セミの鳴き声が聞こえなくなって、日が短くなってきた頃。

私の学年に臨時の国語の教師がきた。今、私
の学年には国語の教師がいなかった。

その理由は私の学年が問題児が多かったからだ。何故か国語教師を毛嫌いし、追い出すのだ。

前の国語教師はあるモンスターペアレントの苦情により辞めさせられ、その前は問題児のせいでうつ病になりいなくなった。

まだ学年が変わってから半年ぐらいしかたっていないのに、もう何人もの教師がさっていった。


だが、そんな時今までにない不思議な教師がやってきた。


「はじめまして、2年1組のみなさん。今日から国語科を担当する、大城光です。ひかり、じゃなく、ひかるです。よろしくお願いします」

この先生もどうせ辞めさせられる。今、先生が話したことは教室の半分以上が聞いていない。

先生の話し声よりも、はるかに教室の大勢の話し声の方がうるさかった。どうするのだろう。私は心の中でそう思っていた。


「先生大きい声出すの嫌いなんだよな。静かにしてくれますか」


誰も先生の話に耳を傾けずに、先生の声は揉み消されてしまった。


「もう一回言います。静かにしてください」


この先生、声が怒っていない。ただ、呆れているようだ。先生は期待を添えて、待っているかのように少し間を開けた。


だが一向に教室が静かになる気配がなく、先生は大きく息を吸い込み、思い切り吐き出した。


「いつまでしゃべってるんですか?!」


教室の中に響き渡る大きな声で、まるで一人で応援団でもしているような。いや、応援とは真反対な違う声で先生は叫んだ。

「大きい声出してすみません。一回で静かになってもらえるとありがたいです」

クラスの一軍たちはみんな驚いた顔をした。さっきの大声を出した本人とは思えない事を言った先生にクラス中の視線が集まった。


そして、驚きで静かになった教室で先生は授業を始めた。


授業が終わると、クラスの一軍グループは集まってさっきの先生の話をした。


「ビビったわー。急に大声出すとは思わないし、きも」


クラスの一軍女子は、ふっと鼻を鳴らした。こういった部類の人たちは人を馬鹿にする事で自分を高く見せようとする。

そんな自分を馬鹿だと気づいていないところが、余計馬鹿に見えた。


昼休み、私は、クラスには友達がいないが違うクラスには親友がいて、その親友の美咲が私の教室まで昼食を食べに来る。


「あ、ねぇ。そういえば大城先生知ってる?」


私は昼食の準備を終え、親友の美咲にそう聞いてみた。そしたら、美咲は呆れた顔で口を開いた。


「知らないわけないじゃん。あんたのクラスでのこと噂になってるよ。度胸だけはご立派なやつだろ?」


美咲は中学の頃ヤンチャだったらしく、口が悪い。でも、言葉に怖さがない。だからこんな私でも仲良くなれた。


「そうなの。どうせ辞めさせられるのかな。今の先生、他の先生と違う気がするの。他の先生だったら、言うだけ無駄だからって感じなのに今の先生は誰一人見捨てない感じ」


美咲は私の話に耳を傾けながらも、3大欲求の内の1つの食欲に負けていた。私より、食欲が勝ったようだ。

美咲は食べ物を全て口に放り込んだ。口をモゴモゴさせながら、言葉にならない声を出していた。


「杏奈がそう思うなんて珍しい。誰にも興味ないと思ってた」


からかうように美咲はそう言った。私は美咲の話を遮るように喋り続けた。

「なんか、みんなに幸せになって欲しいって感じ取れるんだよね」

ふぅん、と鼻を鳴らし興味なさそうに言った。そう言いながら、美咲は私の弁当に梅干しを入れた。

美味しいのに、と私が小言を言うと美咲は幼い子供のようにぷいっと目を逸らした。


「美咲ぃー!」


遠くの方から声が聞こえた。私の席は窓側なので、誰が来たのか確認するため美咲は廊下側に目を向けた。

美咲は「ちょっと行くわ」と言い残して弁当を置いたまま席を立った。

梅干し美味しいのに。私は美咲の弁当を見ながらいたずらで一つおかずを盗もうかと考えたが、食欲に全振りしている美咲はきっととても怒るだろうと考え、私は思いとどまった。

昼休みが終わり、いつもどうりのつまらない授業を終え、私は休息として図書室に立ち寄った。

私は本が好きだ。太宰治とか、江戸川乱歩など、昔の作家が大好きだった。だが、周りには昔の作家を知ってる人。

いや、本を読む人はいない。だから私は本のことを誰かと語りたくて仕方がなかった。

図書当番はいつものことながら、サボりで図書室は誰もいない私だけの、お宝の部屋になっていた。

すると、どこかで物音が聞こえた。なんだろう、近づいてみると、そこには大城光先生がいた。

先生はこちらに気づき、話せる距離まで近づいてきた。そして私も先生の手にある太宰治の未完のままの本に気付いた。


「先生、太宰治先生お好きなんですか?」


先生は自分の手に持った本を見て、そしてまた私の方を見てハッとしたように口を開いた。


「牧岡さん、だよね?牧岡さんも太宰治好きなんですか?」


私は高校生とは思えない幼児のような笑顔で首を縦に振った。


「その歳で太宰治は、なかなか渋いね」


先生は私をからかうようにくすりと笑った。


「その本、未完のままですよね」


沈黙の間、気まずくなるから私はすぐに違う話を言った。


「そうだね。途中で死んでしまったから」


先生は、さっきの笑顔と対照的に、とても暗い顔になった。その顔の意味が私は分からなかったから、先生にそれを聞いてみることにした。


「人は死ぬ瞬間何を考えるんでしょう?」


今度は、暗い顔から途端に明るい顔になった。んー。と鼻を鳴らしながら先生は腕を組んだ。先生の表情はころころと変わる。


「やっぱり、最後には『生きたい』って考えるんじゃないかな。たとえ自殺でも、他殺でも、事故でも。最後の最後に気づくんだろうね。生きていた喜びに、ね」


聞いたのは私だが、何故そんなことが先生に分かるのかは私には分からない。生きてきた人生の差?考えても分かりそうになかったから私は考えることをやめた。


「牧岡さんはどう思ってた?」


「好きな人とか、家族とか考えるものだと思ってました。走馬灯的な?」


私が話している間、先生はうんうん、と言いながら首を縦に振った。


「それもあるよね。人によってそれぞれだよ」


「だったら、太宰治先生もそう思ったんでしょうか」


そう聞いた先生は驚いた顔をして目を見開いてこちらを見た。

「彼は少しずれていたからね」

そういうと先生は窓の外を見た。その横顔は少し笑っているように見えた。