「あ、あなたは……ま、まさか、勇者ハヤト様ですの……」
物乞いをしている僕を目の当たりにした王女ミレイアは面を食らっていた。
まさか、勇者である僕が物乞いになるまで、その身を落としているとは夢にも思っていなかったのだろう。
信じられないのも当然の事であった。
「あ、ああ……そ、そうだ。僕が勇者であるハヤトだ。ひ、久しぶりだな。王女ミレイア」
僕は引きつった笑みを浮かべる。
考えた末に、僕は他人のふりなどをせずに、正直に話す事した。何せ、この世界で唯一と言っていいくらい、僕の身元を知っている人物である。それに王女は権力者でもあるし、特権階級だ。きっと僕を保護してくれるに違いない。僕はそう期待したのだ。
「じ、事情は後で話す、ミレイア王女。僕を王城で保護してくれ。もう何日もまともに食べてないんだ。このままじゃ僕は餓死してしまう」
我ながらみっともなかった。勇者が王女に慈悲を乞うなど。だが、背に腹は代えられない。生きる為ならプライドなどかなぐり捨てる必要があった。
「うっ、ううっ……そ、そうですか。わ、わかりました。ゆ、勇者様を一旦こちらで保護致します」
王女は引きつったような顔をしつつも、僕を受け入れてくれるようだった。きっと、僕が何日も風呂に入ってなくて、臭いから嫌だったのだろう。女性というのは男性以上に体臭を気にする生き物だ。
彼女の目には光がなかった。かつての僕に送っていた、敬意のある眼差しはどこかにいってしまった。無理もない。勇者だと思っていた男がホームレスにまで落ちぶれていたのだから。百年の恋も覚めるとは、まさしくこの事であろう。
彼女は僕を連れて、馬車へと戻ってくれた。
◇
「お、王女様、その方は一体!?」
驚いた様子で使用人が尋ねる。
「我が王国が召喚した勇者様ですわ……」
「ゆ、勇者様ですか!?」
「いいから、私と同じ馬車に入れてくださいませ」
「は、はい、わかりました」
こうして、僕は王女と同じ馬車に入れて貰える事になった。
◇
「うっ……ううっ……く、臭い。臭いですわ……密閉状態になると、余計に臭いが鼻につきますわ」
ミレイアは鼻を指で塞ぐ。つい、心の声が漏れてしまったようだ。
「も、申し訳ありません、勇者様。べ、別に私、勇者様が臭いだなんてこれっぽちも思ってませんわ」
言い訳も見苦しかったが、彼女を責める事などできない。僕は自分の臭いに慣れてしまっているというだけで、実際の所、強烈な悪臭を放っているに違いない。
こうして、王女に拾われた僕は、王女が所用を足した後に、王城へと連れ戻されていく事になる。
◇
「おかえりなさいませ……王女様。お、王女様! そのお方はっ!」
王城に帰ると、彼女のお付きの執事——執事長であるセバスが出迎えた。当然のように、みすぼらしくなった僕を見て驚いている様子だった。
「ゆ、勇者様ですわ……セバス。どうか、勇者様をお風呂に入れてあげて。それから代えの服も用意してあげて。今着ている服は洗濯してあげて。臭いが取れないようなら捨てていいわ」
「は、はい! 了解しました! で、ですが一体……どうしてこんな事に」
「疑問は後から勇者様から聞きますわ。私も一体、何がどうしてこうなったのか理解できていないんですの」
セバスも王女も困惑していた。無理もない。当の本人である僕ですら、なんでこんな事になったのか理解に苦しんでいたのだから。これもすべてはあのクソ女神のせいだったのだが……。
ともかく、こうして僕は風呂に入る事が出来た。そして、食堂で料理が振舞われたのだ。
◇
「ガツガツガツガツ! ガツガツガツガツ! ガツガツガツガツ!」
僕はもう、無心で食卓にある食事を口に放り込んだ。マナーもへったくれもない。優雅さの欠片もない食事作法ではあったが、それだけもう必死だったのだ。数日振りのまともな食事だったのである。
