「……今日は、お母さん、泊まりになったからいないよ」
快人くんは、隣の部屋から視線を逸らす。
「ええっ! オムライスどーするの?!」
「兄ちゃんが作るよ」
「えー?! おにいちゃん、また卵まる焦げのぐちゃぐちゃにしちゃうよ!」
「ちょ、ちょっと! 言わないでっ」
快人くんは耳を赤くして、こちらに振り返る。
「ぼ、僕、夕飯作らなきゃだから。 荷物、ありがとうございました」
「う、うん……」
私は持っていたエコバッグを快人くんに渡そうとした手を、思わず止める。
「お母さんが夜勤なら、ふたりはこのままお留守番するの?」
「うん。 お母さん、看護師で、いま人手がなくて忙しいって。 仕方ないんだ」
そう快人くんが言った“仕方ない”は、まるで自分自身に言い聞かせるみたいな言い方で、私はふと、自分が快人くんよりも小さかった頃のことを思い出す。
私は、夜に親のいない家で過ごす心細さを知っている。 その心細さに気付いてしまわないように、“仕方がない”と自分自身に言い聞かせて気を紛らわせないといけないことも、分かる。
「ふたりも、もう行かなきゃでしょ?」
そう快人くんが言ったとき、隼人くんが「えっ」と目を丸くして呟いた。