リュンヌとカルケルは、決意新たに朝を迎えたが、最大の問題に直面した。

「……あの人がどこにいるか、ばば様も分からなかったのよ」

 通称、野茨の魔女と呼ばれている彼女は今どこにいるのか。
 茨の森の魔女ですら掴めなかったのだ。

 ――もちろん、茨の森の魔女は力が衰えていた……という事もあるが、野茨の実力は本物なのだ。

「……よし、わかった」

 顔を突き合わせ悩んでいた二人だったが、不意にカルケルが椅子から立ち上がった。

「散歩しよう」
「……え?」
「煮詰まったときは、気分転換がいいとされている。……俺は、きちんと外套を着ていくから、近くを歩くだけなら、問題は無い……と思うのだが」
「…………」

 リュンヌがじっと見ていると、カルケルの顔がだんだん赤くなる。

 とうとう、熟した果物のようになった彼は、フードをついと引っ張って俯いてしまった。

「……一緒に、こ、恋人らしい事をしないかと、誘っているんだが……どうだろうか……」

 ぼそぼそとつけたされた一言で、リュンヌはようやくカルケルの意図をと察し、負けず劣らず真っ赤な顔になった。

「そ、そうだね……さ、散歩しようか」

 そわそわと立ち上がると、フードの奥でカルケルの瞳が輝き、ぱらぱらと灰が降ってくる。

「で、では行こう」

 差し出された手を取ると、懐かしさとくすぐったさを感じる。
 ずっと昔も、こうして手を引いてもらった。

「あ、ランたん」

 玄関に先回りしていたリュンヌの相棒は、行ってらっしゃいとでもいうように扉を開ける。

「ランたんも行く?」

 カボチャお化けは、くるくると勢いよく首を横に回転させた。

「……行かないってことね。なにも、そんなに熱心に嫌がらなくてもいいのに……」
「今のは、拒否だったのか?」
「うん。思い切り、頭を横に回してるでしょ? これは、“絶対行かない、死んでも嫌だ”っていう、ランたん最大級の拒絶」

 リュンヌが言ったことを、ふんふんと聞いていたカルケルだが、視線はランたんに注がれたままだ。

 ランたんも頭の回転を止めて、じっとカルケルを見ている……――気がする。

「どうしたの?」

 なにやら、ただならぬ物を感じたリュンヌが、つんつんと手を引くと、カルケルはふと目尻を下げて微笑む。

「……いや。――では、ランたん。俺達は散歩してくる。……君の大事な魔女殿をお借りするよ」

 ――途端。ランたんがふわりと高く飛び上がり、高速で毛糸の手を回転させたかと思うとカルケルの頭を叩いた。

「ランたん!?」

 どちらかというと、今までカルケルには友好的だった相棒の行動に、リュンヌの口から悲鳴が上がる。

 しかし、ランたんは止まらない。それどころか、リュンヌの方へぐりんと顔を回転させると……――。

「なんで私まで!?」

 なぜか、ペシペシペシペシとリュンヌの頭も叩いてきた。
 こうして二人は、館から追い立てられるように外に出る。

「お、覚えてなさいよランたん! 絶対にスープの具にしてやる! 今日という今日は、ことこと煮込んだ、とろーりカボチャスープにしてやるんだからね! 頭洗って待ってなさい!」
 
 捨て台詞を吐くリュンヌを無視して、バタンと扉が閉まった。

「もう、なんなのよランたんったら! 急に機嫌が悪くなるんだから……! ……もしかして、心配かけたこと、怒ってるのかしら……?」
「いや。……多分、俺が怒らせたんだろう」
「カルケルが?」
「あぁ。……どうやらランたんは、君の事がとても大切なようだから」

 意味深に笑うカルケルに、リュンヌは渋い顔を作った。

「ん~……頼りない奴だと思ってるだろうけど……大切は、どうかな? ランたんは、ばば様が私にくれた使い魔だから、お目付役を担っている節はあるけど」
「そうなのか?  ……そういえば、言っていたな。自分は、茨の森の魔女の、最後の魔法だと」
「へ? 誰が?」
「誰って……ランたんが、だが……」

