【王女ミレイア視点】
「うっ、ううっ……」
自室の大きなベッドで、エスティーゼ王国の王女ミレイアは目を覚ます。朝の陽ざしが差し込んできて、とても良い気分で起きる事が出来た。とはいえ、今、この世界は魔王軍の侵攻によって、滅びの危機に陥っている。
とはいえ、危険度は地域によって異なっている。エスティーゼ王国は比較的平和であった。あくまでも比較的、平和というだけで、今現在は、というだけだ。
魔王軍の魔の手はすぐそこに迫っていると言っても過言ではない。魔王軍による危機がいつ、この王国を襲ったとしても不思議ではないのだ。
「ミレイア王女」
「セ、セバス」
王女のお付きの執事であるセバス。彼が王女の前に姿を現す。
「早くお着替えください。今日は城下町で所用があるのです。早く城を出ないと……」
「もう……そんな事わかってますわ……セバス。私だって王女としての自覚くらいあるんですのよ」
「そうですか……それは良かったです」
「………………」
ミレイアはセバスを睨む。
「何かありましたか? ミレイア王女様」
「もう、私、着替えるんですわよっ! 察してくださいませっ!」
「も、申し訳ありません……これは気が利きませんでしたな」
執事であるセバスは王女の部屋を出た。こうして、身支度を整えた王女ミレイアは王城を出たのであった。
◇
(ああ……一体、今どこで彼は何をしているのでしょうか)
馬車に乗っているミレイアは考え事をしていた。考えているのは、当然のように異世界から召喚された、勇者ハヤトの事である。
(彼は今、劇的な大冒険を繰り広げているに違いありませんわ)
勇者ハヤトは、勇者の剣を渡され、王国を旅立った。だから彼は、今はもうこの王国にはいないはずだ。
(きっと、激しい闘いをされているのですわ……物語の中でしか、知らないような熾烈な闘い……そして、彼は様々な頼もしい仲間と出会っているに違いない)
ミレイアは考えた。彼は冒険を通じ、様々な人達と知り合い、そして仲間を増やしていっている事だろう。
だが、ミレイアはそこで一つの不安を覚えた。様々な人々に出会うという事は、その冒険の中で、きっと見目麗しい女性と出会う事もあるに違いない。その結果、彼が自分から目移りをしてしまうのではないか……。彼女は一抹の不安を抱いたのだ。
大勢の女性を囲む勇者ハヤト。そしてハーレムを築いた彼は高笑いをしている。英雄色を好むと言う。だから、王女ミレイアは彼が自分以外に妻を娶るのは仕方のない事だと思っていた。
王族にとっては、一人の王が何人もの妻を娶るのは普通の事だからだ。だから、彼女は彼を独占したいとまでは思わない。
だが、自分が一番でありたいとは思っている。彼の正妻になりたいと。それくらいの願望は抱いていた。
果たして冒険が終わり、ハーレムを築いているであろう、彼が自分の事を正妻として扱ってくれるのか……彼女は思い悩んでいた。
そんなことはただの取り越し苦労であり、気の早い話ではあるが、乙女の恋の悩みというのは尽きないものなのだ。
どれだけ忘れよう、考えないようにしようと思っても頭の中に浮かんでくる。そういうものなのだ。
(不安ですわ……勇者ハヤト様……どうか、最後は私の事を正妻として選んでくださいませ)
そして彼女は世界を救った勇者の妻となり、子宝に恵まれるのだ。そして幸せな家庭を築く。それが彼女が思い描く、理想の未来だった。
――と、その時だった。馬車の窓から見える風景の中に、見慣れた人物がいたのだ。
(あ、あれは……なんでしょうか? ま、まさか……)
そこは王国のスラム街だった。治安が悪く、路上生活者も大勢いた。強盗や強姦などの犯罪行為もしょっちゅう発生している。残念ながら人間社会においてそういった問題事を撲滅する事は困難なのである。
