瑠子は、いわゆる姉妹格差の虐待サバイバーである。
瑠子の姉、即ち彼女と瑤太の伯母である璃子は、幼少期から美少女の誉れが高かった。勉強もスポーツもできた。霊術の優れた素質も、早々に開花させた。正に才色兼備のパーフェクト霊術士。母である瓊子にとって、自慢の娘だった。
対する5歳違いの妹である瑠子は、霊術の覚醒が無い一般人だった。しかも瓊子に言わせれば、非常に不細工な子供らしい。勉強やスポーツの出来も、璃子と比較したら普通。

「いや比較してどうすんだ。姉妹なんて別々の人間なのに。そもそも伯母さんが規格外過ぎるんだよ」
「規格外過ぎて参考にすらならねえよ」

これは、瑠子から姉との扱いの差を聞かされた彼女と瑤太の言葉である。

例として瑠子の学校の成績を出すと、5段階評価で言うならば、『4』の中に『5』がちらほらといった感じだった。しかし瓊子曰く「お姉ちゃんはオール5なのに、何であんたはこんな成績しか取れないの」らしい。

「いや十分いい成績だと思うけど?一体何基準?」
「そもそも祖母ちゃん、学校中退してんだろ?勉強についていけないとかで。お姉ちゃんから聞いた。そんな祖母ちゃんに成績がどうこう言われる筋合いは無いと思うぞ。俺は」

これも彼女と瑤太の言葉だ。ほとんどツッコミと言うに等しいが。
なお、テストで100点満点を取れなかったり、成績表の中に『3』があったりした日には、2時間3時間はひたすら説教が続き、くどくどと詰られたそうだ。

「え?説教してその後は?何の対策も無しかよ。ってか、説教する時間で苦手な所の対策なりさせた方が良くね?」
「瑤太が言う事もそうだけど、よく2時間も3時間も怒り続ける事ができるな…。元から思っていたけど、はっきりしたわ。祖母さんも根っからのDV気質だよ」
「えっ?それってDVなの?つまり私はDVを受けていたって事?」
「おいおい。今まで自覚無しかよ母ちゃん。だって下手すりゃ夕飯抜きとか、もっと悪けりゃ夜中の2時とか3時とかまで怒られていて、寝かせてもらえなかったとかあったんだろ?」
「んで、うっかり舟をこいだりしようものなら、更に怒られるのが続くと。よくまあそんな深夜まで怒り続けるとか、エネルギーが継続するもんだね」
「マジそれな」
「完全にDVにカテゴライズされる仕打ちだけど。そりゃ『ドメスティック』。つまり閉ざされた中で起こる事なんだから、受けている仕打ちが実はどんなものかなんて、当事者には判断しようも無いでしょー。ましてやお母さんは子供だったんだから。お母さんがされていた事は、子供に対しての事だから虐待だね」
「私は今まで虐待を受けていたのか…」

因みに、これはまだ序の口。事あるごとに「姉の出涸らし」「姉の残りカス」「うちの子に似ていない」等々と散々な事を言われ、食べる物から着る物から住む場所まで、徹底して差を付けられたらしい。

「完全に児相案件じゃねえか…」
「そもそも産んだのは祖母さんだっつーのに『うちの子に似ていない』とか訳がわからんよ。いやマジでわからん日本語だよ。どういう日本語?」
「お祖母ちゃんにとって、全ては『自慢できるかできないか』だからね…」
「子供も孫も、ステータスやトロフィーじゃねえっつーの…」
「そういや大お祖母様も、『何で娘があんな風になってしまったのか』って頭抱えてたな…」
「それについては、私も大お祖母様達に謝られた。とにかく、お祖母ちゃんにとって、私は自慢できない子供だったんだよ。大お祖母様達がいなかったら、私はどうなっていたかわからない」

そんな下の孫娘の扱いに待ったをかけたのが、大お祖母様達こと翠子と、当時存命であった慈朗だった。瓊子を厳しく叱咤し、姉妹を平等に育てるようにと説いた。自分達だけでも瑠子の味方であろうと振る舞い、居場所になってくれた。慈朗は今際の際まで瑠子を気にかけていたし、翠子は文字通り司家の中を見守り続けていた。
しかし、それでも瑠子は事ある毎に思っていたらしい。学校帰りも習い事の帰り道でも、「ああ家に帰らないといけないんだな…」と。

進学の為に家を出て(その進学も翠子が全面的に後押ししてくれたのは言うまでもない)、そのまま結婚した時は、これでやっと『自分の帰る家』を築けるのだと希望を抱けた。尤も、彼女と瑤太が生まれて程なくして離婚騒ぎとなり、完全にそれどころではなくなってしまったのだが。

先述の通り、幼子2人を抱えた下の孫娘の苦労を慮った翠子が、娘と上の孫娘による瑠子の扱いも鑑みて、瓊子と璃子と距離を置けるように離れを建ててくれたものの、妹娘を『恥』としか思っていない母と、妹に対する母の扱いを見て『妹はそのように扱って良いもの』と誤学習してしまった姉が『いる』という事実は、常に瑠子に纏わり付いている。