結局、りおくんは今日一日私と口を聞いてくれなかった。
彼と話さない一日は酷くつまらない。頭の中がぼうっとしてしまう。
明日もこんな状況では耐えられないと思った私は、思い切って声をかけることにした。
ちゃんと謝ればきっと許してくれるよね。また今まで通り明日からも一緒にいられるよね。
ホームルームの終わった教室は生徒の数がまばらになった。もう帰ってしまったかもと焦る矢先、彼を見つけた。勇気を振り絞ってリュックを背負った栗毛の肩を叩く。

「りおく、」

動きが止まった。
――誰、この人。
りおくんだと思っていた人は顔も知らない、全くの別人だった。
りおくんじゃない。
あの切れ長の瞳じゃない。
あのえくぼじゃない。
あの八重歯じゃない。
じゃあ、この人は誰?なんでりおくんじゃないの?

「どうしましたか?」

戸惑う私にかけてくれる声も違う。りおくんの方がもっと低いはずだ。
なんで、どうして。

「あの、りおくんは?」
「りおくん……あぁ小林凛音のこと?」

突然のフルネームに理解が追い付かなかったが、確かに彼の名前だ。私は小さく頷く。

「思い出した。君は凛音の彼女さんじゃないか」
「……はい。そうですが」
「まさか知らないの?」

私は何のことかさっぱりわからず首を傾げる。目の前の人物は驚いたように目を見開くと、その目を伏せた。

「――彼、亡くなったんだろ」



時間がとまる。酸素がうすくなる。いきができない。いきができない。いきができない。
亡くなった……?誰が?りおくんが?

「なんの、冗談ですか……?彼が死ぬはずない」

嘘だ。嘘に決まってる。だって、約束したじゃない。ずっと君に朝を告げるって約束したよね。
勝手に目から涙が零れてきた。

「おかしいな、なんでこんなにも悲しいの。君が死んだはずはないのに」

だってここにいたよ。今日だってお昼寝してたよ。

「いやだ。嫌だ嫌だ嫌だ」

今まですれ違っていた現実と記憶がようやく一致した。
ああ、そうだ。君は死んだんだ。
私を庇って、事故で死んだんだ。
今日の夢は夢なんかじゃない。私の記憶の一部だったんだ。
今なら鮮明に思いだせる。私は君と横断歩道を渡ろうとしていて、そこに何か勢いのあるものが突っ込んできて。気づけば君は私の目の前で血だらけで倒れていた。そして、あの夢で轢かれたのはりおくん。
居眠り運転をしていたトラックに衝突されそうになった私を助けて、自分は轢かれて死んでいったんだ。

「あ、ああ」

感情が壊れた。できることならばずっと忘れていたかった。
思い出すと辛すぎて私まで死んでしまいそうになる。
ショックがあまりにも大きすぎて忘れていたんだ。それなのに、なんで思い出してしまったの。
なんで、私は君を殺してしまったの……?

「ああああああああああああああああああああああああああ」

私がもっとしっかりしていれば、自分の身を守れた。
私がもっと運動神経が良ければ、早く気づいてトラックから避けられた。
私が、私が、りおくんに出会わなければ君は死ななかった。
殺したのは私だ。
殺したことを忘れて、ただ生きているりおくんの妄想ばかりしていたのも私だ。
最低なのは、私を残して逝ったりおくんでも、居眠りをしてりおくんを轢いたトラックの運転手でもない。

私だ。

「うわあああああああああ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」