「久しぶりね……勇者ハヤト……元気そう、とはお世辞でもとても言えそうもないわね」
僕の目の前に、あの日、勇者召喚で異世界へと呼び寄せた張本人。女神が僕の目の前に姿を現したのだ。
僕は鬱積としていた感情を堪え切れなくなり、女神にぶつけた。詐欺で騙された人間が、詐欺師本人を目の当たりにしたようなものなのだ。余程の聖人でもない限り、憤りをぶつけるのは不自然な事ではないだろう。僕だってそうだ。僕の忍耐力にだって、流石に限界くらいあるのだ。
「い、一体どういう事なんだよ! 女神っ! 話が違うんじゃないのかっ! 僕はこの世界を救う勇者として召喚されたんだぞっ! 沢山のチートスキルで、楽々異世界ライフだったんじゃないのかっ! イージーモードじゃないのかっ! 話が違うぞっ! なんだ、このクソゲーはくそっ!」
ガン。僕は近くにあった大木を思いっきり蹴りつける。
「い、いてぇっ! い、いてぇぇぇっ!」
僕は鳴き叫んだ。
「馬鹿ね……木なんて思いっきり蹴って。そんな事しても自分の足が痛むだけじゃない」
「うっ……ううっ……それを言われると身も蓋もないな……」
僕は痛い上に、悲しい気持ちになった。
「……はぁ……それで、なんで僕はこんなに無能なんだ? おかしいじゃないか。勇者の剣も装備できないし、戦闘でだってあの剣聖の足元にも及ばない。モンスター相手に逃げ惑うしかない。何でこんなに理不尽な目に合わなきゃなんだ」
「うーん……それはね……」
女神は頭を悩ませる。そして、可愛らしく下を出して、ウィンクをして見せた。さらには掌を顔の前に当てる。どうやら、謝ろうとしているようだった。一応。
「めんごっ! めんごっ! めんごっ!」
だが、その謝罪は余りにも軽いものだった。な、なんなんだよ、『めんごっ!』って、謝っているようで、僅かばかりの謝罪の意すら感じ取れないぞ。
「……な、なんなんだよ、その『めんごっ!』って、人がこんなに苦しんでのたうちまわってるのに……」
「じゃあ……そうね。『てへぺろ☆りん!』』
女神は舌を出して、視線を大きく反らした。
だから、なんだよ、その『てへぺろ☆りん!』。っていうのは……謝罪の意を僅かばかりにも感じ取れないぞ。
「……だから何なんだよ。その形だけの謝罪にすらなっていない謝罪は。一体、何があったのかちゃんと説明しろよ。安心していい。どんな説明を聞いても僕は怒るからさ」
「そこは怒るんだ。普通、『怒らない』って言わない?」
「怒らないって言っておいて後で怒るよりはマシだろう……正直に前もって怒るって宣告してるんだから」
「はぁ……仕方ないわね。間違えちったっ!」
女神は舌を出して視線を反らす。だからそのふざけた態度やめろっ! 僅かばかりの謝罪にすらなっていない。だが、今は女神の態度を問い詰めているわけにもいかなかった。
「ま、間違えただと、何を間違えたんだ?」
「だから、あんたにあげるはずだったスキルよ。ス・キ・ル。勇者として異世界から召喚されたあなたは、女神である私から沢山のチートスキルを授かる……予定だった」
「スキルを授けるのをどうやって間違うって言うんだよ!」
「だから怒らないでよ……話が進まないでしょ」
全く、重要な事を間違った上に舐め腐った態度を取って、必要以上に怒らせに来ているのはどこの誰だ……。言いたくなる気持ちを抑え、飲み込んだ。確かに女神の言うように、話が進まないからだ。
「あなたを異世界『ユグドラシル』に召喚しようとしたあの日……あの場所には本来召喚されるはずではない、イレギュラーな存在がいたの」
「イレギュラーな存在?」
誰だったか……そんな奴いたか。
「臼井影人(うすいかげと)。あの場所に、そういえばそんな人間がいた事を、微かな記憶が残っているわ……。一応、あなたのクラスメイトだったのよ……覚えてない?」
「そ、そういえば……そ、そんなような奴がいたような。僕の脳内に、僅かばかりの記憶の残滓が……」
僕は頭を悩ませる。そういえば、不要な記憶だと思い、脳内から消去(デリート)したような記憶があった。
「ともかく、そういう、影の薄い男があの空間にいたのよ。その時、私、つい間違っちゃって」
「はあっ!?」
僕は声を上げた。呆れて言葉も出ない。
「……あなたじゃなくて、そいつに全部のチートスキルをあげちゃったの。てへぺろ☆りん」
だから、その謝罪にもなってないふざけた態度やめろ。
「だったら何か、お前は僕に授けるはずのチートスキルを、間違って他の奴にあげちゃったって事か!?」
「まあ、簡単に言うとそういう事ね」
「ふ、ふざけるなっ! ふざけるなよこのクソ女神っ!」
「だから謝ってるんじゃない。てへぺろ☆りん! って」
「だからそんな事、謝っているうちにも入らねぇんだよっ!」
僕は語気を荒げる。無理もないはずだ。誰だってこうなる。僕が狭量なわけでは決してないはずだ。
「……うるさいわねー。ミスくらい誰でもあるでしょうがっ! 小さい男っ! ふんっ!」
女神は逆ギレしてきた。く、くそっ! このクソ女神めっ! なんで完全にそっちの非なのに、僕の器が小さいみたいに言われなきゃなんだ!
