「史緒が、来てるのか?」
大塚さんは、玄関から辺りを見回したり、私の後ろ側を見ようとしながら聞く。
……言わないと。 田辺に頼まれたように、全部、伝えないと。 そう思って、言葉にしようと息を吸い込むのに、声の出し方を忘れてしまったみたいに何も言い出せない。
大塚さんは何も言い出さない私を、眉根を寄せて怪訝そうな表情で見る。
「史緒は、来てないのか」
「…………」
「……史緒が、どうかしたのか!」
余裕のない張り詰めたその声に、私は思わず身を縮こませる。
「じいちゃん……!」
田辺はもう一度大塚さんに呼びかけるけれど、その声は届かないままで、田辺は俯く。
横目で田辺を見る。 田辺の表情はここからだと見えない。 でも、手が硬く握られていて、微かに震えているようにも見えた。
私は、それがどうしようもなく切なくて、胸が痛んで、涙が込み上げてきそうになる。
「田辺は…………」
言わなきゃと頭では分かっているのに言葉が詰まるのは、私が田辺がいなくなったことを、未だに飲み込めていないからなのかもしれない。 こんな私が、大塚さんに全部を伝えられるはずなんてなかったのかもしれない。
こんな悲しいことからは、逃げ出したい。 私は今も、そう思ってる。 こんな現実は、あんまりだ。
一歩、足が後ろに下がりそうになった時、私の背中に誰かの手が優しくそっと触れた。
「史緒は、もう、いません」
快人くんは、大塚さんを見て、はっきりとそう言う。 私も、大塚さんも田辺も、小さな彼に視線を向ける。
「でも……でも、史緒はここに、一緒にいます。 紗季さんは……史緒に頼まれて、ここに来たんです」
私は快人くんから、大塚さんに視線を戻した。
「……何言ってんだ。 史緒がもういないって、何なんだ……」
大塚さんは、眉間に深い皺を寄せて困惑しているような表情を浮かべる。
「そもそも、じゃああんたが、史緒に頼まれたってのも、どういう…………」
そう言う大塚さんの姿が、今日屋上で田辺と会った時の自分と重なる。
私は、震える口元で、すっと息を吸った。
「……田辺は、一昨日……交通事故で、亡くなりました。 今日が、その……お葬式でした」
これが、精一杯だった。 大塚さんは、息を呑んで視線を揺らして手を額に当てる。 その手も、震えている。