「魔女殿! 魔女殿、しっかりするんだ!」

 すんでの所で抱き留めたカルケルは、意識を失った彼女に向かって大声で呼びかけた。

 しかし、魔女はぴくりとも反応しない。
 ふわりと近付いてきたランたんが、ぺしんとカルケルの頭を叩いた。

「なんだ、ランたん。今は遊んでいる場合では……!」
『足を見せて』

 落ち着いた大人の女性の声が、目の前のカボチャお化けから発された。

「……今の声は、まさかお前か?」
『いいから、この子の足を見せなさい』

 ぺんっと再度頭を叩かれたカルケルは、どうやら自分の幻聴ではないと思い、カボチャお化けの指示通り、腕の中にいる少女のローブの裾を、少しだけめくった。

 そして、うっと息を呑む。

「……なんだ、これは……」

 ガラスの靴が、どす黒く変色していた。そしてまるで蔦のような痣が、リュンヌの足先から上へ上へと伸びている。

『……ああ……やっぱり……』

 カボチャお化けが発した女の声は、悲しみを帯びて震えていた。

『カルケル王子、この子を館へ運んで下さい』
「それは、言うまでもない。だが、この足は……」
『――呪いです』

 カボチャお化けは、言った。

『貴方と同じように、この子もまた、呪われている』

 ふわり、ふわり。
 カボチャお化けの動きは、いつもより精彩を欠き、どこかおぼつかない。

『……呪いはもう、止められない』

 一度、カルケルを振り返ったランたん。
 この使い魔の顔は、カボチャで出来ているので、当然表情変化などない。

 けれど、今のランたんには、カルケルを責めるような雰囲気があった。

『――この子は、恋を知ってしまったから』
「……恋……?」
『身に覚えがやいとでも、罪な王子様?』

 カルケルは言葉に詰まり、横抱きにした少女の顔を見下ろす。

 解呪の手助けと引き換えに、恋をしてくれという不可思議な条件を出してきて以降、彼女からそういった類いの話をされたことはない。

 ただ、時折見せる表情からは、嫌われていないとは推測できた。

 好かれているのだとうぬぼれることが出来たのは、あの教会での一幕で……。

「……それでも、こんな形で知りたくはなかった」
『――…………』

 呪いが解けたら、カルケルは改めて彼女に言おうと思っていたのだ。

 自分の事を忘れている彼女に、思い出してくれと縋るつもりはなく、ただこれから新しい関係を始めたいと。

『――恋を知らなければ、この子はずっと、小さな魔女さんでいられたのに……貴方のせいですよ、贅沢者の王子様』
「――っ……」

 あとは無言で歩いた。
 ほどなくして、館が見えてくる。

 ランたんが、大きく扉を開いた。
 カルケルは中に入り、カボチャお化けの誘導の元、一室へリュンヌを運ぶと寝台に寝かせた。

「靴……そうだ、この靴を脱がせなければ」
『無理です。そのガラスの靴は、呪いの靴。持ち主をとり殺す日までは、決して脱げません』
「とり殺すだと……!?」
『おかしいとは思いませんでした? どうして毎日毎日、舞踏会でもないのに、日常生活には不便な事この上ない、ガラスの靴をはいているんだと』
「……それは……思ったが」
『強い呪いです。夜、靴を脱いで寝ても、朝が来るとまた無意識にこの靴を選んでしまう。成長すると、靴もぴったりの大きさになる』

 そして、呪われたガラスの靴は待ってたのだ。
 少女が誰かに恋する瞬間を。

『恋なんて知らなければ、この子の呪いは発動せずにすんだのに』
「……お前は、一体何者なんだ?」

 今までは一度も口を開かなかった、カボチャお化け。

 急に饒舌に話し出した使い魔は、芝居がかった仕草で一礼した。

『この小さな魔女さんからは、カボチャお化けのランたんと呼ばれています。……“茨の森の魔女”がこの子に遺した、最初で最後の魔法です』