そろそろ、時間を彼女の高校時代に戻す。

先述の通り彼女が進学校に通っている事、また数は限られているものの、霊術士を育成する機関を持つ大学もある事から進路の方針を訊いてみたのだが、彼女はあくまで働くつもりでいるらしい。
社長は、かねてより胸の内で温めていた事を口にした。

「なら、このままうちで働かない?」
「はい?」

彼女は目を丸くした。静穏な彼女にしては珍しい表情だと思いつつ、社長は続ける。

「司さんは凄く真面目だし、プログラマーとしては勿論だけど、霊術の面でも活躍してくれているでしょ?うちにいてくれた方が、私達としても助かるのよ。勿論、正社員として相応の待遇を約束するから。お家の人達と相談するだろうし、すぐには答えをくれなくていいよ。考えておいてくれないかな?」
「はい」

彼女は動揺しつつも、ぎくしゃくと頷いた。

「とてもありがたいお話です。ありがとうございます。ただ…仰る通り、私の一存では決めかねる事ですので、一度持ち帰り、家族と検討しようと思います」

彼女は「アルバイトの身なれど仕事は仕事だから」と、瑠子にビジネスマナーは一通り叩き込まれていた。なので、この時代から既にこのような物言いをするようになっていた。

「焦らなくていいからね」

彼女を安心させるように、社長は優しく言った。

さて、帰宅した彼女が社長の言葉を瑠子と瑤太に伝えた所、いい話だと喜ばれた。また帰り際に「あ。これ、うちの条件面ね」と社長に渡された正社員としての待遇一覧を見せたら、良いのではないかとも言われた。
元より、彼女のアルバイト時代から「働きやすい、いい所に就けたね」と瑠子も瑤太も好印象を抱いていた企業である。進路を考える時期という事もあり、正に渡りに船だと2人は言った。
しかし、それでも瑠子は訊いた。

「いい条件だとは思うけど、貴方は就職でいいの?大学に行きたいとか、無いの?」
「無いね」

彼女は即答した。

「一応言っとくけど、無理とか遠慮とかしてる訳じゃないから。単に働く方が楽しいと思ってるだけさ。働いてお金貯めて、早い所この家を出たいってのも大きいしね。あ。勿論だけど、お母さんや瑤太も一緒だよ」
「お姉ちゃん…」

彼女は溜め息をつき、室内を見回した。

「大お祖母様が作って下さった、この離れには愛着があるけど。物理的・空間的に隔たれているとは言えど、あの祖母さんや伯母さんがいる所と地続きだからね」

小さかった双子を抱えた瑠子を案じた翠子が、母子が安らげる場所になればと思い作らせたのが、この離れである。何だかんだで15年以上は住んでいる事になる訳だが、彼女はここを真の『我が家』だとは思った事は、ただの一度も無い。

「いつまでもここにいたら、私や瑤太以前に、お母さんの気が休まらないでしょー」