思い出すのは遠い昔のこと。２０年前、幼稚園の年中だった２人は母親同士の仲が良く、お互いの家を行き来していた。リビングでテレビを見ながら談笑する母親たちのもとに２つの賑やかな足跡が近づく。

「ママ、ママ！桂ちゃんが将棋教えてくれたの！だからセーラも将棋できるようになったんだよ！桂ちゃんすっごく強いんだよ！」
「あら、そうなの？桂太くん将棋がさせるの？」
「主人が教えたんです。そしたらすごくはまっちゃったみたいで。私じゃ相手にならないからって、主人が帰ってくるなり夜遅くまでずっと２人で指しててほんと困っちゃうわ」

　桂太に代わり、桂太の母が答える。

「えー、桂ちゃん、桂ちゃんママにも勝っちゃうの？大人より強いなんて天才だね！」
「え、そうかな。パパにはまだ勝てないけど」

　桂太は照れながらも嬉しそうに答えた。その時、放送していたバラエティ番組が別のコーナーに切り替わる。
「みんなー！こんにちはー！桜田カリンです！今日は少年野球チーム、四丁目サンダースのみんなの応援に来ましたー！」
２０年前一世を風靡したカリスマアイドル、桜田カリンが全国のスポーツ少年に会いに行く番組の１コーナー。聖來と桂太も桜田カリンが大好きだったので、カリンの登場に湧きたった。

「カリンちゃんだー！」

　当然テレビの中の野球少年たちは皆、生のアイドルの登場に２人以上に大喜びしている。

「これからもみんなのこと応援してるよ！それでは、最期に四丁目サンダースのみんなのために１曲歌おうと思いまーす！」

　再び少年たちの歓声が上がる。カリンは見事な歌とダンスを披露し、番組は次のコーナーへと移った。

「いいなあ。僕もカリンちゃんに会いたいなあ」

　桂太がポツリと呟く。

「桂ちゃんすっごく将棋頑張ってるから、きっとカリンちゃんも応援に来てくれるよ！」
「ええ、無理だよ。サッカーとか野球とかスポーツやってる子のところにしかカリンちゃんは来てくれないよ。将棋はスポーツじゃないもん」

　桂太は溜息をついた。幼稚園児にマインドスポーツという概念があるわけもないうえに、実際に桜田カリンが訪問していたのはいわゆる運動少年ばかりだった。

「じゃあさ、カリンちゃんの代わりにセーラがアイドルになって桂ちゃんを応援してあげるっていうのはどう？」

　聖來が天才的な名案を思い付いたとでもいうように自信満々に提案した。微笑ましい発言に母親たちはニコニコと笑っている。

　聖來は先ほど桜田カリンが歌った曲を振りつきで歌い出した。

「さすが聖來ちゃん、上手ね。この間もお遊戯会もセンターだったものね」
「この子、家でいつも歌って踊ってるんですよ」

　温かい目で見守る母親たち。先ほどまで落胆していた桂太の目に光が蘇る。

「すごいっ、セーラちゃんなら絶対アイドルになれるよ！」

　大人の目から見れば幼稚園児にしては上手ではあるものの拙い踊りでも、桂太の目にはセーラが本物のアイドルのように映っていた。

「ほんと？ねえ、桂ちゃんはセーラがアイドルになって桂ちゃんの将棋応援したら嬉しい！」
「うん、すっごく嬉しい！セーラちゃん、カリンちゃんよりもすごいアイドルになってよ！」

　これがすべての始まりだった。