魔法が解け、正気に戻ったフラムだったが、眉間に皺を寄せ、目を眇めている様は、状況を喜んでいるようには見えない。
魔法の介入なしで対峙した兄弟は、互いに呼びかけあう。
「……フラム」
「……兄上……」
ぐっと拳を握り、カルケルを射貫くように見据えた弟王子。
そらす事無く視線を受け止めた兄に対し、フラムは素早く膝を折った。
「お許し下さい、兄上!」
「――フラム?」
「オレは……オレは、兄上に対し、なんという事を……!!」
自分がした事の記憶は、しっかりと残っているらしい。
これもまた、王妃の義姉達と同じ症状だ。
しかし、国を憂う気持ち、兄に遠ざけられた傷心、のし掛かる重圧。様々な要因で追い詰められていた弟を、責められるはずがない。
同じように膝をつき、項垂れる弟の肩を叩いたカルケルは、兄の顔で言った。
「お前は、悪い夢を見ていたんだ。……気にするな」
「……っ!」
「悪夢は、もう終わりだ。そうだろう?」
ぱっと顔を上げたフラムは、間近で兄の顔を見つめると、何度も何度も頷いた。
立ち上がったカルケルは、リュンヌを見る。
「これで、いいんだ。そうだろう、魔女殿?」
「うん。悪夢は、もうお終い。……カルケル、貴方もね」
「――俺?」
「だって、貴方に呪いをかけた張本人が、この世を去ったんだもの……灰かぶりの呪いも消えたわ」
そんなに簡単にいくのだろうかと疑問の声を上げたカルケルは、いい事を思いついたと笑みを浮かべた。
「魔女殿、呪いが解けたかどうか、確認してみたいんだが……協力してくれないか?」
「いいけど、何をすればいいの?」
「なに、君はそのまま、動かないでいてくれれば良い」
「?」
リュンヌは、大人しくそこに立った。
フラムは、リュンヌに近付く兄を黙って見守っている。
――リュンヌをすっぽり抱きしめられるくらいまで近付いたカルケルは、そっとリュンヌの頬に手を添えた。
そして。
「……俺に、諦めないという事を教えてくれてありがとう、魔女殿」
感謝の言葉を口にする。
けれど、リュンヌは返事をする事ができなかった。
そのあと降ってきた唇のせいで、言葉を発する事が出来なかったから。
「……あぁ本当だ、灰が降らない」
リュンヌの唇を不意打ちで奪った王子様は、晴れやかな笑みを浮かべてそんな事を言う。
そして、ひょいっとリュンヌを抱き上げた。
「ありがとう! 全部、君のおかげだ! 俺の魔女殿……!」
「貴方って、貴方って……!!」
真っ赤になったリュンヌは、カルケルの首に手を回し、真っ赤な顔でお決まりの言葉を叫んだ。
「もう、本当に王子様なんだから……!」
――明るいカルケルの笑い声が響く。
「兄上……髪が……!」
弟であるフラムの、歓喜と驚きに満ちた声も。
「髪……? ……っ」
「うわぁ、キラッキラ……!」
呪いが解けたことにより、灰のようにくすんでいた髪色が、本来の色を取り戻す。
「父上と、母上を呼んでまいります!」
転がるように飛び出していくフラムを見送った二人は、顔を見合わせた。
「魔女殿」
「なに」
「……不安なので、もう一度確かめてみてもいいだろうか」
「……キスして?」
「もちろん、キスして」
もう充分でしょうと、赤い顔で反論したリュンヌに、カルケルは内緒話を打ち明けるように耳打ちした。
「……というのは口実で、本当はただ君にキスしたいだけなんだが、……どうだろう?」
彼の顔も、リュンヌと同じくらい真っ赤だった。
答えの代わり、リュンヌは自らカルケルを引き寄せて、キスをした。
――キラキラと、今日の世界は一段と輝いて見えた。