路上生活者たちの多くは物乞いやゴミ拾いをして生活していた。その物乞い達の中に、ミレイアは見慣れた人物を見たのだ。
「と、止まってくださいませ」
「で、ですが……王女様。ここはスラム街です……治安が悪いこんなところで、馬車から降りるのは危険です」
「い、いいから止まって下さいませ!」
ミレイアは語気を強める。使用人は渋々、馬車を止めた。不安な気持ちを抱えながら、ミレイアは馬車を降りたのであった。
◇
【勇者ハヤト視点】
女神と別れた後、僕は盗賊に襲われた。盗賊に対して、僕に抗う手段はなかった。僕は身ぐるみを剥がされ、所持金も全額奪われたのである。不幸な出来事は続くものだった。
だが、不幸中の幸いだった。盗賊に襲われた僕だったが、身ぐるみを剥がされただけで、命までをも奪われる事はなかったのである。い、いや……いっそ殺してくれた方が楽だったかもしれない。もはや人生が終わってしまった方が圧倒的に楽だった。
そう考えてしまう程に、僕の気分は地の底まで落ちていたのだ。
女神の手違いでスキルを与えられなかった僕に出来る事などなかった。何せ、盗賊は勿論、モンスターの一体もまともに倒せないのだ。どうしようもなくなった僕はエスティーゼ王国に戻ったのだ。
とはいっても、異世界人である僕は現地人達にとってはただの余所者だ。余所者に対する迫害はこの世界でも根強いようだ。僕にまともな働き口なんてなかったのである。
仕方なく、僕は路上生活を送る事になった。バラ色の異世界ライフだと思っていたのに、現実は残酷だった。
「はぁ……元の世界に戻りたいよぉ……」
僕は一人泣いていた。だが、生きていく為には食べなければならない。僕は必死だった。僕の他にも路上生活者達がいた。
「ど、どうか、お、お願いですっ! 私に食べ物を恵んでください! も、勿論、お金でもいいんですっ!」
小汚い中年男が通行人にしがみついていった。彼も路上生活者(ホームレス)なのだ。
「うるせぇ! じじい、こっちは忙しいんだっ!」
「ぐほっ!」
中年男は通行人に蹴飛ばされた。ゴミ箱に当たり、ゴミが周囲に散乱された。
「う、うわ……あ、あれをやらなきゃなのか。で、でも、もう、僕が生きていくにはあれをするしか……」
僕は腹を括った。
「す、すみません! た、食べ物を……どうかお恵みくださいっ! お、お金! お金でもいいんですっ!」
僕は通りすがりの婦人に懇願する。
「うるさいわねっ! あたしは忙しいのよっ! 食事の買い出しにいかないとっ! あんたに構ってる暇なんてないのよっ! ふんっ!」
婦人は僕を無視して、どこかへ向かっていった。
「あっ……ああ……」
失望などしていられない。これはナンパと同じだ。数を打つしかないのだ。100人に物乞いをすれば1人くらい、恵んでくれるかもしれない。そういう世界なのだ。
「お、お願いですっ! パンを、どうかパンを恵んでくださいっ! 昨日から一食も食べていないんですっ!」
僕は道行く人々に物乞いをしていく。
「ど、どうかお願いですっ! パンと水っ! パンと水をっ! このままでは僕は死んでしまいますっ! どうか僕にお情けをっ!」
僕は涙ながらに物乞いをしていく。
――と、そんな時の事だった。僕の目の前に、スラム街には似つかわしくない、着飾った婦女子が姿を現したのだ。綺麗な白いドレスをした、品のある貴婦人。僕は彼女を見た事があった。そう、僕が召喚された国。エスティーゼ王国の王女ミレイアだったのだ。
「ま、まさか……あ、あなたは……そ、そんな、でも。嘘。どうして……けど、本当に。ゆ、勇者ハヤト様なのですか?」
王女ミレイアは心底驚いていた。僕を目の前にしても、未だに信じられないと言った様子だった。
こうして、路上生活者(ホームレス)として物乞いをしている最中、僕は王女ミレイアと思わぬ再会を果たしたのである。
