モデルの仕事は、紫が初めて選んだ自分の道だった。

サクラ聖堂は教会の向きもある孤児施設だった。

桜宮学園と経営母体は同じ。

モデル『神林紫』の始まりは、紫の噂を聞いた芸能事務所のスカウトが、直接サクラ聖堂にやってきたことだった。

紫たちが小学五年生の頃のこと。

交渉役を引き受けたのは施設の先生ではなくて、蒼。

事務所の人も、紫と同い年の子供がやってきて驚いていた。蒼は早熟だった。

相手の情報を総て引き出したうえで、紫に判断を任せた。

保護者的立ち位置の質問や提言はしたものの、紫が選ぶ進路を邪魔立てするようなことは言わなかった。

紫は戸惑った。芸能界なんて考えたこともなかったし、この聖堂を離れるようなことも、まだ考えてはいなかった。

高校を卒業するくらいまでは、きょうだいでここにいられると思っていた。

蒼は、引き留めなかった。

それはショックだった。蒼に懐いていれば間違いはなかったから。

今まで、蒼が紫の決定理由だった。紫が考える時間の扉の中へ、いきなり放り込まれた。

答えられなかった。やります、とも、断らせてください、とも。

十歳の子供が一人で決めるには大きな問いかけだった。この先一生を左右するかもしれないこと。

一瞬、蒼は、紫が答えられないことを見越して、紫に答えることを委ねたのかもしれないと思った。

結局は蒼が決めるのではないか。

けれど、次に聞こえた妹への蒼の答えに、その疑問は拭い去られた。