勇者召喚に巻き込まれたモブキャラの俺。女神の手違いで勇者が貰うはずのチートスキルを全部貰っていた。気づいたらモブの俺が世界を救っちゃってました。

 装備も回復アイテムも揃えた俺はまた国を出て、荒れ果てた荒野へと向かったのだ。

 そこはモンスターのいる危険な地帯。だが、今の俺だったらきっとなんとかなるはずなのだ。

 「「「「クウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン」」」」

 荒野に辿り着くと、早速俺はモンスターの群れと遭遇(エンカウント)した。遠くの方から、無数の鳴き声が聞こえてくる。

 間違いない。俺は『解析(アナライズ)』のスキルでモンスターの解析をする。『解析(アナライズ)』を使えば、モンスターの大体のデータがわかるのだ。LVやHP、MPや弱点属性。どんなモンスターなのかが大体を把握する事ができるのだ。

 ……よし。『解析(アナライズ)』の結果が出た。俺の目の前にモンスターの情報が表示される。

モンスター名。ブラッド・ウルフ。
LV5。
HP20。
弱点属性炎。
モンスターの特徴。
ブラッド・ウルフは狼型のモンスター。素早い動きから繰り出される牙や爪の一撃が脅威である。

俺はこの『解析(アナライズ)』のスキルにより、ブラッド・ウルフの大体の情報を把握する事ができたのだ。

ブラッド・ウルフか……。強そうな狼型のモンスターだった。弱点属性は火という事だが、今俺は魔法も使えないし、属性系の武器や技も持っていない為、関係のない話だった。要するに爪や牙に注意しつつ、この最近購入したばかりの銅の剣で闘うより他になかった。

幸い、相手のHPはそう高くない為、攻撃さえ当たれば今の俺の攻撃力でも十分に倒す事が出来るであろう。

「クウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン」

ブラッド・ウルフは唸り声の後、突如俺に襲い掛かってくる。

「う、うわっ!」

 俺はその攻撃を紙一重で避けた。攻撃こそ当たらなかったものの、その風圧、威圧感は本物だった。その攻撃はこれが決してゲームの世界の出来事などではなく、現実のものであると思い知らされた。

 俺は一層気を引き締めて、ブラッド・ウルフの群れと応戦する。

 俺は応戦の最中、ブラッド・ウルフが飛び掛かってきた後、一瞬、隙が生まれている事を見出した。俺はその隙を狙う事にしたのだ。

「クウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン」

 一匹のブラッド・ウルフが唸り声の後、飛び掛かってきた。まるでゲームのようだった。実戦の中で相手のパターンを見出し、そして弱点を突いて攻略していく。ゲームもこの世界もその点において、大した差というものはないらしい。

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 俺はブラッド・ウルフの隙を狙って、渾身の一撃を放つ。

 キャウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!

 ブラッド・ウルフの断末魔が響いた。俺の渾身の攻撃はブラッド・ウルフを一撃で葬り去るという結果になった。ブラッド・ウルフは何もなかったかのように、消えたのだ。
 この世界でモンスターを倒すと、何事もなかったかのように消えるものらしい。ドロップ・アイテムがある場合はその限りではないと思うが……。多分、アイテムだけがその場に落ちるのだろう。
 
 残りのブラッド・ウルフも同じ要領だった。こいつ等には高い知能なんてない。ゲームの雑魚モンスターと同じだった。明らかに同じパターンの攻撃を繰り返してくる。俺は攻撃の際に生じた隙を狙い、反撃する。その繰り返しであった。

「はぁ……はぁ……はぁ……な、何とかなったか」

 ブラッド・ウルフの群れは粗方、片付いた。俺はほっと一息を吐いた。

 その時であった。どこからともなく、声が聞こえてくる。機械的な、まるでシステム音のような声だった。

『LVアップしました。規定LVを超えた為、『勇者の証』のスキルの効果により、技スキルを習得します』

 どうやら、先ほど、ブラッド・ウルフの群れを倒した事でLVが上がったようだ。だが、それだけではない。

 どうやら『勇者の証』という、スキルはある程度LVが上昇すると、技スキルというものを習得するものらしい。

「……どれどれ」

 俺はステータス画面を開き、自身のステータスを確認する。

============================

臼井影人 16歳 男 レベル:5(NEW)

職業:無職

HP:25(NEW)※以下、パラメーターは更新されています

MP:25

SP:25 ※ 後付けで技スキルを使用する際に使用する、MPと同じようなパラメーターを考えました。

攻撃力:25

防御力:25

素早さ:25

魔法力:25

魔法耐性:25

運:25

装備:銅の剣 ※ 攻撃力+5 銅の防具 ※防御力+5

資金:0G 

スキル:『HP成長適正大』『MP成長適正大』『防御力成長適正大』『素早さ成長適正大』『魔法力成長適正大』『魔法耐性成長適正大』『経験値取得効率向上』『レベルアップ上限突破』『資金獲得効率大』『炎耐性大』『水耐性大』『雷耐性大』『地耐性大』『光耐性大』『闇耐性大』『全武器装備可能』『全防具装備可能』
『アイテム保有上限突破』『魔獣、聖獣使い(※ありとあらゆるモンスターを使役する事ができる)』『勇者の証(※勇者が取得できる全技が習得可能になる)』『解析(アナライズ)』※モンスターのデータを解析し、読み取れるスキル。

技スキル:一刀両断【敵単体に大ダメージを与える剣技】※使用SP10 (NEW)

アイテム:
ポーション※回復力小のポーション。一回限りの使い切り。消耗品。×5

============================

「おっ……パラメーターが上がってる。それに一刀両断って、技スキルも習得したぞ」

 単体攻撃だけど、大ダメージを与えられるのなら、ボス戦の時なんかに便利そうだった。ロープレ的な観点で言えば……。

 どうやらLVが5上がるごとに、新しく技スキルを覚えていくようだった。技スキルはSPを消費する事で使用できる、言わば必殺技みたいなものだな。実際に字の通り必ず相手を倒せるというわけではないとは思うが……。

 こうして、レベルが上がり、新しく技スキルを修得した俺は次なる目的を果たすべく、動き続けるのであった。


 荒れ果てた荒野に、僕と剣聖の少女——エステルはいた。

「さあ、ひとまずは君の力を見せてくれ! 『剣聖』エステルよっ!」

 今の僕はなぜか、調子が悪い。勇者に秘められた特別な力(スキル)を発揮できないようだった。

 その為、とりあえずは『剣聖』であるエステルの腕前を拝見させて貰う事にした。

クオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!