「うっ、ううっ……」
自室の大きなベッドで、エスティーゼ王国の王女ミレイアは目を覚ます。朝の陽ざしが差し込んできて、とても良い気分で起きる事が出来た。とはいえ、今、この世界は魔王軍の侵攻によって、滅びの危機に陥っている。
とはいえ、危険度は地域によって異なっている。エスティーゼ王国は比較的平和であった。あくまでも比較的、平和というだけで、今現在は、というだけだ。
魔王軍の魔の手はすぐそこに迫っていると言っても過言ではない。魔王軍による危機がいつ、この王国を襲ったとしても不思議ではないのだ。
「ミレイア王女」
「セ、セバス」
王女のお付きの執事であるセバス。彼が王女の前に姿を現す。
「早くお着替えください。今日は城下町で所用があるのです。早く城を出ないと……」
「もう……そんな事わかってますわ……セバス。私だって王女としての自覚くらいあるんですのよ」
「そうですか……それは良かったです」
「………………」
ミレイアはセバスを睨む。
「何かありましたか? ミレイア王女様」
「もう、私、着替えるんですわよっ! 察してくださいませっ!」
「も、申し訳ありません……これは気が利きませんでしたな」
執事であるセバスは王女の部屋を出た。こうして、身支度を整えた王女ミレイアは王城を出たのであった。
◇
(ああ……一体、今どこで彼は何をしているのでしょうか)
馬車に乗っているミレイアは考え事をしていた。考えているのは、当然のように異世界から召喚された、勇者ハヤトの事である。
(彼は今、劇的な大冒険を繰り広げているに違いありませんわ)
勇者ハヤトは、勇者の剣を渡され、王国を旅立った。だから彼は、今はもうこの王国にはいないはずだ。
(きっと、激しい闘いをされているのですわ……物語の中でしか、知らないような熾烈な闘い……そして、彼は様々な頼もしい仲間と出会っているに違いない)
ミレイアは考えた。彼は冒険を通じ、様々な人達と知り合い、そして仲間を増やしていっている事だろう。
だが、ミレイアはそこで一つの不安を覚えた。様々な人々に出会うという事は、その冒険の中で、きっと見目麗しい女性と出会う事もあるに違いない。その結果、彼が自分から目移りをしてしまうのではないか……。彼女は一抹の不安を抱いたのだ。
大勢の女性を囲む勇者ハヤト。そしてハーレムを築いた彼は高笑いをしている。英雄色を好むと言う。だから、王女ミレイアは彼が自分以外に妻を娶るのは仕方のない事だと思っていた。
王族にとっては、一人の王が何人もの妻を娶るのは普通の事だからだ。だから、彼女は彼を独占したいとまでは思わない。
だが、自分が一番でありたいとは思っている。彼の正妻になりたいと。それくらいの願望は抱いていた。
果たして冒険が終わり、ハーレムを築いているであろう、彼が自分の事を正妻として扱ってくれるのか……彼女は思い悩んでいた。
そんなことはただの取り越し苦労であり、気の早い話ではあるが、乙女の恋の悩みというのは尽きないものなのだ。
どれだけ忘れよう、考えないようにしようと思っても頭の中に浮かんでくる。そういうものなのだ。
(不安ですわ……勇者ハヤト様……どうか、最後は私の事を正妻として選んでくださいませ)
そして彼女は世界を救った勇者の妻となり、子宝に恵まれるのだ。そして幸せな家庭を築く。それが彼女が思い描く、理想の未来だった。
――と、その時だった。馬車の窓から見える風景の中に、見慣れた人物がいたのだ。
(あ、あれは……なんでしょうか? ま、まさか……)
そこは王国のスラム街だった。治安が悪く、路上生活者も大勢いた。強盗や強姦などの犯罪行為もしょっちゅう発生している。残念ながら人間社会においてそういった問題事を撲滅する事は困難なのである。
