全の肩に寄りかかっている恋は、幸せそのものみたいな顔で目を閉じている。

セクハラ行為を散々全に叱責されたが、疲れてマイペースに眠っていた。

「落とすぞ、レン」

反応がない。本気で寝入っているようだ。

剣がくるりと椅子の向きを変えて、カウンターに頬杖をついた。

「……ねえ、ゼン。もうそろそろレンのこと赦(ゆる)してあげたら? お前が天科姓になって十年以上経つんだよ? レンもゼンも、十分傷付いたし、そろそろ一緒にいてもいんじゃない?」

「………」

全の眼差しが昏(くら)さを帯びる。

離れたことを赦せないでいたのは、恋ではなく全だった。

傍系もいいところの全を当主に迎えるために、用意周到な一族は当時恋人だった恋から切り崩しにかかった。

全の将来をちらつかせて、恋から別れさせるように仕組んだのだ。

全が本家から養子縁組の話を持ち掛けられたときには、恋は既に全から離れることを決めていた。

――全が、本家に入るかもしれないと話したとき、恋は「じゃあ、終わりだ」と言った。

全は、最初は受け容れられなかったけど、恋から別れを告げられてしまい、動揺したまま籍を移していた。

全が、天科家がやったことを知って恋に謝りに行った時には既に時遅く、――恋は男装の麗人になっていた。

その恋が……髪を解いて女性の顔になった恋が、全の傍らで穏やかな表情をしている。

「レンもさ。お前以外と結婚なんかしねーつって子ども二人抱えちゃうし。手伝ってあげたら?」

「………」

神林蒼と猫柳白か。……。