「とまあ、身近に結婚大失敗例が3例もいますからね。それを見て育ってしまいましたから、結婚には夢も希望も憧れも持ってはいませんよ」

ひょいと肩を竦めた彼女は「もう一つ」と言った。

「あと私、重度のオタクです」
「オタク?」

美斗と桃李の声が揃った。

「オタクってその…アニメとか漫画とか…あと『歴女』とか?」

桃李の問いに彼女は「そんな感じです」と首肯した。

「重度と言うが…どれだけ重度なんだ?」

美斗の問いは瑤太が「あー…例えば…」と引き取った。

「姉は小学生の時、ある小説の主人公が大好きだったんです。なんかもう、恋してるって言ってもいいくらい」
「恋?小説の登場人物にか?」
「理解できないとは思いますが、そもそも生身の存在ですらないと理解していても、創作物のキャラクターに恋慕あるいは恋慕に近い情を抱く人は、一定数います」

怪訝そうな美斗と桃李に、彼女は淡々と答えた。

「その小説自体はもう完結してるんですけど…主人公、死んじゃうんです。小説のラストで」
「それはそれは」

そうとしか言いようが無いらしく、桃李は相槌を打った。

「で、その時の姉なんですけど、主人公が死んだのがショックすぎて、完全に食欲無くして何も食べないくらいに落ち込んじゃって…」
「何故死んだ…」
「いやいやいや落ち込むなお姉ちゃん!単なる例えで出しただけだから、当時を思い出さないでくれ!」

漫画だったらどんよりとした空気を纏っているであろう項垂れる姉に、瑤太は慌てて呼びかけた。きのこを生やして今にも大自然に還りそうな程の落ち込みぶりである。ああ当時もこんな感じの落ち込みぶりだったなあと、瑤太は思い出していた。
ゆるゆると顔を上げる彼女は、幾分かいつもの調子を取り戻した顔で美斗と桃李を見やる。

「瑤太が言ったのもありますけど。私の初恋、日本中の霊術士達の大先輩にして御大家。安倍晴明様ですからね?」
「そうだったの!?初耳だよお姉ちゃん!ってか安倍晴明って、肖像画とかだと髭のおっさんじゃん。そもそも、もう死んでるし」
「それは確かにそうだけど。私が幼稚園の頃に読んだ漫画では、凄くかっこよく描かれていたのさ。正確に言うと、件の漫画の安倍晴明様が、私の初恋だね」
「よ…幼稚園の頃から…」

呻く美斗と桃李に、彼女は「園帽かぶってスモック着てる頃からです」と頷いた。

「まあ尤も、漫画の安倍晴明様には奥さんがいましたので、私のハートはあえなくパリンした訳ですが」
「強く生きろ。お姉ちゃん」
「ありがとう」

姉弟の微笑ましいやり取りの後、彼女は美斗と桃李に視線を戻した。

「このように、私は筋金どころか鉄骨が入ったオタクです。二次元にしか興味を持たないのが、父親を要因とする男性不信と因果関係があるかまでは自分でもわかりませんけど、私に期待しても無駄ですよ」
「そんな…」

美斗の死刑宣告でも受けたかのような顔に、美斗は座っているのに今にも崩れ落ちるのではないかと、桃李は思わず席から腰を浮かせる。

「…と言いたい所ですが、『刀と鞘』が揃う事の重要性は、私も理解しています」

姉が『社会人モードスイッチオン』の表情に切り替わった事に、瑤太は気付いた。

「この世と幽世を完全に区切る事ができるのは、つまり母や弟のような一般人が安心して暮らせるという事に繋がりますからね。なので私から提案があります。決して無関係な話ではないから、瑤太も聞きなさい」