気がつけば、瀬川と言葉を交わすことがないまま、卒業式は明日に迫っていた。


行程の最終確認のためのHRの後、横の席の瀬川が立ち上がる気配がして、私は咄嗟に身を硬くする。

リュックにペンケースを詰めるふりをしながら、瀬川が通り過ぎるのを待つ間、走った緊張が悟られないよう詰めた呼吸に、心臓のどくどくという音が響いていた。
何に脅えているのか、瀬川のいる側だけ体が熱かった。


瀬川がこちらに一歩踏み出す。
私は目を伏せる。
すれ違ったその瞬間、背後の微かな声が耳を掠めた。


「間違えた。ごめん」


私ははっとして顔を上げる。
振り返ると、瀬川はもう教室を出ていくところだった。


その背のスクバが、あの日と同じように半分潰れていることに気づいて、私は堪らなく胸が騒ぎ立った。
せり上がる何かが、体の中心を貫く。