路上生活者たちの多くは物乞いやゴミ拾いをして生活していた。その物乞い達の中に、ミレイアは見慣れた人物を見たのだ。
「と、止まってくださいませ」
「で、ですが……王女様。ここはスラム街です……治安が悪いこんなところで、馬車から降りるのは危険です」
「い、いいから止まって下さいませ!」
ミレイアは語気を強める。使用人は渋々、馬車を止めた。不安な気持ちを抱えながら、ミレイアは馬車を降りたのであった。
◇
【勇者ハヤト視点】
女神と別れた後、僕は盗賊に襲われた。盗賊に対して、僕に抗う手段はなかった。僕は身ぐるみを剥がされ、所持金も全額奪われたのである。不幸な出来事は続くものだった。
だが、不幸中の幸いだった。盗賊に襲われた僕だったが、身ぐるみを剥がされただけで、命までをも奪われる事はなかったのである。い、いや……いっそ殺してくれた方が楽だったかもしれない。もはや人生が終わってしまった方が圧倒的に楽だった。
そう考えてしまう程に、僕の気分は地の底まで落ちていたのだ。
女神の手違いでスキルを与えられなかった僕に出来る事などなかった。何せ、盗賊は勿論、モンスターの一体もまともに倒せないのだ。どうしようもなくなった僕はエスティーゼ王国に戻ったのだ。
とはいっても、異世界人である僕は現地人達にとってはただの余所者だ。余所者に対する迫害はこの世界でも根強いようだ。僕にまともな働き口なんてなかったのである。
仕方なく、僕は路上生活を送る事になった。バラ色の異世界ライフだと思っていたのに、現実は残酷だった。
「はぁ……元の世界に戻りたいよぉ……」
僕は一人泣いていた。だが、生きていく為には食べなければならない。僕は必死だった。僕の他にも路上生活者達がいた。
「ど、どうか、お、お願いですっ! 私に食べ物を恵んでください! も、勿論、お金でもいいんですっ!」
小汚い中年男が通行人にしがみついていった。彼も路上生活者(ホームレス)なのだ。
「うるせぇ! じじい、こっちは忙しいんだっ!」
「ぐほっ!」
中年男は通行人に蹴飛ばされた。ゴミ箱に当たり、ゴミが周囲に散乱された。
「う、うわ……あ、あれをやらなきゃなのか。で、でも、もう、僕が生きていくにはあれをするしか……」
僕は腹を括った。
「す、すみません! た、食べ物を……どうかお恵みくださいっ! お、お金! お金でもいいんですっ!」
僕は通りすがりの婦人に懇願する。
「うるさいわねっ! あたしは忙しいのよっ! 食事の買い出しにいかないとっ! あんたに構ってる暇なんてないのよっ! ふんっ!」
婦人は僕を無視して、どこかへ向かっていった。
「あっ……ああ……」
失望などしていられない。これはナンパと同じだ。数を打つしかないのだ。100人に物乞いをすれば1人くらい、恵んでくれるかもしれない。そういう世界なのだ。
「お、お願いですっ! パンを、どうかパンを恵んでくださいっ! 昨日から一食も食べていないんですっ!」
僕は道行く人々に物乞いをしていく。
「ど、どうかお願いですっ! パンと水っ! パンと水をっ! このままでは僕は死んでしまいますっ! どうか僕にお情けをっ!」
僕は涙ながらに物乞いをしていく。
――と、そんな時の事だった。僕の目の前に、スラム街には似つかわしくない、着飾った婦女子が姿を現したのだ。綺麗な白いドレスをした、品のある貴婦人。僕は彼女を見た事があった。そう、僕が召喚された国。エスティーゼ王国の王女ミレイアだったのだ。
「ま、まさか……あ、あなたは……そ、そんな、でも。嘘。どうして……けど、本当に。ゆ、勇者ハヤト様なのですか?」
王女ミレイアは心底驚いていた。僕を目の前にしても、未だに信じられないと言った様子だった。
こうして、路上生活者(ホームレス)として物乞いをしている最中、僕は王女ミレイアと思わぬ再会を果たしたのである。