へらりと笑う彼女に、僕はなんとも言えない気持ちになる。わかっていても期待しているのだろう。寂しそうな表情に何か言ってやりたいが、気の利いた言葉なんてひとつも思い浮かばない。
(こういうところが僕の悪いところなんだろうけれど)
だからといってどうにか出来る気もしないのだが。
「……?」
ふと視線を感じて、振り返る。しかし、振り返ったそこには誰もいなかった。
(今、誰かいたような気がしたんだが……)
気のせい、だろうか。
「先輩?」
「あ、え。な、何?」
「いえ、突然遠くを見つめ出したので何事かと思いまして」
「あ、嗚呼……」
僕は彼女に応えながら、再び先程の場所を盗み見る。やはりそこに人影はひとつも見当たらない。
「……なんでもない」
僕はそう告げると、弁当を食べ切るために箸を動かす。最初は居心地の悪かった空気も徐々に緩くなり、休み時間が終わった時には少女と他愛もない話をするくらいには仲が良くなっていた。――話は主に探偵少年への愚痴だったけれど。

「おじってい、おじってい、おじってい……」
延々と聞こえる声を背に、必死に手を動かす。あかぎれの酷い指は何度も何度も髪の間を滑り、汚れを落としていく。その間も「おじってい、おじってい」とノイズのような声が響き、彼女たちの脳を支配していく。しかし、一様に彼女たちは振り返ることは出来なかった。それもそうだろう。──彼女たちの後ろにいるのは、鋭い角を持った、赤い鬼なのだから。
角を生やした金色の頭は、とめどなくぐらぐらと前後に揺れている。お面の奥に見える目はどこか虚ろでグルグルと渦を巻いており、仮面の下の肌はお面と同じくらい真っ赤に染っていた。……なぜ面をつけているのか。なぜ背に立つのか。なぜ、同じ言葉を繰り返しているのか。そんな疑問を投げつけられるほど、彼女たちの心に余裕はなかった。
帰ってくる山彦のように重なる声が、更なる恐怖を掻き立てる。風呂場にわんわんと響く声たちは、彼女たちの神経を確実に蝕んでいた。泣きながら乱雑に髪を洗う華奢な手に、また一本の赤い線が刻まれる。──もう、隠すことは出来なかった。

「急に呼んだりしてどうしたんだい、ちゅう秋」
「やぁ。すまないね、突然。ちょっと相談したいことが出来たんだ」
「相談したいこと?」
真っ直ぐこちらを見つめるちゅう秋に、僕は首を傾げる。彼が相談事だなんて珍しい。
「──俺、参上!」
「……」
ズサーっと廊下を上履きで滑りながら登場する彼の姿に、僕は視線を向けることすら億劫だった。意気揚々と笑う彼──探偵少年の姿に、またかと言いたくなるのは僕だけじゃないはず。