 荒野に、モンスターの叫び声が響き渡る。

「な、なんだっ! こいつはっ!」

 僕達の目の前に、巨大な狼型のモンスターが姿を現した。

「ご存じないのですか? 勇者様。このモンスターはビッグ・ブラッドウルフと言う、大型種のモンスターなのです……」

「そうか……異世界には不慣れなものでな。無知なのも致し方ないだろう。ともかく、さあ! ともかく見せてくれ! 『剣聖』エステルよ! 君の力を存分にっ!」

「は、はい。わかりました」

 エステルは剣を構える。輝かしい光を放つ聖剣を。

「では、参ります!」

 エステルはビッグ・ブラッドウルフに斬りかかった。その動きは凄まじく速く、目にも止まらぬとはまさしくこの事であった。

 エステルとモンスターが交錯する。

 まるで何事もないかのようであった。静寂が世界を支配する。

 次の瞬間。

 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 あの巨大で強そうだったモンスター、ビッグ・ブラッドウルフが断末魔を上げて果てたのだ。

「す、すごい……あんな巨大なモンスターを一撃でなんて……」

「別に凄くなんてありません。この程度、当然の事です」
 
 エステルは涼しい顔で言ってのける。異世界人にとっては普通の事かもしれないが、僕にとっては物凄い光景にしか見えなかった。ただの謙遜で言っているだけの事かもしれないが……。

 エステルは強い。間違いなく、使える。僕はなぜだか、不調で女神から貰った特別な力(スキル)を使えない状態にあった。
 だが、僕にはこの生まれ持った優秀な頭脳があるのだ。この女を利用し、僕が力を取り戻すまでに役立って貰おう。
 僕が力を取り戻すまでの繋ぎとして、彼女を利用しようと思ったのだ。

「当然の事なものか。君の力は素晴らしい。『剣聖』の名に恥じない程にね……どうか、勇者である僕の為に、その力を存分に振るってくれたまえ。期待しているよ、エステル」

「は、はぁ……そうですか。お力になれそうで良かったです」

 こうして二人は冒険の旅を続けるのであった。

             ◇

「い、いけっ! いくんだっ! エステル! 君のその剛剣で敵をねじ伏せる、いや、斬り伏せるんだ!」

 僕達の目の前には、またもや巨大なモンスターが姿を現す。一つ目の怪人。何でも、サイクロップスと言う名のモンスターらしい。

「は、はい! 勇者様っ!」

 僕はまるで、ポ〇モントレーナーのように、彼女に指示をしているだけであった。

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 彼女の凄まじい剣がサイクロップスにクリーンヒットした。サイクロップスは度々あった。

 この時ばかりではない、幾多にも及ぶ戦闘を僕は彼女にまかせっきりであった。それで何とかなってきていたのである。

 そんな冒険の日々がしばらく続いていた。僕にとってはとても楽であったが、それでもやはり彼女は不満を抱いていたようだ。不安というよりは疑念か……決して闘いもしない僕に、彼女は違和感を覚えていたようだ。

「あの……勇者様」

「ど、どうしたんだ? エステルよ」

「なんだか……私ばかり闘っているような気がするのです」

「そ、そうか……負担をかけさせていたか。す、すまないな。エステル」

「い、いえ。疲れたとか……そういう事ではないのです。HP(体力)を失っても、ポーションを飲みさえすれば回復するのですから……」

 彼女は僕を見据えた。鋭い眼差しで。

「勇者様、正直に言ってください。私はまるで、勇者様が戦闘を避けているように見えるのです」

 ギクッ……。

 図星を突かれた僕は、思わず、表情を歪ませてしまう。僕の美しい顔が台無しだ……、これじゃあ。僕は極めて平静な様子を取り繕う。

「そんな事はないよ、エステル。僕は君の実力を見て見たくて……。言わば君を試していたんだよ。僕が闘いを避けているなんて、そんな事はないんだよ」

「今まで幾度となく、実力は見せているではないですか。これ以上試す必要がどこにあると言うのでしょう?」

「……そ、それは確かに」

「勇者様。何か闘えない理由でもあるのですか?」

「……そ、それはだな……、その……」

「闘えないわけではなく、単に私の実力を試したかったというのなら……」

 彼女は鞘から剣を抜き放った。

「私と手合わせをしてもらえませんか? 勇者様。今度は私が勇者様の実力を試させて欲しいのです」

「うっ……ううっ……」

 彼女は冷徹な目で僕を見据えてきた。これ以上の誤魔化しは受け付けない、そんな強い意志を汲み取る事が出来た。

 もはや、僕に立つ瀬は何もなかった。

 こうなったら破れかぶれであった。僕は僕に秘められた、勇者の特別な力(スキル)が覚醒するのを、天に祈る以外になかったのだ。もしかしたら、追いつめられるのが条件として、僕の秘められた力は覚醒するのかもしれない。

 こうして、勇者である僕と剣聖エステルとの闘いが始まったのである。
 俺はある酒場を訪れていた。酒場というのは色々な人が集まる。故に色々な情報を得られる場でもあった。ロープレでは常識みたいなもんだ。

