夕刻。
 黄昏色に染まる城内で、フラムは飛び込んできた一報に奥歯を噛みしめた。

 ――城下で、騒ぎが起きた。平民同士の揉め事だったが、双方魔法使いだったようだ。言い争いの果てに、絡まれていた一組の男女が、絡んできた四人に対し大量の灰を降らせ逃亡した。実害はなかったものの、居住区での魔法の使用は厳重注意として、魔法組合に通達を出すべし。

 ひそひそ交わされていた言葉をまとめれば、こういうことだ。

 たかだか小競り合い、普段ならばさして固執しない内容だったが、灰を降らせたという一言が、いやに気にかかった。

 わざわざ灰を降らせるような人間など、フラムは一人しかしらないから。

(……兄上……)

 今は、不気味なくらい大人しくしている兄王子。

 城内から消えても、誰も気にしない程度に印象の無い男ではあるが、あれがどれほど恐ろしい存在か……。
 自分だけが、真実を知っているのだと、フラムは無意識に拳を握った。

 その背後に、薄紅色の髪の女が影のように寄り添う。

「なにか心配事でも、あって? 王子様?」
「……兄上め……とうとう、本性を現したぞ。……民の住まう場所で、灰を降らせた」
「まぁ、王子様。あの灰かぶり王子とは限らないでしょう?」
「王都で灰を降らせるのは、あの男だけだろう。……何せあの男の呪いは……!」

 ほっそりとした人差し指が、それ以上口にするなと制するように、フラムの唇に添えられた。

「いけませんよ、王子様」
「……あっ……あぁ、すまない。つい、熱くなってしまった」
「国を思えばこそだと、わかっておりますわ。……まこと、貴方は王に相応しい方」

 女はしとやかに微笑んだ。

「国を守る事が、王家の責務だからな。……性根を腐らせた兄は、その事実を忘れたのだ」

 灰を降らせるという呪いを放置し、肥大化させ――十八の誕生日に発動する、国沈めの呪いを待っているのだ。

 この国を、滅ぼすために。
 
 フラムは、己だけが知る事実を胸中で苦々しく吐き出す。
 
「……煩わしいものは、消してしまうのがよろしいかと……」

 そっと、女が耳打ちする。

 蜜のように甘く蕩けるような声は、フラムのなかにじわじわとしみこみ、頭の中にある芯すら、どろどろにしていくような――そんな錯覚は一瞬のうちに沈み込み、フラムは夢うつつの双眸を女に向け、頷いた。

「……あぁ、そうだな……」
「そうなさいませ、王たるに相応しい王子様」
「――あぁ……あぁ……そうしよう……お前の言う通りに……」
「うふふふ……――かわいいかわいい、王子様(おにんぎょう)……」