「みな」
「言わないで」


聞きたくないと瀬川の声を遮る。
私が瀬川を仲間だと思っている間、瀬川がどんな気持ちでいたかなんて、聞きたくない。
聞いてしまえば、瀬川と過ごした時間が、急速に色褪せてしまう気がした。


「……困る」


自分の中で留めておくことができなかった言葉が溢れ出た。


その震えた自分の声が耳に響いた瞬間、私は右足を一歩引き、そのままスカートを翻すようにして瀬川から逃げ出した。


廊下を走って、下校途中の人混みの中に紛れる。瀬川は追ってこなかった。
もしかしたら、好意に対して酷い言葉を返した私に失望したのかもしれない。


だったら、瀬川に好かれることも、嫌われることも、胸が締め付けられて死んでしまうのではないかというくらい、苦しかった。
どっちつかずで、頭がぐちゃぐちゃで、どうしようもなかった。
本当に自分勝手だったのは、一体どっちだったんだろう。


私は角を曲がって、ひっそりとした冷たい空気の中膝を折る。
ずるずるとしゃがみ込んだ背中に、リュックに残ったままの英単語帳が当たった。


「……分からない」


どうすれば、時間を巻き戻すことができるのだろうか。


揺れる虹彩を落ち着かせるように、私は目蓋を閉じる。
暗闇の中で色とりどりの付箋が、何故か記憶を克明に彩っていた。