 俺はカウンターに座った。

「いらっしゃい……何を飲むかね?」
 
 酒場のマスターが尋ねる。

「オレンジジュースで……」

 異世界とはいえ、俺は未成年だ。異世界が何歳で成人になるのかはわからないが……。酒を飲むには些か早すぎる。酒は頼まない事にした。

「はいよ……オレンジジュースだな」

 マスターはカウンターの上にオレンジジュースを置く。

 ずずず……。

 俺はストローでオレンジジュースをすすった。

「マスター……」

「なんだい?」

「情報を聞きたいんだ」

「情報? どんな情報だ?」

「モンスターの情報だ。効率よく、経験値と金(ゴールド)を稼げるモンスターを探している」

「モンスターか……腕に覚えがあるなら、この国を出て、北に深緑の森がある……そしてそこを抜けた先に、荒れ果てた墓地があるそうだ。そこに出るらしいんだよ」

「出るらしい?」

「アンデッド(不死者)だよ……アンデッド(不死者)。奴等は普通のモンスターとは違うんだ。普通のモンスターなら致命傷になりうる攻撃でも、あいつ等には致命的なダメージを与える事はできない。何せあいつ等の身体はとっくの昔に死んでいるんだからな」

「へー……アンデッドか……」

「腕の立つ冒険者が何人も挑んでは、その墓地の主に返り討ちに合ってきたらしい……くれぐれも無茶だけはするなよ……少年。死んだとしても俺に責任は取れないんだからな」

「ありがとう、マスター。貴重な情報を聞けたよ」

 北にある深緑の森を抜けた先、そこにある荒れ果てた墓地か。

 今すぐに向かうというわけではないが、今よりももっと強くなれたとしたら、行ってみる価値はあると思った。

「へへっ……なんだよ、坊主。北の墓地に行くつもりなのか?」

 ゴロツキと思しき、男達、三人に絡まれた。当然のように、彼等は酒を飲んでいた。相当に酒が回っているからか、顔を赤くしていて、目も据わっている。

「……だとしたら、何か問題があるんですか?」

「やめとけ、やめとけ……あんな恐ろしい所、お前みたいな青びょうたんが行ったら、命が何個あっても足りねぇよ」

「マスター……彼等は?」

「奴等は冒険者だ……ガラが悪いけどな。とはいっても冒険者なんて連中はそういう気質の人間が多い。冒険者らしい、冒険者とも言えるな」

 冒険者。

 聞いた事のある職業だ。冒険者ギルドからモンスター退治などの依頼を受け、それをこなし、生活をしている職業。元いた現実世界にはいないが、この異世界『ユグドラシル』では割と一般的な職業だった。

 腕に覚えのある奴が職業に就く上で、一番最初に思いつく職業が冒険者なのだと思って差支えはない。

「北の荒れ果てた墓地にはなぁ……恐ろしいアンデッドのモンスターがいるんだよ。それもうじゃうじゃとよ」

「とりわけ恐ろしいのは、アンデッドの大軍を率いているボスモンスターのリッチだ。こいつはアンデッドの上に、強力な攻撃を放ってくる、厄介なモンスターなんだからよ」

「詳しいですね……まるで、どこかで見た事があるみたいだ」

「当たり前よ。何せ、俺達はそのリッチの討伐依頼を受けて、失敗しているんだからな」

 胸を張って言われる。苦笑せざるを得ない。失敗した事を誇らしげに言ってのけるなどと……。

「命からがら、俺様達は逃げ出してきたんだ。そりゃもう、本当に死ぬかと思ったぜ」

「だから、やめとけよ少年。これは俺様達からの忠告だ。俺様達みたいな、凄腕の冒険者達でも敵わない、恐ろしいモンスターがいるんだからよ。まあ、確かにリッチから得られる経験値(EXP)は多いし、噂じゃ、墓地にはお宝が眠ってるって噂だが……命あっての物種だからよ」

 喧嘩を吹っかけてきているわけではない。彼等なりに、心配しているのだろう。だが、行くなと言われれば余計に行きたくなるのが人間のサガというものだった。

 北の墓地に対する興味が俄然として増してきたのだ。

「マスター、お代」

 俺はオレンジジュースのお代をカウンターに置いた。銀貨一枚だ。そして、酒場を後にする。

 そして北の方角を目指す事にしたのだ。目的は勿論、北の墓地である。忠告された事で、反って好奇心が湧いてきたのだ。なんとも人間らしい動機であった。

 そこで俺は思わぬ出会いを果たす事になる。

 後に俺の仲間となる、剣聖エステルとの出会いであった。

 僕は剣を構える。勇者の剣ではなく、装備屋で購入した、鉄製の普通の剣だ。

「なぜなのです?」

 エステルが疑問を投げかける。

「……何がだ?」

「伝説の勇者は王国エスティーゼから伝説の剣を授けられると聞いております……。それなのに、なぜ鉄の剣などを装備しているのですか」

「そんな事、僕に聞かれてもわからないよ……なぜだかわからないけど、装備できないんだ」

「装備できない?」

「それより、僕の力を見たいんだろ! でりゃあああああああああああああああああああ!」

 僕は、出鱈目にエステルに斬りかかる。運動神経は抜群に良い方だったけど、所詮は素人のものだ。技術が伴っていない、雑な攻撃は剣聖である彼女が捌くのは実に簡単なものであった。

「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 避けられた。勢い余っていた僕は無様にも転がり落ちる。

「ふざけているのですか」

 剣で受け止めるまでもなく、余裕をもって彼女には避けられてしまったのだ。

「ふ、ふざけてなんてない! 僕は真剣だ!」

「あなたは私を騙していたのですか……私は異世界より召喚される勇者に仕えるべく、懸命にその剣の技を磨いてきました……それなのに、そんな私を騙すなんて、あんまりではないですか」

 エステルは瞳に涙すら浮かべていた。

「……ちっ、違うんだっ! 僕は異世界より召喚された、本当の勇者だっ! 本物だっ! 僕はあの女神によって、この世界に召喚されたんだっ! 勇者としてっ! 嘘なんてついているもんかっ!」