 カルケルは、きょとんとした顔をしている。なぜリュンヌが訝しんでいるのか、わからないといった風に。

「ま、待って! 今、さらっと言ってたけど……! ねぇ、カルケル……ランたんって、もしかして、しゃべれるの?」

 一歩カルケルの前に出たリュンヌは、通せんぼするように足止めをして、たった今自分が聞いた発言の真意を確認する。

 どちらかというと、嘘だと言って貰いたかったが――生真面目な王子様は、誠実そのものといった顔で、神妙に頷いて見せた。

「え? あ、ああ……君が倒れたときに、初めて声を聞いたが……流ちょうに話していたぞ」
「……あ、あの……」

 リュンヌの体がブルブル震える。

「魔女殿?」
「あのっ、カボチャ頭ぁっ……! 今まで私が何を聞いたって、自分は話せませんから~みたいな態度とり続けたくせに!」
「……まさか、君も知らなかったのか?」

 “なにを”とは言われなかったが、言葉を濁されたとしても話の流れで推察できる。

 リュンヌは、今初めて知った使い魔の真実に、怒りと悔しさがない交ぜになった感情がこみ上げてくる。

 のしのしと、歩き方にも怒りが表れる。

「……待て、魔女殿、落ち着け」

 後を追いかけてきたカルケルに、なだめるように声をかけられた。

 あっと言う間に隣に並んだ王子様に、リュンヌは「知らなかった」とこぼす。

「だって見てたでしょ? ランたんが、私の前で喋った事、あった?」
「……ないな。――だから、俺も彼女が話せるとは知らなかった。てっきり、人前では話さないという約束事があったのだと思っていたんだが……」
「彼女?」
「あぁ、ランたんだ。昨日の声を聞いた限りの推測になるが、声質からランたんは女性だと思ったんだが……」
 
 違うのかと問われても、リュンヌは答えられない。
 なにせ、呼び出したのは、ばば様こと茨の森の魔女。加えて、意思疎通はこれまで全て動作で行ってきたのだ。女性の声といわれても想像がつかない。

「帰ったら、聞いてみたらどうだろう……?」

 悔しがるリュンヌの姿を見て、気の毒に思ったのかカルケルが提案する。

「……ランたん、答えると思う? すぐ手が出る性格なのよ? ……たまに頭も出るけど」

 カボチャの頭突きは痛いとぼやけば、リュンヌの隣を歩いていたカルケルが吹き出した。

「……君たちは、仲が良いな」
「どこが? 私に隠し事するような、不届きカボチャよ? 金輪際、知るもんですか」
「――多分、あれは不可抗力だ。もしも、君の身に何も起こらなければ、ランたんは、俺の前では決して言葉を発しなかっただろう」

 そうかな、とリュンヌが呟けば、そうだと肯定の返事が返ってくる。

「ランたんは、君のことがとにかく大事なようだからな。……緊急事態だったんだ」

 俺もびっくりしたと呟かれ、視線を上げればカルケルが少しだけ心配そうな眼差しで見下ろしてくる。

「足はもう、大丈夫なのか?」
「うん。呪いは大人しいみたい」
「……無理は、しないでくれ」
「しないわよ。……カルケルは、心配性なの?」

 リュンヌが、少しからかうような口調で尋ねると、カルケルが憮然とした面持ちになる。

「そんなんじゃない。――君だけだ」
「……私?」
「あぁ。君限定だ、こんな風に色々と気になるのは」
「…………あ、そう――」

 聞かなければよかった、とリュンヌは顔を覆う。
 耳まで赤いだろう自分の顔はとてもではないが見せられない。

 しかし、無自覚な王子様は照れているのが丸わかりのリュンヌを見て、自分の発言の大胆さに気が付いたらしい、突然言葉に詰まったかと思うと、灰が降り――。

 リュンヌが指の隙間からのぞいた顔は、同じくらい真っ赤になっていた。
 互いに目を合わせて、笑ってしまう。

 そしてどちらともなく手を繋ぐと、二人は今度は穏やかに森を歩き始めた。