「長男だから何だっつーんだ!!」

母屋まで聞こえんばかりの怒号が離れに響き渡った。

「そもそも瑤太(ようた)は一般人だから!能力者のゼミに入れた事自体に無理があり過ぎたから!肺呼吸しかできないのに『鰓呼吸しろ』とか言って今まで水の中に無理矢理突っ込んでいたようなものだから!まあ私も『もしかしたら遅咲きかもな』と思って見ていたが!」

腰に両手を当て胸を張り、玄関に仁王立ちする彼女は速射砲の如く言葉を放っていた。絶対にここは通さないぞという気迫に満ち満ちた姿勢である。

「つーか、いきなりうちに来たと思ったら、するのがゼミを抜けた事への咎め立てかい!一般人でも能力者達の中で半年以上も頑張っていた孫に労わりの言葉の一つも無しとか思いやりの欠片も無いな!まあ知っていたがな!」
「だ、だって、有名な教授(せんせい)のゼミなのよ?」

彼女と瑤太にとっての祖母。昼間もオフィスで電話越しにバトルを展開していた相手。瓊子(けいこ)は彼女の剣幕に気圧されていたが、やっと言葉を絞り出した。

「そこにいれば、瑤太ちゃんもお父様みたいになれたかもしれないじゃない!大器晩成って言うでしょ?」

瓊子が言っている『お父様』とは、言葉通り瓊子の父。つまり彼女と瑤太の曽祖父を指している。

「なのにあたしに黙ってゼミを抜けるなんて、『自分には霊術の素質がありません』って周りに言っているようなものよ!長男なのにみっともない!」
「みっともなくないわ!」

彼女はすかさず反論した。

「そういう風に言われるのがわかっていたから瑤太が黙っていたって事に気付けよ!ってか、ゼミを抜ける抜けないとか祖母さんの許可なんて要らないし!第一、瑤太が一般人なのは小さい頃から知っているでしょうが!無理矢理入れられたと言えど所属していたゼミを抜けるとか相当勇気が要ったはずだし、自分に見切りを付けた事の何処がみっともないのさ!そもそも『長男である事』の意味や価値が現代にどれだけあるってんだ!今は何時代だ!21世紀だぞ!100年以上前からタイムスリップでもしてきたのか!だったらさっさと元の時代に帰れや!」
「あんたは大学を出ていないから、その大事さがわからないのよ!」
「女学校中退した祖母さんに言われたくないわ!」

瓊子としては彼女の痛い所を突いたつもりでいるらしいが、彼女は怯まず言い返した。第一、高卒で働き出した事は彼女のコンプレックスでも何でもない。瓊子はぐっと言葉に詰まったが、ぼそぼそと口を開く。

「あ、あたしの場合は、勉強が面白くなかったからで…」
「うんにゃ。勉強についていけなかったからだって大お祖母様が言ってたが」
「………」

彼女が言う『大お祖母様』とは瓊子の母。つまり彼女と瑤太の曾祖母にして、長きに渡りこの司家の女主人であった翠子(みどりこ)だ。翠子に何かと目をかけられていた彼女は、非常に長命であった翠子に、一人娘である瓊子の昔の話も聞かされていたのである。

彼女は「まあ勉強についていけないなら面白くないわな」と半眼で瓊子を見据えた。対する瓊子は何かを堪えるようにぶるぶると震えていたが、きっと彼女を睨む。

「明日の朝ご飯は食べないからね!」

彼女は「はっ」と文字通り鼻で笑った。

「それが捨て台詞のつもり?上等だよ。こっちとしては、作る人数が減る分、手間が減るだけさ。まあ作るのは式神だがね」

痛くも痒くも無いといった孫娘の様子に、瓊子はまだ何か言いたそうにぐっと顎に力を込めたが、勢いよく踵を返して母屋へと戻っていった。瓊子が背を向けた瞬間にドアを閉め鍵とチェーンをかけた彼女は、初めて後ろを振り返る。

「お母さん。瑤太。大丈夫か」

必然的に傍観に徹するしかなかった両名。瑠子と瑤太は、知らず知らずのうちに手に汗を握っていたらしい。彼女の問いに頷きつつ、溜め息と共に緊張を解く。

瑠子と瑤太の耳には、響く鐘の音が聞こえるような気がしていた。すなわち、試合終了のゴングである。