 僕は必死に抗弁する。だが、もはや聞く耳を持たないようだった。

「……詭弁を並べるのもいい加減にしてください。あなたには失望しました」

「そ……そんな……僕は本当に勇者だっていうのに。た、たまたま、今は不調で本来の力を使えないだけなんだっ! 本調子になればきっと……」

「いつ本調子になるというのです?」

「そ、それはわからないけど……さ。い、いつか……」

「そんなものを待っている程、私の寿命は長くありません。こうしている間にも、魔王軍による危機は世界を脅かしていくのです」

「そ……それも確かにそうだ……この世界には時間は残されていないんだ。だから僕が伝説の勇者として異世界から召喚されたのに……そ、そんなのに、なんでこんな事に」

「もういいです。あなたには何の期待もしていません。エスティーゼ王国より授けられた、伝説の剣を私にください」

「え? で、でもこれは僕が貰った剣で」

「どうせ、装備もできないんでしょう」

「は、はい……なんかすみません」

 僕は渋々、『勇者の剣』をエステルに渡した。

「で、でも、これからどうするんだ?」

「この剣を持って本当の勇者様を探します」

「だ、だから、本当の勇者は僕なんだってばっ!」

「あなたの虚言に付き合っている程、私も暇ではありませんっ!」

 剣聖エステルが僕の元を去っていった。

「く、くそっ! なんでこんな事にっ! あのクソ女神めっ! 僕は伝説の勇者として異世界ユグドラシルに召喚されたんじゃないのかっ! チートスキルで楽々異世界ライフじゃないのかっ! 僕を騙しやがってっ!」

 僕は嘆いた。

 ドン!

 そして地面に殴り掛かる。そんな事をしても拳が痛いだけなのだが、八つ当たりをしなければならない程に、僕には鬱憤が溜まっていたのだ。

 ――その時。僕の目の前に声が聞こえてきた。聞き覚えがある声が。

「誰がクソ女神よっ! 誰がっ!」

 次元の裂け目が割れる。

「き、君は……あの時の」

 そう、僕を異世界に召喚したあの女神が、再び僕の目の前に姿を現したのだ。

 俺は北へと向かっていた。目的は当然、北にある荒れ果てた墓地である。そこにはアンデッドの強力なモンスターが出るらしい……という噂を酒場のマスターから聞きつけた。

 北にある、荒れ果てた墓地に行きつく為には、深緑の森を通らなければならない。

 飛行(フライ)の魔法かスキルがあれば安全に空を飛んで通過できるかもしれないが。生憎と、俺はそんなスキルは習得していないのであった。

 こうして、俺は深緑の森を歩き始めたのだ。

「不気味な森だ……」

 俺は一人、呟く。今にもモンスターが出て来そうな、不気味な森であった。明らかに、危険な場所だ。

 俺は慎重に森を進んでいく。

 ――と、その時の事であった。

 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 突如、野獣の叫び声が聞こえてきた。森が震撼する。声量の大きさから察するに、間違いなく巨大なモンスターのものだ。

「な、なんだ!?」

 俺は慌てて、声のする方向へと向かった。

 そこにいたのは大きな熊のようなモンスターだった。

「『解析(アナライズ)』」

 俺は早速、モンスターの特徴を『解析(アナライズ)』のスキルで分析する。まずは敵の情報を知る必要があったのだ。

=====================================
モンスター名。キングキラーベア。
LV20 HP200 弱点属性炎
※巨大な熊型のモンスター。HPと防御力に優れ、耐久力に富んでいるが、決して動きが鈍重という事はない。その巨体に見合わない素早さの持ち主。鋭い爪から放たれつ一撃は驚異的であり、熟練の冒険者でも決して侮れるものではない。
=====================================

 どうやら、このキングキラーベアというモンスターは、この森の主のようだった。

「……なんだ?」

 よくよく見ると、その場には一人の少女が居合わせていた。金髪をした、凛々しい印象の少女だった。

 普通、こういう場面では、女の子というのは悲鳴を上げるものなのではないか。そして、地面にヘタレ込み、ヒーローの登場を待つ。そういう役回りのはずだ。漫画とかの物語で言うと。

 だが、彼女は剣を構えていて、そのキングキラーベアという、恐ろしいモンスターと向き合っている。

 闘うつもりなのか……あんな恐ろしいモンスターと。だが、一人ではあまりに危険すぎる。

 グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 けたたましい叫び声の後、キングキラーベアが少女に襲い掛かる。

 ま、まずい、あんな攻撃食らったら一たまりもない。

 ドスン!

 衝撃音が響いた。だが、空振りだった。彼女はその攻撃を避けていたのだから。

「はああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 天高く舞った、彼女は輝かしい剣でキングキラーベアの脳天を叩き割った。

 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 ドスン!

 キングキラーベアは断末魔のような悲鳴を上げた後、地面に崩れ落ちた。

「ふうっ……呆気ないものですね」

 彼女はキングキラーベアが絶命したと思い込み、背を向けた。
 
 だが、キングキラーベアの生命力は並みのものではなかったのだ。キングキラーベアはよろよろと立ち上がる。彼女はまだ、キングキラーベアが生き延びているという事に気づいていなかった。

「あ、危ないっ!」

 俺は思わず、身を乗り出していた。今が最大の機会(チャンス)だ。この前に習得した、技スキルを披露する、絶好の機会(チャンス)。

 敵単体に大ダメージを与えられる技スキル『一刀両断』を使用する、機会(チャンス)だ。

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああ!
!」

 技スキル『一刀両断』を発動した。単純な技だった。高く飛び上がり、剣を振り下ろすという、単純明快な技。だが、その威力は抜群だった。全体重をかけた一撃はキングキラーベアの脳天に直撃する。

 先ほど、少女により攻撃を加えられた箇所に、再度の攻撃が行われたのだ。その効果は抜群であった。

 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 ドスーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!

