『あなたは、子さえ産めばいいのです』

長いこと、和はそう言い聞かされて来た。

茶山和(さやま なごみ)。小中高一貫の女子校育ちで、家は茶道の大家。現当主は祖母。幼い頃より許嫁の存在を知らされていた。ただ、逢ったことはない。

カチリ。鋏(はさみ)の音が鳴る。茎が一センチほど落ちた。振動で、椿の花から花弁が一片落ちる。和はもう一度同じ茎に鋏を入れた。カチリ。

「………」

中学の卒業式は明日。高等部へも進学するつもりだったのに、桜宮学園の受験を祖母に決められ、和の進路は自身の意思に関わらず決定してしまった。

勝手に進路を決められたことに憂いがあるのではない。

堅苦しい家に生まれたからだと、自分の一生が敷かれた線の上を歩く、鳥籠の中とはわかっていたから。

カチリ。ついに鋏は花弁を切ってしまった。それでも和は色の見えない瞳で右手に持った椿と、左手の鋏を見ている。

――と、急に目を見開いた。

花と鋏を放り投げて、押し入れを開けた。

仕舞われている布団の上には、この広大な和風屋敷には似合わない、紅いリボンを首につけたクマのぬいぐるみが鎮座している。

それをぎゅうと抱きしめ、顔を押し当てた。

「はんへふぇっほんはほよー!」

なんで結婚なのよー!

悲鳴が部屋より外には聞こえないように、クマに消音機を務めてもらうのは毎日のことだった。

ぶはっと顔を離す。再び開いた瞳には、一転、あからさまな怒りがにじんでいた。