さて、式神達に嫌悪を示す祖母に対し、彼女はあっけらかんと言った。

「じゃあ食べなくていいよ」
「食べなくていいって…あんた、こんな年寄りを飢え死にさせるつもり!?」

わなわなと口を震わせる瓊子だが、彼女はマイペースに軽く息をつく。

「飢え死にとか大袈裟だな。お祖母ちゃんだけ別の物を食べればいいってだけだよ。自分で作るなり、コンビニとかで好きな物買ってくるなり、色々やりようはあるでしょ?」
「買わないわよ!コンビニの食べ物なんて!下賤の食べ物じゃない!」
「いや下賤とかって何目線だよ。コンビニで働く全ての人に失礼だよ」

瓊子は生まれてこの方お嬢さん育ちである事と、時代が時代であったという事も手伝って、コンビニに足を踏み入れた事が一度も無い。どうも『コンビニ=ジャンクフード=下々の食べ物=コンビニは庶民の店』とインプットされているらしい。一般人達を『下々』と認識しているのも大概だが。

この場を借りてコンビニの全関係者と全利用者に謝罪する。本当にごめんなさい。瓊子の考え方が特殊かつ偏重なだけなのだ。

瓊子は『シルキー・シリーズ』をきっと睨み付けた。手近な1体に無造作に手を伸ばす。

「とにかく、こんな物に甘えて怠けようなんて、あたしは許さないからね!」
「因みに『シルキー・シリーズ』に限った話じゃないけど、潰したり破ろうとしたりしたら、手がずったずたになるトラップも仕込んであるから」
「きゃああああ!!?」
「お祖母ちゃん!?」

瑤太が言う彼女の『えげつなさ』は、既に小学生時代から始まっていた。手近な1体を握り潰した片手が切り傷だらけの血まみれになり、激痛と流血に瓊子は悲鳴を上げる。
腰を浮かせかける瑠子とは対照的に、彼女は「あーあ」と半眼で溜め息をつくと、「救援要請。救援要請」と何処へともなく呼びかけた。すると、別の折り紙人形が複数体、救急箱を運んで飛んでくる。

「お母さん。何もしなくて大丈夫だよ。この子達…『パナケア・シリーズ』って呼んでるんだけど。とりあえず応急処置くらいならできるから。不安だったらこの子達に付き添ってもらってお医者さんに行ったら?あ。お母さん。別に車は出さなくていいよー」
「でも…」

司家の大人達の中で、運転免許を持つのは璃子と瑠子のみである。実の母親の傷を案じる瑠子だが、彼女は「痛い。痛い」と泣きながら手当を受ける祖母を眺めつつ、何の事も無さそうに続けた。

「お祖母ちゃんと一緒とか、ひたすら私や式神達の悪口なりお母さんへの文句なりを言われ続けるだけでしょー。お母さんの精神衛生上良くないよ。それで事故ったら洒落にならないし。そもそも、お祖母ちゃんは小さい子じゃないんだから、お医者さんくらい1人で行けるっしょ」
「あんたはどうしてそうも冷たいの!」
「嫌だな。本当に冷たかったら、そもそも手当てなんかしないってば」

一旦握り潰されかけながらも形を取り戻した1体を始め、式神達は一斉に頷いた。

かくして、上記のような経緯はありつつも、家事全般と屋敷の維持は彼女の式神達が担う事になった。
なお一連の騒ぎの後、瓊子は姉娘である璃子に、孫娘がどれだけ怠慢か、どれだけ非道な事をしたかを切々と訴えたが、

「いや…。トラップはやり過ぎだとは思うけど、家事を式神にさせるなんて、大体の霊術士の家では普通だよ?むしろそうしてくれた方が、私としても助かるし…」
「そうよねー!」

一転して唐突に同意を見せる祖母の態度に、彼女と瑤太は一様に、コントの如くずっこけた。

「いやどういう掌返しだよ」
「プロペラだって、そうもクルクル回転しないぞ」
「お祖母ちゃん、昔からお姉ちゃんの言う事…って言うより、立場が上だと見なした相手の言う事だけは聞くから…」
「お仕事とかだったらともかく、家族の中で立場が上とか下とかカースト付けてる辺り、土台おかしな話だけどね」

『沈痛』としか表現できない表情で、全てを諦めたように溜め息と共に告げる母に、彼女は呻いた。

こうして彼女の霊術により、司家の面々は仕事に勉学にと、それぞれ集中できるようになったのである。また彼女は『シルキー・シリーズ』のいわばアップデートも続け、例えば庭の手入れもする機能も式神に搭載した事で、翠子存命時とまではいかずとも、司家の広大な屋敷は『由緒正しき霊術士の屋敷』という体を保つ事ができていた。