 キングキラーベアは、断末魔を上げて、果てた。

『レベルが10になりましたので、新たな技スキルを修得しました』

 どこからともなく、システムコールのような音声が聞こえてくる。

「そうか、ボスモンスターを倒したから、一気にレベルが上がったのか。ステータスオープン」

 ボスモンスターを倒した俺は、早速ステータスを確認する。
============================

臼井影人 16歳 男 レベル:10(NEW)

職業:無職

HP:50(NEW)※以下、パラメーターは更新されています

MP:50

SP:50

攻撃力:50

防御力:50

素早さ:50

魔法力:50

魔法耐性:50

運:50

装備:銅の剣 ※ 攻撃力+5 銅の防具 ※防御力+5

資金:1000G (NEW)

スキル:『HP成長適正大』『MP成長適正大』『防御力成長適正大』『素早さ成長適正大』『魔法力成長適正大』『魔法耐性成長適正大』『経験値取得効率向上』『レベルアップ上限突破』『資金獲得効率大』『炎耐性大』『水耐性大』『雷耐性大』『地耐性大』『光耐性大』『闇耐性大』『全武器装備可能』『全防具装備可能』
『アイテム保有上限突破』『魔獣、聖獣使い(※ありとあらゆるモンスターを使役する事ができる)』『勇者の証(※勇者が取得できる全技が習得可能になる)』『解析(アナライズ)』※モンスターのデータを解析し、読み取れるスキル。

技スキル:一刀両断【敵単体に大ダメージを与える剣技】※使用SP10 
回し斬り【自身の周辺にいる複数体のモンスターにダメージを与える件技】※使用SP20(NEW)
アイテム:
ポーション※回復力小のポーション。一回限りの使い切り。消耗品。×5

============================

 こうして、キングキラーベアを倒した俺達。やっとの事で俺は目の前にいる、可憐な美少女と向き合う事ができるのであった。



「あ、ありがとうございます……助けて頂いて」

 彼女は振り返った。落ち着いてみるとますますの美少女だ。美男美女だらけの異世界『ユグドラシル』でも、これほどの美少女は見た事がなかった。

 俺みたいな陰キャそのものの人生を歩んで来た男には、こんな美少女と向き合うのは荷が重すぎた。なんだか照れくさくなり、まともに視線を合わせるのすら困難であった。

「い、いや……無事で何よりだよ。怪我がなくて良かった。もし怪我してたら、ポーションなら余ってるから、遠慮なく言ってよ……ははは」

「あ、あなたは……この世界ではあまり見ない顔立ち、もしかしたら、あなたは異世界から召喚された勇者様ではありませんか?」

「……勇者様? ……あっ、ああ。俺は勇者じゃないよ……ここではない世界。君達からすれば異世界から来た住人であるのは間違いないけどね」

 そう、俺は勇者ではない。本来、勇者召喚で呼び出されるはずではなかった、ただのモブキャラだ。勇者召喚に巻き込まれた、ただの一般人だ。勇者なんて大層な存在じゃない。

「いいえ、間違いないです。あなたは勇者様ですっ!」

「だから、違うって……俺は勇者じゃないんだ。本当に何でもないんだよ」

「とにかく、この剣を装備してください」

 そう言って、彼女は俺に剣を渡してきた。不思議な力を持つ剣。

「なんだ? この剣がどうしたんだ?」

 俺はその剣を普通に持った。

「やっぱり、あなたが勇者様ですっ!」

「え? な、なんで?」

「その剣は普通の剣ではないんです。特別な力を持った、勇者様ではないと装備できない、特別な剣なんです」

「へ、へー……そうなんだ」

 俺には手違いで貰った勇者のスキルがある。その内、『全武器装備可能』というスキルがあった。その為、どんな武器でも装備できたのだ。だが、それは単に、俺が剣を装備できるというだけで、俺が勇者だという証明にはならない。

 だが、そんな事など知らない彼女は、完全に俺が勇者だと信じて疑わなかった。彼女にとってはこの剣が装備できる事が、勇者としての何よりもの証明になりうるからだ。

「良かった……私、やっと本物の勇者様に会えた。前に会った偽物なんかじゃなく……」

「もしかして、君はハヤトに会ったのか?」

「は、はい……その通りですが。勇者様はあの偽物をご存じなんですか?」

 だから俺は勇者ではないし。ハヤトは間違いなく、勇者ではあるのだが……彼女がそんな事を理解できるはずがなかった。彼女にとっては俺こそが真ある勇者という事になっているのだから。

「あ、ああ……一緒にこの世界に召喚されてきたんだからな……それと俺は勇者じゃないんだ」

「……で、ですが……あなた様は勇者の剣を装備する事ができました。これが勇者である証明でなくて、なんだというのですか?」

「……まあいい。その点は置いておこう。俺の名前はカゲトという……君の名前は?」

「私の名はエステルと申します。【剣聖】と呼ばれております。異世界より召喚されし、伝説の勇者様に仕えるべく、剣の腕を磨いて参りました。さあ、伝説の勇者様、どうかあなた様の為にこの力を役立たせてくださいませっ!」

俺は骨の髄まで陰キャなんだ。こんな美少女と二人で冒険をするなんて、心臓がいくつあっても足りそうにない。確かに、先ほどの戦闘を見ていれば彼女はかなりの強者だ。戦闘の役に立つのは間違いない。パーティーに加わってくれれば頼もしい事は確かであった。

「だから、俺は勇者じゃないって……。でも、それでも君が付いてきたいっていうなら仕方ない。勝手にすればいいさ」

「は、はいっ! 勝手についていきますっ!」

 エステルは笑顔で言う。

「それと、その勇者様っていうのはやめてくれ。俺は勇者じゃないんだから……」

「でしたら、『カゲト』様と呼ばせて頂きますっ!」

 様付けは変わらないんだな……まあ、いいけど。

「カゲト様はどこに向かわれる予定だったのですか?」

「この先にある墓地にアンデッドが出るらしいんだ。そこにリッチってモンスターがいて、経験値(EXP)稼ぎに効率が良いかと思って……」

 こうして、エステルを仲間にした俺は深緑の森を抜け、いよいよ目的地である荒れ果てた墓地へとたどり着くのであった。

======================================
※エステルが仲間になりました。パーティーメンバーが2名になります
勇者の剣をエステルから貰い、装備変更がされました
※装備変更
銅の剣→勇者の剣※効果 レベル×10の攻撃力を持つ
======================================

「久しぶりね……勇者ハヤト……元気そう、とはお世辞でもとても言えそうもないわね」

 僕の目の前に、あの日、勇者召喚で異世界へと呼び寄せた張本人。女神が僕の目の前に姿を現したのだ。
 
 僕は鬱積としていた感情を堪え切れなくなり、女神にぶつけた。詐欺で騙された人間が、詐欺師本人を目の当たりにしたようなものなのだ。余程の聖人でもない限り、憤りをぶつけるのは不自然な事ではないだろう。僕だってそうだ。僕の忍耐力にだって、流石に限界くらいあるのだ。