「それで……まあいい。お前がミスをしたのは百歩譲って許そう。これからの話をしようじゃないか」
そう、過去は変えられない。だから重要なのは未来の話。これからの話だ。
「そっちのミスで僕は苦労しているんだ。何か救済措置を告げにきたんだろ、女神。僕に授けられるはずだったチートスキルを、再び授ける為に……そういう事だろ? 僕の目の前に再び現れたのは……」
「え? 違うよ? 別に。ただ謝りにきただけで」
「今までの態度が謝罪の態度だっていうのかよっ! ふざけんなっ! せめて土下座くらいしろよっ!」
「いやよ……服が泥で汚れちゃうじゃない」
く、くそ、このクソ女神め。
「いいから僕に授けるはずだったチートスキルをよこせよっ!」
「無理なものは無理なのよ……女神として授けられるスキルは全部、その臼井影人に間違ってあげちゃったし」
「……そ、そんな……だ、だったら僕を現実世界に帰せ、こんな世界だったら、僕は現実に戻った方がずっとマシだっ! もうこんなところに居たくない! こんなクソゲー、もうまっぴらごめんだっ!」
「それも無理よ……勇者召喚で召喚された勇者が現実世界に帰る条件は目的を果たす事。その目的とは、魔王を倒して世界を救う事なんだから」
どうやって、今の僕が魔王を倒せばいいって言うんだ。こんなLVも1のままで、ろくなスキルも与えられていない僕が……。不可能にも程があるだろ。
「あっ、でもあなたにスキルを授ける方法が一つだけあったわ」
「な、なんなんだ、その方法って。教えてくれ」
「スキルを授けられた対象者が命を落とせばいいのよ……そうすれば授けたスキルは私のところに戻ってくる。そうなったら、再びあなたにスキルを授ける事も可能よ」
「あの……うすいとかいう、顔も覚えていないような男が死ねばいいのか。そうすればお前のところにスキルが戻って来て、今度こそ僕にスキルを授けてくれるんだな」
「ええ……そうよ。じゃあ、私これからお風呂入って、顔パックしてぐっすり眠るから……夜更かしはお肌の大敵なのよね。じゃあねー」
そう言い残した女神は次元の裂け目の中に再び戻っていき、僕の目の前から消えていった。
「お、おいっ、ちょっと待てよこらっ! 何が美容だ! ふざけんなっ!」
あの男——うすいかげとが死ねばいいのか。死ねばいい……どうやって。殺してしまえばいいのか……あの女神の口ぶりからして、今ものうのうと生きているって事だよな。僕が貰うはずだったチートスキルの恩恵にあやかって、異世界ライフを順当に満喫しているんだ。
ふざけるなよ。本来だったら僕の役回りだったのに……。今頃、あの剣聖エステルも僕の魅力の虜になり、ベッドで股を広げてただろうによ……くそ。
殺意がメラメラと湧き上がってきた。あのうすいかげととかいう、ただのモブキャラに対して。
だが、その殺意も一瞬で鎮火する。こんなスキルも何も与えられていない僕に何ができるって言うんだ。見つけ出して、殺しにかかったって失敗するに決まっている。
ダメだ。今の僕では何にもできない。僕は無力だ。
ドンッ! 僕は地面を殴りつけた。
「ち、ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
僕の叫びが夜の森に虚しく響き渡るのであった。
僕の目の前に、あの日、勇者召喚で異世界へと呼び寄せた張本人。女神が僕の目の前に姿を現したのだ。
僕は鬱積としていた感情を堪え切れなくなり、女神にぶつけた。詐欺で騙された人間が、詐欺師本人を目の当たりにしたようなものなのだ。余程の聖人でもない限り、憤りをぶつけるのは不自然な事ではないだろう。僕だってそうだ。僕の忍耐力にだって、流石に限界くらいあるのだ。
「い、一体どういう事なんだよ! 女神っ! 話が違うんじゃないのかっ! 僕はこの世界を救う勇者として召喚されたんだぞっ! 沢山のチートスキルで、楽々異世界ライフだったんじゃないのかっ! イージーモードじゃないのかっ! 話が違うぞっ! なんだ、このクソゲーはくそっ!」
ガン。僕は近くにあった大木を思いっきり蹴りつける。
「い、いてぇっ! い、いてぇぇぇっ!」
僕は鳴き叫んだ。
