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 翌朝、聖竜クイリンの後を追うために僕たちは国境付近まで来ていた。ミリア王女は見送りにきてくれていたけど、とても恨めしそうに僕たちを見ている。国王から他国へいく許可が降りなかったと、しょんぼり話していた。

「クラウス様、浮気は許しませんわよ」
「いや、浮気もなにも僕はフリーだし、そんな相手いませんから」

 基本的にカリンのことしか頭にないから、今までも特別な異性はいないんだけど。

「……私のこと、忘れないでくださいませ」
「うん、忘れないよ。いろいろありがとう」

 正気に戻った聖獣の守人は旅に同行するのが習わしと言われて、シューヤさんを新たに仲間に加えセントフォリアへと出発した。

 森を抜けてからは、玄武と白虎に乗って移動し時間を短縮させる。一日でも早く聖竜クイリンの鱗を手に入れたかった。セントフォリアで魔力感知をしたけど、聖竜クイリンの気配はなかった。
おそらく東の国であるリンネルド王国に向かったようだ。セントフォリアを突っ切って、リンネルド王国の王都リカーレンを目指す。

「リンネルドなら青龍か、フェロウズ公爵家が駐在しているな」
「そうです。サクラさんが……とても頑張っていました」

 ウルセルさんの言葉にセレナが暗い表情で答えた。三年間の旅の間に、それぞれの公爵家の守人と直接交流もあったのだろう。
 でも浮かない顔を見るかぎり、あまりいい状況ではないみたいだ。

「シューヤさんの時みたいになにか問題があるの?」
「ああ、クラウスはずっとウッドヴィルにいたんだよね。それなら知らないのも無理はない」

 そう言ってシューヤさんが僕にも簡単に説明をしてくれた。
 セントフォリアの東の国リンネルドはほかの国々とは違う文化で繁栄した国だ。豊富な水源と豊かな緑に恵まれ、ほぼ自給自足で賄えたことにより他国との交流が少なかったためだ。

 着る物も食べる物も、生活習慣すらも僕たちの国とは違うらしい。聖獣の守人であるフェロウズ公爵家だけは、大聖女様からの申し入れもあり建国の時から特別に滞在を許可されている。本来であれば入国すらも難しい国だった。

「僕たちは入国できるんですか?」
「あー、多分大丈夫だ。大聖女様からお達しが出てるから。実はアレ、最強なんだ」

 大聖女様のお達しは最強。そのひと言に大いに納得する。
 そんな話をしながら、玄武に乗って二日かけて目的の国へ到着した。

 目の前に流れる清らかな大河と、対岸にうっすらと見える緑の楽園。いく筋もの川を国土に抱え、それすらも運河として利用し発展してきたのがリンネルドだ。入国の審査も無事にすませて、渡し船を使って川の向こうへと渡る。

 陸にある建物は僕たちの国とも違う様式で、赤い壁に黒い屋根、丸い格子状の窓がついていた。街の人たちが来ている衣装も独特で、船頭さんによると『キモノ』という民族衣装だそうだ。一枚の布を巻き付けて、太めの布で縛って固定するらしい。

 実際に見てなるほどと思った。街を歩く若い女の子はカラフルなキモノを着ていて、大きく垂れた袖がヒラヒラとゆれて華やかだった。ちょっとだけカリンにも着せたところを想像して、着せたい色を真剣に悩んでしまう。

「クラウス様……今なにを考えてたの?」

 不意にセレナのやけに低い声が聞こえた。カリンのことを考えていて、顔が緩んでいたかもしれない。

「いや、カリンにもこの景色を見せたいなと思って……」
「くっ、またカリンちゃん……勝てない!」

 心のうちをすべて話していないだけで、これも嘘ではない。
 そこでウルセルさんが前方にいる人物に大きく手を振った。

「あ、いた! サクラ! 久しぶりだなー!」

 その先いたのは、鮮やかに透き通った水色の髪と、意志の強い瞳を持つ女性だ。僕より少し年上みたいで、落ち着いた大人の雰囲気がただよう。
 そして当然のように、膝をついて僕に忠誠を誓ってくれた。

魔皇帝(マジック・エンペラー)クラウス・フィンレイ様。私は聖獣青龍の守人、サクラ・フェロウズでございます。我が主人のご到着を心よりお待ちしておりました。今後はクラウス様に忠誠を誓い、聖獣の守人としてこの命をかける所存でございます」
「あああ、わかりました! あの、僕こういうの苦手で……ほかの皆さんと同じように接してくれませんか? それから、命は大事にしてください」