僕はもう我慢しきれなかったのだ。
「よ、よく……食べますわね」
王女ミレイアは引いてきた。ここに来て、僕に対する好感度はダダ下がりだろう。段々とよそよそしい態度になってきている。
「あ、ああ……もう、数日振りの食事だからね」
「この後、父上との謁見の機会を設けておりますわ……そこでこうなった事情を父上と私に説明してくださいませ」
「あ、ああ。わ、わかっているよ。今は空腹を満たすのに専念させてくれ」
僕は食事を終えた後、国王の元へと向かったのだ。
◇
「い、一体どういう事なのだ!? 勇者ハヤト、なぜぬけぬけと我が王国に戻ってきたのだ!?」
謁見の間で国王は僕にそう、聞いてきた。世界を救う事を任せた勇者が、出発してすぐに国に帰ってきたというのだから、驚くのも無理はなかった。
風呂に入り、食事を取った僕は一応の落ち着きを取り戻していた。だから、冷静になって国王に説明する事ができた。
「国王陛下、そして王女ミレイア。聞いてください。僕は確かに勇者としてこの王国に召喚されました。しかし、僕を召喚した存在——女神と言うのですが……その女神の手違いにより、僕は本来受け継ぐはずだったスキルを授からなかったのです」
「な、なんだと!」
「そ、そんなことが!」
国王も王女驚いていた。
「僕は何も悪くないんですっ! 悪いのは全部あのクソ女神——い、いえ、女神のせい! 女神のせいなんですっ!」
僕は女神に責任を押し付けた。実際、その通りだろう。僕は何も悪くない。悪くないんだ!
「だ、だったらなんだ? 勇者よ。貴様に何ができるというのだ?」
「と、特に何もできません……」
「何も……それって、ただの無能って事では」
王女はドン引きしていた。女性というのは無能には特に厳しい生き物なのだ。
「ひ、否定する要素はありませんね……残念ながら」
「そ、それで、そなたはこれからどうするつもりなのだ? 元いた世界に帰るのか?」
「それがどうやら、なかなか簡単には行かないようなんです。女神が言うには、僕を元の世界に戻すには魔王を倒す必要性があるらしいんです」
「だ、だが、無理だろう。そなたでは、魔王を倒す事など……。だって何の力も備わっていないのだから」
「そ、その通りです! そこで国王陛下にお願いがあるのですっ! ど、どうか、どこかの誰かが魔王を倒し、元の世界に戻れるようになるまで、僕を養ってほしいのですっ!」
僕はお願いした。
「勿論、無償で養えとは言いません。その代わり掃除や洗濯、何でもしますっ! 僕を使用人として雇ってくださいっ!」
僕は土下座をして国王にお願いした。
「うーん……どうする? セバスよ。こうは言っているが」
国王はその場に同席していたセバスに聞いた。
「残念ながら、使用人の人手は足りております」
「ふーむ……そうか。残念だったな、勇者ハヤトよ。お主を雇ってやるのは難しそうだ」
「そ、そんな、だったら僕はどうしたらいいのですっ! どうやってこれから生きて行けばいいのですかっ!」
「知らん、知らん……そんな事、自分で考えろ。役立たずに構っている程、暇ではないんだ。ほら、セバス。その無能勇者を外につまみ出せ」
「はっ! わかりましたっ! 国王陛下!」
「は、放せ! ここで見捨てられたら僕はどうなるんだっ! 飢え死にするしかなくなるだろうがっ! 人一人見殺しにして、それでお前達の良心が痛まないのかっ!」
僕は使用人達に連行されていった。
「さようなら……勇者様。どうかご無事で……もう二度と会う事はないでしょう」
王女は涙を浮かべ、連れていかれる僕を見守っていた。
こうして僕は行く宛もないまま、王城を追い出されたのである。
