その時、アパートの扉が開いて隼人くんが隣にやって来て「おねえちゃんっ、来て!」と私の手を引いてアパートに入ろうとする。
「あっ、隼人! 紗季さんたち、用事があるんだから……」
慌てたように快人くんが言うと、田辺が「別に、俺ら急いでないよ」と後ろから言う。
「でも……」
「快人くん、気にしないで。 入ってもいい?」
快人くんの方へ振り向くと、快人くんは控えめに頷いてくれていた。 私は隼人くんに手を引かれるまま玄関に入って「お邪魔しま〜す」と靴を脱ぐ。
「これ見てー! 保育園で作ったの!」
キッチンを通り過ぎて、居間にあるテーブルの上に画用紙をトンボの形に切り取られたものが置かれていた。 よく見てみると、ちゃんと顔や羽の模様が描かれている。
「これ、隼人くんが作ったの?」
「うん! マナミ先生に教えてもらったんだぁ」
隼人くんはそう言いながら、トンボを持つと「ほらっ」と言ってスッと空中に飛ばした。 すると、トンボはスーッと部屋の中を泳いでいく。
「すごいっ、飛ぶんだね」
「うんっ、おねえちゃんもやってみて」
床に落ちたトンボを隼人くんが拾ってくれる。 私は見様見真似で、さっきの隼人くんのようにトンボを飛ばしてみると、今度はくるっと宙返りしながら飛んで行った。 それを見て、隼人くんは嬉しそうに笑っていて、私もつられて頬が緩む。
「おおっ、すげえ。 トンボ?」
「隼人が作ってきたんでしょ」
「そう! お父さんにも見せてあげなきゃ」
また隼人くんは落ちたトンボを拾うと、隣の襖で分けられた部屋に入って行くので、私は(お父さん居るの知らずに入ってきちゃった)と思いつつちょっと緊張しながらその背中を視線で追い掛けると、その部屋には仏壇が置いてあった。
「お父さん、ただいま! 見て、これ僕が作ったんだよ!」
隼人くんは、タンスの上に置かれた小さな仏壇に向かって話し掛けている。 仏壇には、男の人が映った写真が置いてあった。
「……あれ、うちのお父さん。 半年前、交通事故で死んじゃったんだ」
私の隣で、快人くんがランドセルを下ろしながら言う。 私は咄嗟に言葉が出ず、ほんの少しだけ歯を噛み締める。
「おにいちゃんっ、お父さんにただいまって言わなきゃだよ」
「……分かってるよ」
「もうっ、いっつもしないじゃん! おかあさんがさみしがるよ!」
隼人くんは少し怒ったような口調で言って、それを聞きながら快人くんはキュッと口を閉じている。 空気がピンと張り詰める。