「い、一体どういう事なんだよ! 女神っ! 話が違うんじゃないのかっ! 僕はこの世界を救う勇者として召喚されたんだぞっ! 沢山のチートスキルで、楽々異世界ライフだったんじゃないのかっ! イージーモードじゃないのかっ! 話が違うぞっ! なんだ、このクソゲーはくそっ!」

 ガン。僕は近くにあった大木を思いっきり蹴りつける。

「い、いてぇっ! い、いてぇぇぇっ!」

 僕は鳴き叫んだ。

「馬鹿ね……木なんて思いっきり蹴って。そんな事しても自分の足が痛むだけじゃない」

「うっ……ううっ……それを言われると身も蓋もないな……」

 僕は痛い上に、悲しい気持ちになった。

「……はぁ……それで、なんで僕はこんなに無能なんだ? おかしいじゃないか。勇者の剣も装備できないし、戦闘でだってあの剣聖の足元にも及ばない。モンスター相手に逃げ惑うしかない。何でこんなに理不尽な目に合わなきゃなんだ」

「うーん……それはね……」

 女神は頭を悩ませる。そして、可愛らしく下を出して、ウィンクをして見せた。さらには掌を顔の前に当てる。どうやら、謝ろうとしているようだった。一応。

「めんごっ! めんごっ! めんごっ!」

 だが、その謝罪は余りにも軽いものだった。な、なんなんだよ、『めんごっ!』って、謝っているようで、僅かばかりの謝罪の意すら感じ取れないぞ。

「……な、なんなんだよ、その『めんごっ!』って、人がこんなに苦しんでのたうちまわってるのに……」

「じゃあ……そうね。『てへぺろ☆りん!』』

 女神は舌を出して、視線を大きく反らした。

 だから、なんだよ、その『てへぺろ☆りん!』。っていうのは……謝罪の意を僅かばかりにも感じ取れないぞ。

「……だから何なんだよ。その形だけの謝罪にすらなっていない謝罪は。一体、何があったのかちゃんと説明しろよ。安心していい。どんな説明を聞いても僕は怒るからさ」

「そこは怒るんだ。普通、『怒らない』って言わない?」

「怒らないって言っておいて後で怒るよりはマシだろう……正直に前もって怒るって宣告してるんだから」

「はぁ……仕方ないわね。間違えちったっ!」

 女神は舌を出して視線を反らす。だからそのふざけた態度やめろっ! 僅かばかりの謝罪にすらなっていない。だが、今は女神の態度を問い詰めているわけにもいかなかった。

「ま、間違えただと、何を間違えたんだ?」

「だから、あんたにあげるはずだったスキルよ。ス・キ・ル。勇者として異世界から召喚されたあなたは、女神である私から沢山のチートスキルを授かる……予定だった」

「スキルを授けるのをどうやって間違うって言うんだよ!」

「だから怒らないでよ……話が進まないでしょ」

 全く、重要な事を間違った上に舐め腐った態度を取って、必要以上に怒らせに来ているのはどこの誰だ……。言いたくなる気持ちを抑え、飲み込んだ。確かに女神の言うように、話が進まないからだ。

「あなたを異世界『ユグドラシル』に召喚しようとしたあの日……あの場所には本来召喚されるはずではない、イレギュラーな存在がいたの」

「イレギュラーな存在?」

 誰だったか……そんな奴いたか。

「臼井影人(うすいかげと)。あの場所に、そういえばそんな人間がいた事を、微かな記憶が残っているわ……。一応、あなたのクラスメイトだったのよ……覚えてない?」

「そ、そういえば……そ、そんなような奴がいたような。僕の脳内に、僅かばかりの記憶の残滓が……」

 僕は頭を悩ませる。そういえば、不要な記憶だと思い、脳内から消去(デリート)したような記憶があった。

「ともかく、そういう、影の薄い男があの空間にいたのよ。その時、私、つい間違っちゃって」

「はあっ!?」

 僕は声を上げた。呆れて言葉も出ない。

「……あなたじゃなくて、そいつに全部のチートスキルをあげちゃったの。てへぺろ☆りん」

 だから、その謝罪にもなってないふざけた態度やめろ。

「だったら何か、お前は僕に授けるはずのチートスキルを、間違って他の奴にあげちゃったって事か!?」

「まあ、簡単に言うとそういう事ね」

「ふ、ふざけるなっ! ふざけるなよこのクソ女神っ!」

「だから謝ってるんじゃない。てへぺろ☆りん! って」

「だからそんな事、謝っているうちにも入らねぇんだよっ!」

 僕は語気を荒げる。無理もないはずだ。誰だってこうなる。僕が狭量なわけでは決してないはずだ。

「……うるさいわねー。ミスくらい誰でもあるでしょうがっ! 小さい男っ! ふんっ!」

 女神は逆ギレしてきた。く、くそっ! このクソ女神めっ! なんで完全にそっちの非なのに、僕の器が小さいみたいに言われなきゃなんだ!

「それで……まあいい。お前がミスをしたのは百歩譲って許そう。これからの話をしようじゃないか」

 そう、過去は変えられない。だから重要なのは未来の話。これからの話だ。

「そっちのミスで僕は苦労しているんだ。何か救済措置を告げにきたんだろ、女神。僕に授けられるはずだったチートスキルを、再び授ける為に……そういう事だろ? 僕の目の前に再び現れたのは……」

「え? 違うよ? 別に。ただ謝りにきただけで」

「今までの態度が謝罪の態度だっていうのかよっ! ふざけんなっ! せめて土下座くらいしろよっ!」

「いやよ……服が泥で汚れちゃうじゃない」

 く、くそ、このクソ女神め。

「いいから僕に授けるはずだったチートスキルをよこせよっ!」

「無理なものは無理なのよ……女神として授けられるスキルは全部、その臼井影人に間違ってあげちゃったし」

「……そ、そんな……だ、だったら僕を現実世界に帰せ、こんな世界だったら、僕は現実に戻った方がずっとマシだっ! もうこんなところに居たくない! こんなクソゲー、もうまっぴらごめんだっ!」

