聖來は立ち上がり、クッションをどけた。部屋の照明の明るさを一段階下げる。机の上の倒れていた写真立てを立て直した。スノードームとクリスマスツリー型のランプをコンセントにつなぐ。スノードームもクリスマスツリー型のランプも一定時間ごとに光の色が変わり、まるでステージのライトのようだ。足元の紙屑は、積もった雪のように光を反射して足元を照らす。

 玩具のマイクを手に取り、息と頭のティアラを整える。つい先刻までこの世の終わりのごとく泣き叫んでいたとは思えないほどのとびっきりの笑顔を桂太に向けるのは、アイドルの矜持。

「桂ちゃーん!今日はセーラのクリスマスライブに来てくれて、ありがとーう!」

 別人のような明るい声で、ライブを始める。アイドル見習いとしての卒業ライブであり、新たな一歩を踏み出すためのファーストライブ。アイドルになって、この人の夢を応援したかった。この人に、特等席で見てもらうためにアイドルになりたかった。すべての始まりの夢が叶った瞬間だった。

「桂ちゃんは、今まですごく頑張ってきたので、絶対夢は叶います。今なら言えます。夢は叶います。だって、今この瞬間、桂ちゃんは私の夢を叶えてくれたから。桂ちゃんが、素敵なクリスマスと新しい年を迎えられるように、この曲を贈ります。それではお聴きください!」

 ねじまき式のオルゴールが奏でる『We Wish You A Merry Christmas』を伴奏に、聖來は即興の振り付けをしながら心をこめて歌う。

「We wish you a merry Christmas We wish you a merry Christmas……」

 10年間祝うことはなかったクリスマスと誕生日。このステージを10年分楽しもうと、歌う。桂太は聖來の歌に聞き惚れ、視線は釘付けになっている。

「Glad tidings for Christmas And a happy New Year!」

 この歌が、桂太へのエールになることを願って。年明けに良い知らせが聞けることを願って。

「We wish you a merry Christmas……」

 歌も終わりに差し掛かる。ここで、聖來はアドリブを加えた。これから先、もう誕生日に泣かなくてもいいことを願って。棋士になった桂太が笑顔で26歳の誕生日を迎えられることを願って。

「We wish you a merry Christmas And a happy Birthday!」

 テーブルの上の写真の中では、マグネットの将棋盤を抱えた眼鏡の少年と玩具のマイクを持って踊る少女が笑っていた。