「あー。もしもし。お母さん?私、これから警察の世話になってくるわ」
『語弊がある物言いはやめなさい。一体何があったの』
遡る事数か月前。ざわつく駅のホームにて、倒れ伏すスーツ姿の男性の背を片足で踏み付けながら彼女は言った。ばたばたと慌ただしく駆け寄ってくる駅員達を見ながら、彼女は続ける。
「うんとね。痴漢を捕まえた。あ。痴漢『を』捕まえたのであって、痴漢『で』捕まった訳じゃないよ?」
『いや貴方が犯罪を犯すとは思ってないから!大丈夫!?怪我は無い!?』
「無いよー。別の人が被害に遭ったのに出くわしたんだけど、その人も怪我は無いっぽい。まあこれからきちんと調べてもらうけど」
保護に協力してくれた女性客が寄り添う少女に視線を向けつつ、彼女は答えた。
「現場も見てたし、証人として色々訊かれたりすると思う。だから帰りが遅くなる。それだけ。あ。きちんと一人で帰れるから大丈夫だよ」
『そ、そう』
娘に怪我が無いとわかって安堵したらしく、瑠子の声の緊張がわずかだが緩んだ。
「それと、時間があればだけど経過報告は逐一するから、お母さんはいつも通りお仕事しててね」
『…わかった。連絡は家族の方のLINEにしてね』
「勿論だよ」
彼女はそこで電話を切り、駅員達に「こいつです」と踏み付けている男性を指した。
かくして犯人は連行され警察も呼ばれ、それぞれ別室で事情を説明する事になった。
被害者女性がすっかり怯えてしまっていたので、話すのはほとんど彼女であったが。
助けてくれたという事実と、彼女が同じ女性である事から気が緩んだのだろう。説明の合間合間に、被害者女性は礼を言いつつ彼女に自分の事を話し始めた。
聞けば女性は学生で、通学の際にいつも被害に遭っていたらしい。時間を変えても車両を変えてもそれは変わらず、恐ろしくて仕方が無かったと。
とりあえず話させた方がいいと思い聞くに徹していた彼女は、ある事に気付いた。
「あ。弟が通ってる大学の学生さんですか」
「え?弟さんがうちの大学に?」
しかも同級生だという。顔を合わせた事があるかは別として。
彼女は少し考え、「あの」と切り出した。
「『ナギゼミ』って呼ばれてるゼミの事、聞いた事はありませんか?」
「え?ええと、何かこう、凄く特別な才能を持つ人しか入れないって聞いた事はありますけど」
彼女は『菅凪教授のゼミだからナギゼミ』と瑤太から聞いた事はあったので訊いてみたのだが、一般人にはそのように認識されているらしい。彼女は続けた。
「うちの弟がそこのゼミ生でしてね。かく言う私も同じようなものです」
「は、はあ」
話が読めないらしい女性に、彼女は一つのストラップを取り出した。和装で言う所の根付のような外見である。女性は「可愛い」と目を輝かせた。女性がストラップを認識した事を確かめて、彼女は再び口を開く。
「いきなり変な話をします。これからは、スマートフォンだとか家の鍵だとか…『外出する時に絶対に忘れない』物に、これを付けて持ち歩いて下さい。もうこれまでのように怖い思いをしなくて良くなります」
「は?え?」
「勿論ですけど、お代は頂きません。これは差し上げます。凄く変な事を言っていると思われるでしょうけど、とりあえず騙されたと思って持っていて下さい。で、効果を感じられたとか他の人にも必要だと思ったら、ナギゼミで弟を探して下さい」
「は、はあ…」
話が呑み込めなくて当然なので、このリアクションは仕方がないと彼女は思った。ストラップをしげしげと見ていた女性だが、手持ちのスマートフォンのストラップホールにストラップを通す。
その後、女性の保護者が到着した事、また駅員・警官達が責任を持って女性を保護すると言った事で、彼女は帰っていい事になった。
余談だが、駅員達も警官達も、それは真摯かつ誠実に対応してくれた事を明記しておく。
