出会った時のことを思い出して、苦い気持ちが込み上げてくる。ちらりと探偵少年を盗み見れば、彼は忙しなく周囲を見回していた。まるで初めて来た子供のように目を輝かせており、一見修学旅行生かと見紛ってしまいそうだ。
その様子にちゅう秋も気が付いたのか、ふっと笑みを浮かべた。
「珍しいかい?」
「はっ! い、いやっ、そんなことは無いぞ!?」
「その言葉の割に、楽しそうだけど」
「なっ、! そ、そんなことは……!」
慌てて取り繕う探偵少年に、笑い声が漏れてしまいそうになる。彼の手元には、いつの間にかここのパンフレットが何枚も握られていた。
(全然説得力ないじゃないか)
下手くそすぎる隠し事をする彼は、手にしたパンフレットに気がつくとハッとして背後に隠した。わかりやすいにも程がある。
「楽しんでくれているならよかったよ。――さて、そろそろ約束の時間になるよ」
ちゅう秋の言葉を現すように、かつりと靴の音が聞こえる。女性特有のヒール音に振り返り──僕は目を見開いた。
「久しぶり」
ふんわりと微笑む彼女に、息を飲む。
「ど、うして、ここに」
「いたら駄目?」
「い、いや。そんなことは……」
いたずらっ子のように返してくる言葉に、僕の心臓は大きく脈を打つ。幼馴染でもある彼女は──僕の想い人だった。
「まさかこんなところで会えるなんて、思ってなかった」
そう言って笑う彼女に、心臓が期待に膨らみそうになる。……今のは僕じゃなかったら勘違いしていただろう。一度家に帰って着替えたのか、制服では無い白いワンピースに、ウエストを絞る黒い太めのベルト。スラリと伸びた足は、低いヒールの付いた赤茶の靴に彩られている。ワンピースと同色のベレー帽を乗せた頭は、耳の下で二つに結ばれていて。
(っ……)
目が、奪われる。緊張にこくりと生唾を飲み込み、しっとりと汗ばむ手を握りしめた。彼女はそんな僕に気づくことなく、上品に微笑む。
「……そう」
「……うそ。ちゅう秋くんがいるって聞いて、いるかなって思ってた」
指先を合わせ恥じらうように告げる彼女に、全身の熱が一気に駆け上がってくる。羞恥心にも歓喜にも似た感情は、落ち着けと言い聞かせる自分の声に反して、瞬く間に全身を包み込んだ。眩しさに思わず後退れば、手すりに背が触れる。
──嗚呼、体が熱い。顔が火照る。言葉が上手く出てこない。目の前に好意を寄せた女性がいると言うのに、気の利いた一言すら出てこない自分が情けなくて堪らない。咄嗟に視線を逸らせば、ちゅう秋と目が合った。
微笑む彼は、きっと僕の心情を正しく理解しているのだろう。……つい、歯噛みしてしまった。