「新名、ちょっと休む?」
田辺は私の顔を覗き込むようにして言う。
「大丈夫。 でも、何か飲み物買いたいかも」
そう言いながら辺りを見回して自動販売機を探すと、ちょうど業者が入れ替え作業に入っていた。
「……コンビニ駅裏にしかなくてさ。 すぐ近くにスーパーならあるんだけど、そこでいい?」
「十分」
田辺の後ろをついてアーケード通りを歩きながら、私は辺りを見回す。
電車の中ではいつの間にか寝てしまったから、ここが地元から何駅離れた場所なのか分からない。
それに、いまって何時なんだろう。 スマホをジーンズのポケットから取り出そうとした時、前を歩く田辺が「懐かしー」と呟いた。
田辺が向けている視線の方を私も見てみると、アーケードが途切れた先に公園があった。 親子連れが何組かいて、子どもたちが遊具でそれぞれ遊んでいる。
「小さい頃、この公園で遊んだりしたの?」
「うん。 あれ、タイヤ飛び無くなってる」
「うっわ、タイヤ飛びとか懐かしい」
それこそ、私も小学生の頃は桜の葉公園でよく遊んでいた。
ブランコは残っていたようだけど、あの公園も前はあった遊具が無くなったりしてるんだろうか。
その時、遊具から少し離れた手前側でボール遊びをしていた男の子がお母さんから転がされたボールを取り損ねて、ボールはそのまま私たちの方へと転がって来た。
田辺が咄嗟に屈んだのを見て、私は(あっ)と思う。
田辺の手では、触れない。 同時に田辺も気付いたようで「あ」と小声で言ったけれど、ボールは田辺の指先に当たったように不自然に一瞬だけ止まって、それからはコロコロと転がって田辺の足元をすり抜けて私の足に当たってピタリと止まった。
「いま、触れた気がした」
こちらに振り向いて言う田辺に私も頷きながらボールを拾うと、ちょうど男の子がこちらに走ってきて、その後ろからお母さんが「すみませーん」と言いながら駆け寄ってくる。
男の子は私からボールを受け取ると、お母さんに「ほら、ありがとうって」と声を掛けられ恥ずかしそうに「ありがとう」と呟いた。
私もぎこちない感じで「どういたしまして」とだけ言った。 お母さんと目が合うと「ありがとうございました」と会釈をされて、少し慌てて会釈を返す。
元居た場所に戻っていく2人の背中を見ながら、ぼんやりと、自分の母親のことを思い出す。
私はあんな風に、公園で母親に遊んでもらった記憶がない。 私が思い出す母親の姿はいつも、暗い部屋の中でテーブルにうな垂れている姿だ。
「なんで、一瞬だけ触れる感じがあるんだろう」
田辺は自分の手をぐーぱーしながら、再び歩き出す。
「触った感覚ってあるの?」
「一瞬だけね。 でも、生きてた時とはちょっと違う感じかな」
「ふうん」