「それも無理よ……勇者召喚で召喚された勇者が現実世界に帰る条件は目的を果たす事。その目的とは、魔王を倒して世界を救う事なんだから」

 どうやって、今の僕が魔王を倒せばいいって言うんだ。こんなLVも1のままで、ろくなスキルも与えられていない僕が……。不可能にも程があるだろ。

「あっ、でもあなたにスキルを授ける方法が一つだけあったわ」

「な、なんなんだ、その方法って。教えてくれ」

「スキルを授けられた対象者が命を落とせばいいのよ……そうすれば授けたスキルは私のところに戻ってくる。そうなったら、再びあなたにスキルを授ける事も可能よ」

「あの……うすいとかいう、顔も覚えていないような男が死ねばいいのか。そうすればお前のところにスキルが戻って来て、今度こそ僕にスキルを授けてくれるんだな」

「ええ……そうよ。じゃあ、私これからお風呂入って、顔パックしてぐっすり眠るから……夜更かしはお肌の大敵なのよね。じゃあねー」

 そう言い残した女神は次元の裂け目の中に再び戻っていき、僕の目の前から消えていった。

「お、おいっ、ちょっと待てよこらっ! 何が美容だ! ふざけんなっ!」

 あの男——うすいかげとが死ねばいいのか。死ねばいい……どうやって。殺してしまえばいいのか……あの女神の口ぶりからして、今ものうのうと生きているって事だよな。僕が貰うはずだったチートスキルの恩恵にあやかって、異世界ライフを順当に満喫しているんだ。

 ふざけるなよ。本来だったら僕の役回りだったのに……。今頃、あの剣聖エステルも僕の魅力の虜になり、ベッドで股を広げてただろうによ……くそ。

 殺意がメラメラと湧き上がってきた。あのうすいかげととかいう、ただのモブキャラに対して。

 だが、その殺意も一瞬で鎮火する。こんなスキルも何も与えられていない僕に何ができるって言うんだ。見つけ出して、殺しにかかったって失敗するに決まっている。
 ダメだ。今の僕では何にもできない。僕は無力だ。

 ドンッ! 僕は地面を殴りつけた。

「ち、ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 僕の叫びが夜の森に虚しく響き渡るのであった。



 深緑の森を抜けた俺達はついに、リッチが生息していると言われる、北の荒れ果てた墓地に辿り着いた。

 流石に墓地だけあって、不気味なオーラが漂っている。厚い雲に覆われていて、僅かな光さえ差し込んでこない。

 しかし、墓地というのはラブコメ的に考えれば、おいしいシチュエーションとも言える。

 怖がるヒロイン。主人公に抱き着く。しかし、主人公は平然として男らしさを見せ、ヒロインの好感度が上がる。といった具合でだ。

しかし、俺がモブキャラだからか、当然のように、そんなおいしいシチュエーションにはならないのだ。

 剣聖エステルは凛々しいのだ。大の男でもビビってしまいそうなこの状況においてすら、彼女には僅かばかりの動揺も見受けられない。

だから、彼女が一般のか弱い女性のように、恐怖のあまりに俺にしがみついてくる、なんて事はあり得ない事であった。

「……どうしたのですか? カゲト様」

「い……いや、何でもない」

 この世界では女性はか弱い庇護するべき対象などではないのだ。LVやステータス、スキルが支配的なこの世界では、男女の差というのは無いにも等しい。
 だから、男は女を守るべきだ、とか、逆に女は男に守られるものだ、という現実世界にあるような固定概念自体が存在していないようであった。

 俺達は墓地をひたすらに歩く。

「「「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」

『『『カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ』』』
 
 どこからともなく、不気味な鳴き声が聞こえてきた。そして、骨が動き、接触するような音も。

「な、なんだ、この声と音は……」

 なんだ、と言ったものの、半ば予想が付いている。ここは墓地である。そして、アンデッドが出現するという情報も既に聞いているのだ。だから、現れる怪物(モンスター)など、一つしかない。

 地中から現れたのは無数のゾンビ。それからスケルトンだった。

 俺は解析(アナライズ)のスキルを発動させる。地道な情報収集こそが、確実な勝利の近道なのである。やはり闘いというのは敵の事を知らなければならない。
======================================
モンスター名。ゾンビ。HP20。弱点属性、炎・聖属性
※生きる屍と言われるモンスター。その動きは鈍重だが、耐久力はそれなりに高く、数がいるとそれなりに厄介である
======================================
======================================
モンスター名。スケルトン。HP10。弱点属性、炎・聖属性
※ゾンビとは対照的に、骨だけで出来ているアンデッド。肉体がない分、耐久力は低いが、それでもゾンビとは対照的に動きが早い。ゾンビと同じく、数が集まっていると厄介な相手である
======================================

「くそ……わらわらと出てきやがって」

 俺はエステルから貰った……元から言えばあの勇者ハヤトが持っていた剣だろう。勇者の剣を構える。

「「「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」

『『『カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ』』』

数多のゾンビとスケルトンが俺達に襲い掛かってくる。

『聖光覇斬剣!』

 剣聖であるエステルは技スキルを発動した。エステルのステータスを把握していない為、あまりよくわからないのだが、敵全体を攻撃できる、聖属性の斬撃のようだった。
「「「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」

 エステルの聖属性の斬撃により、多くのゾンビとスケルトンが灰燼と化したようだった。

 だが、それでもまだ数が残っていた。一個一個の戦力としてはあまり高くないが、それでも数が多いのが厄介だった。

 こういった敵にはキングキラーベアの時に使用した技スキル『一刀両断』では効率的に倒せそうにない。二番目に覚えた技スキル『回し斬り』を使う絶好の機会だった。

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 俺は二番目に習得した技スキル『回し斬り』を使用する。

 一回転し、周囲のゾンビとスケルトン達を一回の攻撃で斬りはらった。

「「「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」

 数多のゾンビとスケルトン達が朽ち果てる。

「ふう……何とかなったか」

 俺はほっと、胸を撫で下ろす。

「見てください、カゲト様」

「ん?」

 エステルが指を指す。視線の先には、大きな墓があった。恐らくはあそこに噂に聞いたリッチがいるのだろう。

「恐らく、あそこにリッチがいる。向かおう、エステル」

「は、はい! そうですね! 行きましょうか……なんだか不気味で怖いですが」

 流石にエステルとて、女の子——というよりは人間であったのならば多少の恐怖心は覚えたのだろう。俺だってそうだ。

 だが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。俺達はそこに向かう以外に、新しい何かを得られる事はできない。