物乞いをしている僕を目の当たりにした王女ミレイアは面を食らっていた。
まさか、勇者である僕が物乞いになるまで、その身を落としているとは夢にも思っていなかったのだろう。
信じられないのも当然の事であった。
「あ、ああ……そ、そうだ。僕が勇者であるハヤトだ。ひ、久しぶりだな。王女ミレイア」
僕は引きつった笑みを浮かべる。
考えた末に、僕は他人のふりなどをせずに、正直に話す事した。何せ、この世界で唯一と言っていいくらい、僕の身元を知っている人物である。それに王女は権力者でもあるし、特権階級だ。きっと僕を保護してくれるに違いない。僕はそう期待したのだ。
「じ、事情は後で話す、ミレイア王女。僕を王城で保護してくれ。もう何日もまともに食べてないんだ。このままじゃ僕は餓死してしまう」
我ながらみっともなかった。勇者が王女に慈悲を乞うなど。だが、背に腹は代えられない。生きる為ならプライドなどかなぐり捨てる必要があった。
「うっ、ううっ……そ、そうですか。わ、わかりました。ゆ、勇者様を一旦こちらで保護致します」
王女は引きつったような顔をしつつも、僕を受け入れてくれるようだった。きっと、僕が何日も風呂に入ってなくて、臭いから嫌だったのだろう。女性というのは男性以上に体臭を気にする生き物だ。
彼女の目には光がなかった。かつての僕に送っていた、敬意のある眼差しはどこかにいってしまった。無理もない。勇者だと思っていた男がホームレスにまで落ちぶれていたのだから。百年の恋も覚めるとは、まさしくこの事であろう。
彼女は僕を連れて、馬車へと戻ってくれた。
◇
「お、王女様、その方は一体!?」
驚いた様子で使用人が尋ねる。
「我が王国が召喚した勇者様ですわ……」
「ゆ、勇者様ですか!?」
「いいから、私と同じ馬車に入れてくださいませ」
「は、はい、わかりました」
こうして、僕は王女と同じ馬車に入れて貰える事になった。
◇
「うっ……ううっ……く、臭い。臭いですわ……密閉状態になると、余計に臭いが鼻につきますわ」
ミレイアは鼻を指で塞ぐ。つい、心の声が漏れてしまったようだ。
「も、申し訳ありません、勇者様。べ、別に私、勇者様が臭いだなんてこれっぽちも思ってませんわ」
言い訳も見苦しかったが、彼女を責める事などできない。僕は自分の臭いに慣れてしまっているというだけで、実際の所、強烈な悪臭を放っているに違いない。
こうして、王女に拾われた僕は、王女が所用を足した後に、王城へと連れ戻されていく事になる。
◇
「おかえりなさいませ……王女様。お、王女様! そのお方はっ!」
王城に帰ると、彼女のお付きの執事——執事長であるセバスが出迎えた。当然のように、みすぼらしくなった僕を見て驚いている様子だった。
「ゆ、勇者様ですわ……セバス。どうか、勇者様をお風呂に入れてあげて。それから代えの服も用意してあげて。今着ている服は洗濯してあげて。臭いが取れないようなら捨てていいわ」
「は、はい! 了解しました! で、ですが一体……どうしてこんな事に」
「疑問は後から勇者様から聞きますわ。私も一体、何がどうしてこうなったのか理解できていないんですの」
セバスも王女も困惑していた。無理もない。当の本人である僕ですら、なんでこんな事になったのか理解に苦しんでいたのだから。これもすべてはあのクソ女神のせいだったのだが……。
ともかく、こうして僕は風呂に入る事が出来た。そして、食堂で料理が振舞われたのだ。
◇
「ガツガツガツガツ! ガツガツガツガツ! ガツガツガツガツ!」
僕はもう、無心で食卓にある食事を口に放り込んだ。マナーもへったくれもない。優雅さの欠片もない食事作法ではあったが、それだけもう必死だったのだ。数日振りのまともな食事だったのである。
