踵を返し、元来た道を戻る。足に何か重たいものが纏わりついているが、そんなの構う必要はない。
(くそっ、来るんじゃなかった)
あの時逃げていれば、なんて後悔の念が渦巻いて込み上げてくる。しかし、ここまで来てしまったらもうどうしようも無いような気もしてくる。
(このまま手伝うか、それとも帰るか……)
「あれ。君は帰っちゃうのかい?」
「う……」
「残念。またお話出来ると思ったんだけど」
「また? 先輩と知り合いだったんすか⁉」
「ああいや、そういう訳じゃないけど」
岡名の言葉にいち早く反応した探偵少年が、目を輝かせて振り返る。慌てて振り返れば、少年の勢いに岡名が冷や汗をかいているのが見えた。そこまで食いついてくるとは思ってなかったと言わんばかりの表情に、僕は必死に首を振る。あの時の事を後輩――しかも、よりによってこいつに知られるのは我慢ならない。それならちゅう秋に知られて揶揄われた方が百倍マシだ。そんな僕の心情を読み取ったのか、彼は「ちょっと、偶然会ってね」と言葉を濁した。誤魔化しには一歩足りないような気もするが、探偵少年は「ふうん」と呟くと興味を失ったように視線を逸らした。
(バカでよかった)
「まあ、それなら先輩も居てもいいでしょ? ほら、知り合いなら遠慮する必要ないし、それに人数多い方がいいしさ!」
「う」
「あ、でも先輩がそ~んなに嫌なら俺も強制はしないけどさ」
「……はあ。ハイハイ、わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」
わかりやすいほどの煽りに、僕はため息を吐く。しかしまあ、後輩にここまで言われたら行かないわけにもいかない。
(面倒な事に巻き込まれたな……)
一過性の物だと思ったのに、どうやらそうも言っていられなくなってきたみたいだ。仕方ないと肩を落とし、僕は一度親に連絡をするために施設へ電話を借りることにした。設置された赤い公衆電話に、なけなしの金を入れてダイヤルを回す。出た母に事情を話せば、「九時までには帰ってきなさい」と条件を付けられた。それに渋々了承をした僕は、二、三言話した後、電話を切る。……以前、夜中にふらりと出て行ったのがこんなところで弊害になるとは、予想外だった。
「とりあえず、九時までな」
「先輩さっすが!」
「こういう時だけ先輩扱いすんな」
満面の笑みで飛び掛かって来た彼の頭を小突く。すぐに調子に乗るのは、彼の特性なのか。
(僕には考えられない事だな……)
先輩に普通に話しかける事も、教室に突撃してくるのも、縋りつくのも、全部。僕には出来ないことだ。