『語弊がある物言いはやめなさい。一体何があったの』
遡る事数か月前。ざわつく駅のホームにて、倒れ伏すスーツ姿の男性の背を片足で踏み付けながら彼女は言った。ばたばたと慌ただしく駆け寄ってくる駅員達を見ながら、彼女は続ける。
「うんとね。痴漢を捕まえた。あ。痴漢『を』捕まえたのであって、痴漢『で』捕まった訳じゃないよ?」
『いや貴方が犯罪を犯すとは思ってないから!大丈夫!?怪我は無い!?』
「無いよー。別の人が被害に遭ったのに出くわしたんだけど、その人も怪我は無いっぽい。まあこれからきちんと調べてもらうけど」
保護に協力してくれた女性客が寄り添う少女に視線を向けつつ、彼女は答えた。
「現場も見てたし、証人として色々訊かれたりすると思う。だから帰りが遅くなる。それだけ。あ。きちんと一人で帰れるから大丈夫だよ」
『そ、そう』
娘に怪我が無いとわかって安堵したらしく、瑠子の声の緊張がわずかだが緩んだ。
「それと、時間があればだけど経過報告は逐一するから、お母さんはいつも通りお仕事しててね」
『…わかった。連絡は家族の方のLINEにしてね』
「勿論だよ」
彼女はそこで電話を切り、駅員達に「こいつです」と踏み付けている男性を指した。
かくして犯人は連行され警察も呼ばれ、それぞれ別室で事情を説明する事になった。
被害者女性がすっかり怯えてしまっていたので、話すのはほとんど彼女であったが。
助けてくれたという事実と、彼女が同じ女性である事から気が緩んだのだろう。説明の合間合間に、被害者女性は礼を言いつつ彼女に自分の事を話し始めた。
聞けば女性は学生で、通学の際にいつも被害に遭っていたらしい。時間を変えても車両を変えてもそれは変わらず、恐ろしくて仕方が無かったと。
とりあえず話させた方がいいと思い聞くに徹していた彼女は、ある事に気付いた。
「あ。弟が通ってる大学の学生さんですか」
「え?弟さんがうちの大学に?」
しかも同級生だという。顔を合わせた事があるかは別として。
彼女は少し考え、「あの」と切り出した。
「『ナギゼミ』って呼ばれてるゼミの事、聞いた事はありませんか?」
「え?ええと、何かこう、凄く特別な才能を持つ人しか入れないって聞いた事はありますけど」
彼女は『菅凪教授のゼミだからナギゼミ』と瑤太から聞いた事はあったので訊いてみたのだが、一般人にはそのように認識されているらしい。彼女は続けた。
「うちの弟がそこのゼミ生でしてね。かく言う私も同じようなものです」
「は、はあ」
話が読めないらしい女性に、彼女は一つのストラップを取り出した。和装で言う所の根付のような外見である。女性は「可愛い」と目を輝かせた。女性がストラップを認識した事を確かめて、彼女は再び口を開く。
「いきなり変な話をします。これからは、スマートフォンだとか家の鍵だとか…『外出する時に絶対に忘れない』物に、これを付けて持ち歩いて下さい。もうこれまでのように怖い思いをしなくて良くなります」
「は?え?」
「勿論ですけど、お代は頂きません。これは差し上げます。凄く変な事を言っていると思われるでしょうけど、とりあえず騙されたと思って持っていて下さい。で、効果を感じられたとか他の人にも必要だと思ったら、ナギゼミで弟を探して下さい」
「は、はあ…」
話が呑み込めなくて当然なので、このリアクションは仕方がないと彼女は思った。ストラップをしげしげと見ていた女性だが、手持ちのスマートフォンのストラップホールにストラップを通す。
その後、女性の保護者が到着した事、また駅員・警官達が責任を持って女性を保護すると言った事で、彼女は帰っていい事になった。
余談だが、駅員達も警官達も、それは真摯かつ誠実に対応してくれた事を明記しておく。