「馬鹿ね……木なんて思いっきり蹴って。そんな事しても自分の足が痛むだけじゃない」
「うっ……ううっ……それを言われると身も蓋もないな……」
僕は痛い上に、悲しい気持ちになった。
「……はぁ……それで、なんで僕はこんなに無能なんだ? おかしいじゃないか。勇者の剣も装備できないし、戦闘でだってあの剣聖の足元にも及ばない。モンスター相手に逃げ惑うしかない。何でこんなに理不尽な目に合わなきゃなんだ」
「うーん……それはね……」
女神は頭を悩ませる。そして、可愛らしく下を出して、ウィンクをして見せた。さらには掌を顔の前に当てる。どうやら、謝ろうとしているようだった。一応。
「めんごっ! めんごっ! めんごっ!」
だが、その謝罪は余りにも軽いものだった。な、なんなんだよ、『めんごっ!』って、謝っているようで、僅かばかりの謝罪の意すら感じ取れないぞ。
「……な、なんなんだよ、その『めんごっ!』って、人がこんなに苦しんでのたうちまわってるのに……」
「じゃあ……そうね。『てへぺろ☆りん!』』
女神は舌を出して、視線を大きく反らした。
だから、なんだよ、その『てへぺろ☆りん!』。っていうのは……謝罪の意を僅かばかりにも感じ取れないぞ。
「……だから何なんだよ。その形だけの謝罪にすらなっていない謝罪は。一体、何があったのかちゃんと説明しろよ。安心していい。どんな説明を聞いても僕は怒るからさ」
「そこは怒るんだ。普通、『怒らない』って言わない?」
「怒らないって言っておいて後で怒るよりはマシだろう……正直に前もって怒るって宣告してるんだから」
「はぁ……仕方ないわね。間違えちったっ!」
女神は舌を出して視線を反らす。だからそのふざけた態度やめろっ! 僅かばかりの謝罪にすらなっていない。だが、今は女神の態度を問い詰めているわけにもいかなかった。
「ま、間違えただと、何を間違えたんだ?」
「だから、あんたにあげるはずだったスキルよ。ス・キ・ル。勇者として異世界から召喚されたあなたは、女神である私から沢山のチートスキルを授かる……予定だった」
「スキルを授けるのをどうやって間違うって言うんだよ!」
「だから怒らないでよ……話が進まないでしょ」
全く、重要な事を間違った上に舐め腐った態度を取って、必要以上に怒らせに来ているのはどこの誰だ……。言いたくなる気持ちを抑え、飲み込んだ。確かに女神の言うように、話が進まないからだ。
「あなたを異世界『ユグドラシル』に召喚しようとしたあの日……あの場所には本来召喚されるはずではない、イレギュラーな存在がいたの」
「イレギュラーな存在?」
誰だったか……そんな奴いたか。
「臼井影人(うすいかげと)。あの場所に、そういえばそんな人間がいた事を、微かな記憶が残っているわ……。一応、あなたのクラスメイトだったのよ……覚えてない?」
「そ、そういえば……そ、そんなような奴がいたような。僕の脳内に、僅かばかりの記憶の残滓が……」
僕は頭を悩ませる。そういえば、不要な記憶だと思い、脳内から消去(デリート)したような記憶があった。
「ともかく、そういう、影の薄い男があの空間にいたのよ。その時、私、つい間違っちゃって」
「はあっ!?」
僕は声を上げた。呆れて言葉も出ない。
「……あなたじゃなくて、そいつに全部のチートスキルをあげちゃったの。てへぺろ☆りん」
だから、その謝罪にもなってないふざけた態度やめろ。
「だったら何か、お前は僕に授けるはずのチートスキルを、間違って他の奴にあげちゃったって事か!?」
「まあ、簡単に言うとそういう事ね」
「ふ、ふざけるなっ! ふざけるなよこのクソ女神っ!」
「だから謝ってるんじゃない。てへぺろ☆りん! って」
「だからそんな事、謝っているうちにも入らねぇんだよっ!」
僕は語気を荒げる。無理もないはずだ。誰だってこうなる。僕が狭量なわけでは決してないはずだ。
「……うるさいわねー。ミスくらい誰でもあるでしょうがっ! 小さい男っ! ふんっ!」
女神は逆ギレしてきた。く、くそっ! このクソ女神めっ! なんで完全にそっちの非なのに、僕の器が小さいみたいに言われなきゃなんだ!
