「貴方はそれでいいの?」

帰宅した彼女は「家族会議」と称して、瑤太と共に母に全てを話した。とりわけ、母を家から出したいと言う点は強調した。そこで出てきたのが、娘を案じる母の言葉である。

「何だか、私の為に貴方を犠牲にするみたい」
「犠牲じゃないよ。お母さん」

彼女は当然のような口調で母に返した。

「犠牲だと思うなという方が、お母さんの性格的に無理だとは思うけどね。でも2人に平和に暮らして欲しいのも、何よりここから出したいのも本当なんだよ」
「でも、家族を捨てるって事になるんでしょ…?」
「あんな家族の何処が家族なんだよ。俺が覚えてるだけでも十分ひどいぜ?」
「『そんな親なら捨てちゃえば?』案件だよ。完全に」

躊躇する様子を見せる母に、瑤太と彼女は口を揃えて言った。

「母ちゃんもお姉ちゃんも給料せしめられてばっかだし、お姉ちゃんに至っては式神って形でこき使われてるじゃん。完全にいいように搾取されてるだけだって気付けよ。母ちゃん。こんな所にいたら、お金もメンタルもいつまでもゴリゴリ削られるだけだぜ?」
「何より、離れという物理的・距離的な隔たりはあっても、DV女と一つ屋根の下で暮らすなんてできないからね。今まで我慢せざるを得なかったけどさ」

彼女は額に片手をやった。

「ねえ…。その美斗君って子は、実際どうなの?」
「まあ悪くはなさそう。悪しからず思ってはいるってだけだけど。今の所はね」

娘の相手を案じる母に、彼女は答えた。瑤太は「ドライもいい所だな…。お姉ちゃん…」と呻く。

「あくまでも契約上の婚姻である事に了承はもらえたし、引っ越しの準備とか、新しい生活のバックアップとかの約束もしてくれたし。うん本当に、後ろ盾を得られるってのはでかい。まあ正式な取り決めは日を改めてって事になったけどね。刀隠からこっち…母屋の方に連絡してから来るって段取りだから、会ってみればわかるよ。やれやれ。祖母さんが大騒ぎしそうだ。弱きを挫いて強きに諂う権威主義者だからな」
「何も否定できないのが、我が親ながら情けない…」

娘の酷評に瑠子は項垂れた。

「掃除だ何だって、特にお姉ちゃんが忙しくなるだろうから、無理すんなよ?…祖母ちゃん、流石に風呂に入るよな。入るよな?」
「入るでしょ」
「見栄っ張りだから、流石に入ると思う」

これは余談だが、瓊子は極度の風呂嫌いである。瓊子の若い頃の時代は毎日入浴する習慣が無かったという事もあるが、その事実を踏まえても、夏場であろうと3日に1回しか入浴しない程だ。冬場であれば、スパンはもっと長くなる。代謝が落ちている年寄りと言えど流石に汚れは目立ってくるし、香やら香水やらで誤魔化すという頭も無いし聞く耳も持たないから、下手をするとただの小汚い老婆だ。
尤も、彼女達の予想通り、刀隠から連絡を受けた瓊子は大慌てで入浴した。かつてない清潔な姿で美斗を迎えたのであった。