「失礼致しますわ。天科様」
天科全が城葉都市にいるときに仕事用の私室として使っている――来訪者が少なく所長は旧知だから気楽で、所員も少ないから居やすいため――城葉犯罪研究所の中の一室。
着物姿の和はそこを訪れた。
あらかじめ訪問の連絡はしてある。生徒としてではなく。
天科全は机に軽く腰を掛けて、書類を手にしていた。
和が来るのを待っていたような、時間潰し程度の眼差しだ。
「なんだ? こちらの連絡先を教えた覚えはないんだが」
「……?」
おかしなことを言う。この場所は和が祖母から聞いていた場所だ。
婚約者がいるところだと。
「恋様と恋人だったのですね」
「……そんなこと生徒には関係ないだろう」
「………」
やっぱりおかしい。和は生徒であるが、天科の婚約者という立場なのに。
「……わたくしのこと、おわかりになりませんか?」
「茶山和だろう。そのくらい知っている」
そういう意味じゃない。
「あの……天科様とわたくしの祖母との間で、結婚の約束が成されていますわよね?」