう」と呟いた。

 彼の夢は『誰かを幸せにする、小説家』だった。

 もう叶ってる。

 私達が、つきちゃんの書いた小説を読んで、幸せになったからね。

 つきちゃん、私はね、つきちゃんは気にするなって書いてくれていたけれど、一生つきちゃんが事故にあった日の事を、私のせいだと後悔し続けると思う。でもね、それ以上につきちゃんがくれたプレゼントを、幸せを、思い出を。大切に胸にしまって、本当に大切にして、これからは生きていくからね!