 俺達は危険を承知で、大きな墓——墓地の中にある大墳墓へと向かったのである。

======================================

 ※先ほどの戦闘でLVが上がりました

臼井影人 16歳 男 レベル:12(NEW)

職業:無職

HP:60(NEW)※以下、パラメーターは更新されています

MP:60

SP:60

攻撃力:60

防御力:60

素早さ:60

魔法力:60

魔法耐性:60

運:60

資金:1000G →1500G (NEW)
======================================


 

 
 俺達は大墳墓の中に入った。そこはまるでピラミッドのような、巨大な建造物になっていたのである。

「ますます、不気味な雰囲気になってきましたね」

 エステルは表情を強張らせる。

「あ、ああ……その通りだな。そういえば、エステル。お願いがあるんだが……」

「な、なんでしょう、カゲト様」

「俺には相手のステータスを読み取れるスキル『解析(アナライズ)』があるんだ。仲間の事を、俺はもっと知らなきゃいけないと思うんだ。だからもし問題なかったら、『解析(アナライズ)』で君のステータスを見せてはくれないか?」

「え、ええ……勿論構いませんが」

「ありがとう、エステル」

 俺は早速、『解析(アナライズ)』のスキルでエステルのステータス及びスキルの類を分析する。
============================

エステル・リンドブルグ 16歳 女 レベル:30

職業:『剣聖』

HP:300

MP:250

SP:300

攻撃力:300

防御力:300

素早さ:300

魔法力:250

魔法耐性:250

運:300

装備:ミスリルの剣 ※攻撃力+50  ミスリルの鎧※防御力+50

スキル:『攻撃力上昇大』『守備力上昇大』『素早さ上昇大』『精神状態異常無効化中』(上位レベルの状態異常は無効化できないが、それ以下は凡そ無効化)『剣の頂きへと至れし者』※ありとあらゆる剣技を理論上は極める事ができる。全剣技習得可能スキル。『聖剣装備可能』※聖剣などの特殊装備を装備できる。ただし暗黒属性の剣は装備できない。『闘気』※HP30以下で自動発動。全ステータスが向上する。

技スキル:聖光覇斬剣【敵全体に聖属性の大ダメージ】※使用SP50以下の技同様 紅蓮覇王剣【敵全体に炎属性の大ダメージ】水玉覇王剣【敵全体に水属性の大ダメージ】風王覇斬剣【敵全体に風属性の大ダメージ】雷神覇斬剣【敵全体に雷属性の大ダメージ】

======================================

さ、流石は『剣聖』という称号を得ている事もあって、申し分のないレベルと装備。それからスキルを持っていた。近接戦闘や肉弾戦においては問題なく、闘う事ができそうだ。だが、タイプ的に前衛職業に分類される彼女は魔法戦闘を得意としない上に、魔法に対する適正が高くない。

 近接戦闘及び肉弾戦においては隙がない彼女でも、魔法や魔法戦闘に弱点があると言えた。

 だが、LVもステータスも高い彼女は十二分に戦力になりうると言えた。少なくとも現段階では俺の方が圧倒的にLVも低い為、下手をすると俺の方が彼女の足を引っ張りかねない。

「いかがでしたでしょうか? カゲト様」

「あ、ああ……流石、剣聖と言われるだけの事はあるな。頼もしい限りだよ」

「カゲト様のお力になれそうで良かったです」

 エステルはそう言って、微笑んだ。俺こそ、エステルの足を引っ張らないように、気を引き締めていかなければならないと心に誓った。

 俺達は大墳墓内の探索を進める。

 ――その時の事であった。

 高台に、不気味なオーラが集中していくのを感じた。暗黒のオーラの中から、一体のアンデッドが姿を現したのだ。
 黒いローブを羽織った、不気味なアンデッド。解析(アナライズ)など使わなくても、瞬時に察する事ができる。今まで闘ってきたゾンビやスケルトンとは比べ物にならないような、格の違うハイレベルなアンデッドであるという事は、見た瞬間に理解する事ができた。
 それほどまでにそのアンデッドは不吉な闇のオーラを放っていたのである。

 間違いない。あれがリッチだ。

「貴様達、何用だ……なぜ、我が根城に足を踏み入れた。墓荒らしか? 墓荒らしの代償は高くつくぞ。何せ、代価は貴様達の命なのだからな。クックック」
 
 リッチは笑みを浮かべる。

「お前がリッチか?」

「左様だ。私がリッチだ。この大墳墓の主である。貴様達はあれか、金の為に何でもやると言う、愚かな人間達の集まり——冒険者とかいう奴か? この前もその冒険者達が墓荒らしにやってきたが、命カラガラ逃げ出していったぞ。クックック」

 間違いない。あの時、酒場であった冒険者の連中だ。リッチと闘ったが、尻尾をまいて逃げ出してきたみたいな事をあいつ等は言っていたな。

「俺達は冒険者ではないが……同じようなものだ。俺達は単に自分達の私利私欲を満たす為に、お前を倒しに来たんだからな」

 俺は剣を構える。リッチを倒す事で得られる経験値。そして金(ゴールド)。もしかしたら得られるかもしれないレアアイテム。俺達が……少なくとも俺が欲している物はそういった類のものだ。冒険者と大差ない。私利私欲の為に命をかける。そういう愚かな連中と同じ程度の存在だった。

「愚かな人間達よ。その罪、命を持って償うがよい」

 リッチの力により、その場には幾体ものゾンビとスケルトンが出現する。

「「「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」

『『『カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ』』』

「行くぞ、エステル」

「は、はい! カゲト様!」

 こうして、俺達と大墳墓の主——リッチとの闘いが始まったのであった。