言わなきゃいけないことも、伝えたいことも、両手で余るほど沢山あった。
でも、瀬川を前にすると何も言い出せない。
どんな言葉も、瀬川の言葉には敵わないような気がしてしまうのだ。


口を開きかけて、逡巡して、繰り返すうちに時間だけが過ぎていく。
やがて遠くの街から瀬川を攫いにやって来たバスが、酸っぱい排気ガスを吐き出して私たちの前に止まった。
乗務員が降りてくるのと同時に、並んでいた人たちの列が動き出す。


「じゃあ」
「……うん」
「元気で」
「……うん」


瀬川はバスの乗り口に向かって歩き出す。
広い背中には、変わらないぺしゃんこのスクバがあった。


それが目に入った刹那、私は走馬灯のように駆け巡る記憶を、手放すことなどできないのだと悟った。


瀬川とふざけ合ったこと。
一緒に怒られたこと。
並んで歩いたこと。
背中合わせで居られたこと。
好きだと言われたこと。
胸が潰れそうに苦しかったこと。
まだ隣に居たいと願ったこと。
瀬川を想って走ったこと。


全部、(ここ)に残ってる。
忘れたくないと、私の全てが叫んでいる。


「瀬川!」