(……話すくらいなら)
いいのかもしれない。
「……くだらない話かもしれないですよ」
「全然いいですよ。壁に話していると思って、ね?」
優しそうな表情に、どこからか安心感のようなものが込み上げてくる。岡名と二人でどこか腰掛けられる場所に移動した僕は、足元に落ちていた小石を拾い上げ、手元で弄ぶ。
(でも、話すって言ったって、どこから話せばいいんだ……?)
「……」
「……」
「……」
「……大丈夫ですか?」
「は、はい」
「無理しなくていいですからね」
気まずい時間が二人の間を流れていく。心配そうに見られているのが、何となくわかる。
とにかく話すべきことを頭の中で思考するが、全くといって纏まらない。これは……考えるだけ、無駄かもしれない。大きく息を吸って、ゆっくりと息を吐く。……支離滅裂になるかもしれないが、それは許して欲しい。せめて彼の中で物語が生成されるよう、祈っておくとしよう。
「……実は――」

話し終えた時には、すっきりとした気分が全身を包み込んでいた。僕は小さく息を吐くと彼を見た。静かに話を聞いてくれた彼は、「そうだったんだ」と呟くと少し俯いた。僅かに考えるような素振りをすると、ゆっくりと顔を上げる。
「君は、とっても優しい人なんですね」
「えっ?」
「優しすぎるから、考えすぎてしまう」
彼の言葉に、僕は首を傾げた。
「……そんなことないです。ひどい人間だから、考えないと誰にも優しくできないんです」
「本当にひどい人間は、考えようとすらしないものだよ」
「そう、でしょうか」
「うん」
頷く岡名に、僕は視線を下げる。……彼の言っている事は、難しすぎて僕にはよくわからない。それでも、どこか気が軽くなってしまう自分は、思った以上に単純なのかもしれない。
「君は気にしすぎなんだ。考えるなとは言わないけれど、考えすぎも君にとって毒になる事を君はもっと自覚するべきだ」
「……難し過ぎる」
「ははっ。確かに、俺もこんなに言っているけど、よくわかってないよ。でも、それが人生ってものだって俺は思ってる」
「岡名さん……」
どこか吹っ切れたような表情で空を見上げる彼に、僕は尊敬の念が湧いてくるのを感じる。彼は紛れもない、“大人”だった。僕は岡名に頭を下げると、家に帰る事にした。「未成年を一人で帰すわけには行かない」と言うと、彼は僕の家まで送ってくれた。至れり尽くせりの状況に、頭が上がらなくなってくる。
「話してくれてありがとうね。おやすみ」
「……はい。おやすみなさい」
僕は彼に再び頭を下げると、静かに玄関を開いた。——まさかそこに般若の顔をしている母が待ち受けているとは、露知らず。