「やだね」

このように、彼女はきっぱりと拒絶の意を示した。当時は小学生であったので、もう少し舌足らずだったが。
孫娘の態度に、瓊子は憤然とした。

「あんたなら暇でしょ?瑠子もいつも疲れた疲れたって言ってるけど、仕事と家事を両立させている人は沢山いるのよ?」
「暇なのはお祖母ちゃんだって同じでしょー。ってか、働いた経験すらないお祖母ちゃんに仕事と家事の両立がどーたらとか言われても説得力ないけど」

因みに、この頃の彼女は瓊子を「お祖母ちゃん」と呼んでいた。

「お祖母ちゃんの時代は、お金持ちの奥様は働かないのがステータスみたいなものだったから…」

フォローするような瑠子の言葉に、彼女は「ふーん」と心底どうでも良さそうに相槌を打つ。

「そもそも、どうして私とお母さんだけに言うのさ。こういうのって伯母さんとか瑤太とか、皆でやっていくものじゃないの?」
「何言ってるの!瑤太ちゃんは長男なのよ!?そんな小間使いみたいな事なんてとんでもない!」
「いや長男とか訳がわからないよ。その小間使いみたいな事を私やお母さんにはさせてもいいとかってどういう差別?ひどくない?あと伯母さんは?」

彼女は元より口が達者な上に、そろそろ反抗期に差し掛かり始める年齢だった。なのでああ言えばこう言うし、そう言えばハウユーである。
瓊子は「何て事言うの!」と彼女を再び叱咤した。

「流産したあの子に働けなんて!」
「聞いた事はあるけど何年前の話だっけ?」
「貴方達が産まれる前」

彼女の疑問は瑠子が引き取った。彼女は難しい顔で腕組みをして首を傾げる。

「…小学生の私でもデリケートな問題なのはわかってるけどさ。10年以上経ってもそっとしておかないといけない状態ってあるの?」
「本人すこぶる元気だね」
「あのね。璃子は仕事が大変なのよ?」
「いや働いてるのはお母さんも同じだけど。てか言ってる事めちゃくちゃだって、お祖母ちゃん気付いている?」
「あんた達が家事をしなかったら、ご飯や掃除はどうするの!」

片手を畳に勢いよく下ろし、瓊子は怒鳴った。その音と声に彼女は顔を顰め、深々と溜め息をついて母を見やる。

「お母さん。言う事聞く必要ないからね」
「でも」

彼女は祖母と母を見据えた。

「『シンデレラ』でもあるまいし、無給の召使いってか奴隷としていいように使われるつもりはありません」
「『奴隷』は言い過ぎじゃない?」
「召使いならお給料をもらえます。奴隷はただ働きです」

母の言葉を彼女は斬り捨てた。

「何より、私はやらないって言ったけど、だからと言ってお母さんに全部やらせるつもりもありません。こんな事もあろうかと、作っておいたんだよ」

ひらり、と彼女達の間に何かが浮かび上がった。折り紙で作った人形である。何処からともなく1体、また1体と出てきて、畳の上をぴょこぴょこと動く。目を丸くする瓊子と瑠子に、彼女は淡々と続ける。

「霊術で自律可動式にした人形だよ。これも式神っちゃあ式神なのかな。これからお料理とかお掃除とか、生活全般の作業はこれに任せればいいから。とりあえず『シルキー・シリーズ』って呼ぶ事にした」
「シルキー?」
「『絹の乙女』って意味だよ。イングランドに伝わる、家事をしてくれる妖精さんの名前。お料理担当とかお掃除担当とかお洗濯担当とか、とにかくまあ家事の分だけ担当分けてるから」

母の疑問符にすらすらと答える娘を、瑠子はまじまじと見た。

「貴方、いつの間にそんなのを作ってたの?」

彼女は「うんー」と頷く。

「お母さんが家事を教えてくれたっしょ?それ全部インプットしてあるの。最初は…ほら。お手伝いさんがどんどん少なくなってくから、皆の手助け程度になればいいなーと思って作ってたんだ」

