これ以上天科に言葉をぶつけるのが悔しくて、和は踵を返してその勢いのまま、研究所を飛び出した。
初日に全員が交換した携帯電話の番号。
和はその中の一人を迷わずに呼び出した。
――家族以外に電話をかけるなんて初めてだったが、そんな感動を味わっていられるほど平和な気持ちではなかった。
『はーい、もしもし? えーと、和?』
「ええ。翠さん、お願いがあるの」
『おう? 急にどうした?』
「あたしに、喧嘩の仕方を教えてほしいの」
『……はあ? なんでだよ』
「喧嘩と言っても、一方的に一発殴れればいいの」
『ちょ、喧嘩売るつもりなのか? 誰だよ』
「もう売ったわ。あのツラに正面からいきたいわ」
『行動と言葉遣いに差があり過ぎだよ! ちょっと待ってろ和、今どこにいる? そっち行くから、話聞かせてもらわねえとなんも教えらんねえよ』
「え? あ、えっと……学校の近くよ。あの、でも来てもらうなんて申し訳ないわ。って言うかあたし、なんて時間に電話してるの!? そもそも電話なんてしてるの!?」
『……混乱のほどはわかったから、今のお前、絶対一人にしておけねえわ。そうだな――学校から駅の方へ行く途中のサクラ聖堂って教会があるんだけど、そこなら先生たちいるから、夜でも話出来る。そこへ行ってくれるか? あたしもすぐ行くから』
「え、ええ――わか、ったわ」
『じゃあ、絶対に今からそいつ殴りに行こうとか考えるなよ? サクラ聖堂は出入り自由だから、適当に教会の中にでもいてくれ』
「……ええ」
電話は切られた。
和は耳から話した携帯電話を見て――今度こそ、感動していた。
電話しただけで、誰かと逢えるの? そんな約束が、出来るものなの?
「…………あり、がとう………みどり」