あたたかな陽の光が差し込む庭園。
緑は生き生きと生い茂り、色とりどりの花が咲き誇る、王城の庭の片隅から、一際明るく輝く、金の頭がのぞいた。
ここ、コントドーフェ王国を治める国王夫妻の第一子である、カルケル王子だ。
子供らしい、ふっくらとした頬は薔薇色で、目はぱっちりと大きい。
母親譲りの金髪碧眼で、輝くような容貌のカルケルは、非常に愛らしい子供だった。
――そんなカルケルの両親は、まるで物語のような恋を成就させたおしどり夫婦で、とても仲が良い。
国民は、二人のなれ初めをいつだって夢見心地に語るほどで、国王夫妻の人気は高かった。
善き魔女に導かれ、運命の相手である王子と結ばれた、美しい娘――それが、カルケルの母だ。
もともとは、とある商家の出であったが、そこでは召し使い同然の扱いを受けていたという。
けれど、心優しい魔女のおかげで憧れだった舞踏会に出席することが叶い、当時王子だったカルケルの父に見初められた――というのは、この国の民にとっては、有名な話だった。
魔女により、一夜限りの姫君に変身した娘。
彼女は十二時の鐘の音と共に姿を消す。
魔法が解けた後に残ったのは、薄汚れてつぎはぎだらけの服を着た冴えない娘と……消えない魔法が施された、ガラスの靴だった。
引かれ合う二人を導く――祝福の魔法がかけられたガラスの靴のおかげで、王子は無事に運命の姫を見つけ出し、妻として迎えた。
以後二人は仲睦まじく、二児の男子にも恵まれ幸せに暮らしている。
そんな、まるで絵物語の登場人物のようななれ初めを持つカルケルの両親。
国中がうらやむ国王夫妻の長男は、なぜか今、庭園の隅で身を潜めていた。
時折、生け垣から少しだけ顔をのぞかせ周囲を見渡し、人影がないことを確認してほくそ笑む。
――その背中に、忍び寄る影があった。
「……おうじさま、みつけた」
「うわっ!」
思わず悲鳴を上げ、カルケルが振り返る。薄紅色の髪が目を引く、女の子が立っていた。
彼女の腕の中には、この国に古くから伝わる悪戯好きな存在、“カボチャお化け”のぬいぐるみがおさまっている。
ある日を境に、城にやって来るようになったこの女の子は、とても大人しい。
何かある度に、こうしてぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめる。
こういう仕草をする時は、たいてい怯えている時だと知っているカルケルは、ことさら明るい声で呼びかけた。
「魔女ちゃん。いきなり背後から声をかけないでくれよ」
「……ごめんなさい」
「そ・れ・に! もっと、大きな声で“みーつけた!”っていってくれないと、かくれんぼにならないだろう」
そう、カルケルが庭の片隅に身を潜めていたのは、彼がかくれる役だったからだ。
しかし、あっさりとカルケルを見つけた女の子は、明るいながらもからかうような彼の言葉をどう受け取ったのか、困ったように眉を下げる。
「……そーゆーの、にがて」
ぽつりと呟くと、少女はぬいぐるみを抱くますます腕に力を込め、俯いてしまう。
「あぁ、ごめん。別に、怒っているわけじゃないんだよ」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいから、ね? ほら、手つないで、おやつを食べに行こう?」
――カルケルは、母の友人である老女に伴って城にやって来る、この少女が苦手だった。
こうして一緒に遊ぶくらいだから、嫌いなわけではないし、意地悪をしたいわけでもない。
手を繋ごうと差し出せば、パッと嬉しそうな顔をする所も、気に入っている。
ただ、時々……どうして接していいか、分からなくなってしまうのだ。
今も、そうだ。
少女から嬉しげに手を握り返されると、いつも浮かべている笑顔が、決まらなくなってしまう。
口をへの字に曲げて、笑うのを必死に我慢しているような、おかしな表情になるのは、この子と手を繋いでいると、“利発な王子”らしくない笑顔になってしまうからだ。
今までは、勉強も剣術も馬術も、なんだって出来たのに。
カルケルは、自分をいまだかつて無い事態に陥らせる、この薄紅色の髪の女の子のことが、ひどく苦手で……でも、どうしても放っておけなかった。
――幸か不幸か、この時カルケルはまだ幼くて、持て余していた自分の感情を本当はなんと呼ぶのが正解か、気が付いていなかったのだ。
彼が、自分の気持ちに気付いた日。
それが、二人の別れとなった。
いつもと変わらない、ある日の事。
体の弱い弟に両親が付きっきりで、口には出さずとも寂しい思いをしていたカルケルの頭を、少女が小さな手で一生懸命撫でてくれた。
慰めるように、あるいは励ますためだったかもしれない。
それが、とてもくすぐったくて、でも嬉しくて、カルケルは自分をひたむきに見つめてくれる女の子に、恋をしていると気が付いたのだ。
その時、上から大量の灰が降ってきた。
バサバサと、勢いよく、大量に。
あっと言う間に灰は積もり、カルケルはその中に埋まった。
もちろん、自覚したばかりの恋の相手であった少女も。
「きゃあああ! 誰か! 殿下が! 殿下が、灰の中に!」
「庭園に灰が積もってるぞ!」
「大変だ! 魔女殿をお呼びしろ!」
人々の叫び声が段々遠くなる中、カルケルは必死に手足を動かそうとした。
少しでも、あの子の近くにいきたくて。
少しでも、あの子を助けたくて。
それが、カルケルが覚えている、薄紅色の少女との最後だ。
――次に彼が気付いた時は寝台で、両親や弟から心配そうな顔で見下ろされていた。
体が弱い弟から心配されるなんて、いつもと逆だと思いつつ、目に涙をためて大丈夫かと案じる様子が嬉しくて笑いかければ……ぱらり、と……どこからともなく、灰が降ってきた。
落ち着いて聞くのだ、と父が言う。
気を確かにね、と母が手を握ってくれた。
兄上、と弟が不安でいっぱいの表情で見つめてくる。
そして差し出された手鏡に映った自分の姿に、カルケルは言葉を失った。
母と同じ色だったはずの髪も瞳も、今どこからともなく降ってきた灰と、そっくりそのまま同じ色になっていた。
動揺したカルケルが口を開くより早く、ばさ、ばさ、と灰が降ってくる。
寝台の上は、あっと言う間に灰にまみれてしまった。
呪われたのだと、父は言った。
ごめんなさい、私のせいだわと母が泣いた。
――なんでもこなす、将来有望な完璧王子様から一転。
カルケルは、その日以降、こう呼ばれるようになった……“灰かぶり王子”と。