 毎度おなじみの僕からのお願いだ。次からは相手が膝をつく前に提案してみよう。

「なんと……心の広い主人様だ」

 フワリと微笑んだサクラさんは、かしこまった態度を改めてくれて自宅へと案内してくれた。
 途中ですれ違う街の人たちは僕たちを見て渋い顔でコソコソ話している。なかには「なにしに街に来たんだ、異端の者が!」や「異端に売るものなんてないからな!」とかまるで忌み嫌っているような言葉を投げかけてきた。

 初めて来た国なんだけど、なにかやらかしてしまったんだろうか? 魔導士団で鍛えられたおかげで、罵詈雑言はわりと平気だけど誤解があるなら解きたいと思う。

 やがて街の中心からかなり外れたところにある大きな屋敷へ着いた。敷地は広く立派な庭園もある。だけど手入れが行き届いていないのか、荒れている印象を受けた。
 いままでの守人のお屋敷とはどこか違うみたいだ。

「このような手入れの行き届かぬ屋敷で申し訳ないが、どうかゆるり休んでくれないか」

 そう言って、サクラさんは屋敷の奥へ姿を消した。
 こんな広いお屋敷なのにサクラさんしか気配がしない。ウルセルさんたちなら、なにか知っているかと思って尋ねた。

「ほかの使用人の人たちはいないんですかね?」
「……この国では男性は外で働き、女性は家を守るというのが常識なんだ。だから、サクラのように女性でありながら仕事を持つのは異端とされている」
「私も前回この国にきて、いろいろあったの。大聖女様にもお願いはしてみたんだけど、フェロウズ家からの支援は圧力がかかって受け取れないみたい。かといってこの国では十分な対応が望めないのよ」
「これがこの国の文化だと言われれば、大聖女様から抗議はできても強制力はないんだよ。かといって引き上げることできねえ。本当に胸糞悪い国だよ、ここは」

 三人の言葉にサクラさんの現状を知る。異端とみなされているから、街の人たちも先ほどのような態度だったんだ。この街で受け入れてもらえず、買い物もまともにできず。この国でなければしなくてもいい苦労をしていたんだ。

「そんな……じゃぁ、街を歩いていた女の人たちは……」
「成人前の子供か、買い物で出歩いてる奥様かのどっちかだな。実際店に立ってるのは男ばっかりだったろ?」
「あ……確かに」

 異端とされて蔑まれているのに、あんな風に微笑(わら)えるサクラさんは心が強い人なんだと思った。気持ちが重く沈んだところでサクラさんがトレーにお茶を載せて戻ってきた。

「お待たせした。この国のお茶を淹れてきた。……口に合うといいのだが」

 目の前に出されたのは、透き通った緑色の飲み物だ。見たことない色のお茶に一瞬だけ躊躇する。小ぶりなカップに入ったお茶に口をつけてみると、ふわりと清涼感のある香りがして口に含むと優しい味がした。

「あ、美味しい……僕はこれ好きかも」
「ああ、よかった! 私も初めて飲んだ時は驚いたけど、今ではこれじゃないと嫌なくらい馴染んでしまったんだ」

 さっき聞いたような苦労を感じさせない笑顔で、サクラさんは僕たちをもてなしてくれる。でも聞いてしまったからには、なにもせずにいられなかった。

「サクラさん、困ってることはないですか? 僕にできることは、なにかありませんか?」
「っ! お前ら……話したな」

 サクラさんはギロリとウルセルさんとシューヤさんを睨みつける。セレナは聖女だからか少し咎めるような視線を向けただけだった。

「僕がなにも知らなくて教えてくれたんです。聖獣の守人であるサクラさんを放っておけません」

 かつて命を預けて戦った、仲間の子孫だから。
 記憶が戻った後あの時の仲間が守人たちなのかと白虎に聞いたら、「そうだ」とひと言だけ返してくれた。全部の記憶が戻ったわけではないけど、僕の大切な仲間だった。
 そんな彼らが、今なお忠誠を誓ってくれているなら。異端だと蔑まれて、しなくてもいい苦労をしているのは僕のせいだ。

「クラウス様……」

 サクラさんがなにかを言いたげに口を開いた時だ。

「サクラ! 迎えにきたぞ! これから魔皇帝(マジック・エンペラー)様を迎えにいくんだろう? オレも一緒に……」

 ドカドカという大きな足音とともに、僕たちがいる応接室の扉が開け放たれた。薄紫の髪をひとつにまとめた大男が、扉を開けた状態で固まっている。

「リハク様……もう迎えはすんだ。こちらが我らの主人、魔皇帝(マジック・エンペラー)クラウス・フィンレイ様だ」
「も、申し訳ございませんでしたっ!!!!」

 勢いよくその場で足をつき、これまた姿勢のいい土下座を披露された。
 どこかで見た光景に、小さくため息をついたのはしかたないと思う。土下座するまでのモーションが早すぎてとめられなかった。