僕はもう我慢しきれなかったのだ。
「よ、よく……食べますわね」
王女ミレイアは引いてきた。ここに来て、僕に対する好感度はダダ下がりだろう。段々とよそよそしい態度になってきている。
「あ、ああ……もう、数日振りの食事だからね」
「この後、父上との謁見の機会を設けておりますわ……そこでこうなった事情を父上と私に説明してくださいませ」
「あ、ああ。わ、わかっているよ。今は空腹を満たすのに専念させてくれ」
僕は食事を終えた後、国王の元へと向かったのだ。
◇
「い、一体どういう事なのだ!? 勇者ハヤト、なぜぬけぬけと我が王国に戻ってきたのだ!?」
謁見の間で国王は僕にそう、聞いてきた。世界を救う事を任せた勇者が、出発してすぐに国に帰ってきたというのだから、驚くのも無理はなかった。
風呂に入り、食事を取った僕は一応の落ち着きを取り戻していた。だから、冷静になって国王に説明する事ができた。
「国王陛下、そして王女ミレイア。聞いてください。僕は確かに勇者としてこの王国に召喚されました。しかし、僕を召喚した存在——女神と言うのですが……その女神の手違いにより、僕は本来受け継ぐはずだったスキルを授からなかったのです」
「な、なんだと!」
「そ、そんなことが!」
国王も王女驚いていた。
「僕は何も悪くないんですっ! 悪いのは全部あのクソ女神——い、いえ、女神のせい! 女神のせいなんですっ!」
僕は女神に責任を押し付けた。実際、その通りだろう。僕は何も悪くない。悪くないんだ!
「だ、だったらなんだ? 勇者よ。貴様に何ができるというのだ?」
「と、特に何もできません……」
「何も……それって、ただの無能って事では」
王女はドン引きしていた。女性というのは無能には特に厳しい生き物なのだ。
「ひ、否定する要素はありませんね……残念ながら」
「そ、それで、そなたはこれからどうするつもりなのだ? 元いた世界に帰るのか?」
「それがどうやら、なかなか簡単には行かないようなんです。女神が言うには、僕を元の世界に戻すには魔王を倒す必要性があるらしいんです」
「だ、だが、無理だろう。そなたでは、魔王を倒す事など……。だって何の力も備わっていないのだから」
「そ、その通りです! そこで国王陛下にお願いがあるのですっ! ど、どうか、どこかの誰かが魔王を倒し、元の世界に戻れるようになるまで、僕を養ってほしいのですっ!」
僕はお願いした。
「勿論、無償で養えとは言いません。その代わり掃除や洗濯、何でもしますっ! 僕を使用人として雇ってくださいっ!」
僕は土下座をして国王にお願いした。
「うーん……どうする? セバスよ。こうは言っているが」
国王はその場に同席していたセバスに聞いた。
「残念ながら、使用人の人手は足りております」
「ふーむ……そうか。残念だったな、勇者ハヤトよ。お主を雇ってやるのは難しそうだ」
「そ、そんな、だったら僕はどうしたらいいのですっ! どうやってこれから生きて行けばいいのですかっ!」
「知らん、知らん……そんな事、自分で考えろ。役立たずに構っている程、暇ではないんだ。ほら、セバス。その無能勇者を外につまみ出せ」
「はっ! わかりましたっ! 国王陛下!」
「は、放せ! ここで見捨てられたら僕はどうなるんだっ! 飢え死にするしかなくなるだろうがっ! 人一人見殺しにして、それでお前達の良心が痛まないのかっ!」
僕は使用人達に連行されていった。
「さようなら……勇者様。どうかご無事で……もう二度と会う事はないでしょう」
王女は涙を浮かべ、連れていかれる僕を見守っていた。
こうして僕は行く宛もないまま、王城を追い出されたのである。