田辺が聞き返した言葉に、男の子は「保育園に、弟の」と言った。
「へえ……いつもそうなの?」
「うん」
小学生の子が弟の迎えに行くなんて珍しいなと思いつつ、それ以上は聞かないでおく。
「保育園って、あおぞら保育園?」
田辺が聞くと「え、なんで知ってるの」と男の子は驚いた顔で言う。
「俺もそこ通ってたんだよ」
「へえ……」
そう言った男の子の表情は、さっきよりも少しだけ緊張が解けたようだった。
「俺も、久々に保育園行きてえな〜」
田辺は私の方を見て言うので、「わ、私も行ってみたいなあ」と男の子に言ってみる。
男の子は口を少しだけツンとさせて「そんなに、言うなら……」と小さな声で言う。
「よし、決まりね。 ほら、貸して」
男の子に手を差し出すと、その子は小さくお辞儀をして私にエコバッグを手渡した。
3人で歩き出して、私は男の子に「あのさ」と声を掛ける。
「電車に乗ってた時も、田辺のこと見えたんだよね?」
男の子は「うん」と頷く。 今思えば、電車の中でこの子に会った時の何とも言いようのない違和感は、田辺のことが見えていたのなら納得いくものな気がした。
「へえ、じゃあわざわざ俺の隣に座ったってこと?」
「うん。 他の人に潰されちゃ可哀想だから」
「つ、つぶ……?」
男の子の衝撃発言に私は困惑しているのに、田辺は「えっ、俺潰されんの」とまるで他人事のように笑っている。