事実、「見た目によらず力持ちなんですねえ」とか「やっぱりお嬢様は大奥様と大旦那様の曾孫様です」だとか感心されていた。言うまでもない事かもしれないが、『大奥様と大旦那様』とは、今は亡き曾祖母の翠子と、曾祖父の慈朗の事である。

「で、皆がいなくなっちゃったから、メインで本格起動させようと思った訳。私が『物に力を込める』とか『力がある物を作る』とかだったらできるのは知ってるでしょ?」

今や司家では唯一の霊術士である彼女。瓊子は「まともな術一つ使えない」と孫娘を恥に思っているが、その孫娘は言うなれば、マジックアイテムを作る事に特化しているのだ。彼女ができるパターンは2つである。キーホルダーやアクセサリー等、既存の器物に霊術を仕込むか、『シルキー・シリーズ』のように霊術を仕込んだ物を自分で作成するか。

「あ。元は紙だけど、濡れて破れないようにするとか燃えて火事にならないようにするとか、その辺の対策もバッチリだよ」
「抜かり無いわね」

瑠子は感心するが、彼女は「うーん」と眉を顰めた。

「まあ、流石に買い物とかは人間(ヒューマン)の目と頭で計算とか判断とかが必要だから、自分で行かないといけないけど。ごめんね。お母さん。この家で買い物に行くって言ったら、どうしてもメインがお母さんでサブが私だからさ」
「それは構わないよ。人の目は何処かで必ず必要になるし」

彼女は「そっか」と安堵したような表情を見せた。

「勿論だけど、お母さんが行くって時は私もお供するから。荷物持ちくらいにはなると思うし。あ。必要だったら、お使いだってきちんと行くよ?」
「わかってるって」

笑う瑠子に彼女は「そうそう」と両手をぽんと合わせた。

「あとね、お料理の後片付けやお皿洗いだけじゃなくて、洗濯物を干したり取り込んだり畳んだり、アイロンかけだってできるようにしているよ。ああいう家事って地味に手間がかかるからね。だから、お母さんは仕事が終わって帰ってきたら、ご飯食べて休めばいいだけ」
「えー!それ凄く助かるー!確かに洗濯物って洗濯機をピッてやるだけだけど、干して取り込んで畳んでって、洗ってからの手間が意外と大変だし!」
「いやちょっと待ちなさい」

口を挟む瓊子に、瓊子の存在を初めて思い出したかのように母娘は振り返った。つられるように『シルキー・シリーズ』も振り返る。尤も、折り紙人形達に顔は描かれていないので、それぞれ体ごと瓊子の方を向いた形になるが。

「そんな式神擬きが作ったご飯なんて、あたしは食べないからね!人の手が入ってないなんて気持ち悪い!」

彼女は呆れた表情になった。

「その『人の手』を全員馘にしたのはお祖母ちゃんじゃん。そもそも、霊術士の家だったら全部が全部を式神に任せていいものを、あえて人を雇っていたのは、戦前も戦中も戦後も、身寄りの無い女の人とか今で言うシングルマザーとかの働き口にする為だってのが、翠子お祖母様と慈朗お祖父様の方針だったって、当の翠子お祖母様が言ってたけど?そういうの、『セーフティーネット』って言うんだってね。社会の授業でも習った」

彼女は翠子・慈朗夫妻を、時々『大お祖母様』『大お祖父様』ではなく、このように名前付きで呼ぶ事がある。
ぐっと言葉に詰まった瓊子であったが、ぼそぼそと口を開く。

「だ、だって、遺産が少なかったから…」

今度は瑠子と彼女、母娘揃って呆れ顔になった。

「大お祖母様の遺産の何処が少ないのさ。お母さんや伯母さんどころか、私も瑤太も相続放棄したのに」