「それで……まあいい。お前がミスをしたのは百歩譲って許そう。これからの話をしようじゃないか」
そう、過去は変えられない。だから重要なのは未来の話。これからの話だ。
「そっちのミスで僕は苦労しているんだ。何か救済措置を告げにきたんだろ、女神。僕に授けられるはずだったチートスキルを、再び授ける為に……そういう事だろ? 僕の目の前に再び現れたのは……」
「え? 違うよ? 別に。ただ謝りにきただけで」
「今までの態度が謝罪の態度だっていうのかよっ! ふざけんなっ! せめて土下座くらいしろよっ!」
「いやよ……服が泥で汚れちゃうじゃない」
く、くそ、このクソ女神め。
「いいから僕に授けるはずだったチートスキルをよこせよっ!」
「無理なものは無理なのよ……女神として授けられるスキルは全部、その臼井影人に間違ってあげちゃったし」
「……そ、そんな……だ、だったら僕を現実世界に帰せ、こんな世界だったら、僕は現実に戻った方がずっとマシだっ! もうこんなところに居たくない! こんなクソゲー、もうまっぴらごめんだっ!」
「それも無理よ……勇者召喚で召喚された勇者が現実世界に帰る条件は目的を果たす事。その目的とは、魔王を倒して世界を救う事なんだから」
どうやって、今の僕が魔王を倒せばいいって言うんだ。こんなLVも1のままで、ろくなスキルも与えられていない僕が……。不可能にも程があるだろ。
「あっ、でもあなたにスキルを授ける方法が一つだけあったわ」
「な、なんなんだ、その方法って。教えてくれ」
「スキルを授けられた対象者が命を落とせばいいのよ……そうすれば授けたスキルは私のところに戻ってくる。そうなったら、再びあなたにスキルを授ける事も可能よ」
「あの……うすいとかいう、顔も覚えていないような男が死ねばいいのか。そうすればお前のところにスキルが戻って来て、今度こそ僕にスキルを授けてくれるんだな」
「ええ……そうよ。じゃあ、私これからお風呂入って、顔パックしてぐっすり眠るから……夜更かしはお肌の大敵なのよね。じゃあねー」
そう言い残した女神は次元の裂け目の中に再び戻っていき、僕の目の前から消えていった。
「お、おいっ、ちょっと待てよこらっ! 何が美容だ! ふざけんなっ!」
あの男——うすいかげとが死ねばいいのか。死ねばいい……どうやって。殺してしまえばいいのか……あの女神の口ぶりからして、今ものうのうと生きているって事だよな。僕が貰うはずだったチートスキルの恩恵にあやかって、異世界ライフを順当に満喫しているんだ。
ふざけるなよ。本来だったら僕の役回りだったのに……。今頃、あの剣聖エステルも僕の魅力の虜になり、ベッドで股を広げてただろうによ……くそ。
殺意がメラメラと湧き上がってきた。あのうすいかげととかいう、ただのモブキャラに対して。
だが、その殺意も一瞬で鎮火する。こんなスキルも何も与えられていない僕に何ができるって言うんだ。見つけ出して、殺しにかかったって失敗するに決まっている。
ダメだ。今の僕では何にもできない。僕は無力だ。
ドンッ! 僕は地面を殴りつけた。
「ち、ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
僕の叫びが夜の森に虚しく響き渡るのであった。