「ああ~……まあ、うん。 他の人は、気にしたことなかったかもな……」
田辺はひとりで何かを納得したような顔をしている。
その時、次の駅に到着するアナウンスが鳴って、私と田辺は同時に反対側の窓の外に視線を向けるとホームには結構人が待っていた。
「新名、俺が話し掛けても喋っちゃダメだからね」
「なら、話し掛けないでね」
「それは、分かんない」
ちょっとだけ意地悪く笑っている田辺を睨みつつ、私はリュックを膝の上に乗せる。
どうか他の車両にみんな行ってくれないかと願ったけれど、そんな願いも虚しく、電車が停車してドアが開くとこの3車両目に割と多めに人が入って来た。
みんな空いてる場所にそれぞれ座っていくだろうと思っていると、黒いランドセルを背負った、少し髪が伸びた男の子がヒョイッと田辺の隣の席に座った。
思いがけない出来事に私はハッと息が止まる。 田辺を見ると、田辺も驚いた表情でその男の子を見てから私に視線を向けた。
そして、〈眼〉で“俺のこと見えてないよね?”と語り掛けてくるので、私は“分からない”と首を小さく横に振って、もう一度男の子に視線を向ける。
すると、不意にその子と一瞬だけ目が合った気がして、ドキッとする。 けれどすぐに、男の子は膝の上に抱えたランドセルに顔を埋めた。
気のせいか……と思いながら、私はもう一度田辺の方を向いて“大丈夫っぽい”と言うように頷いて見せた。
電車は再び動き出し、窓の外を見ると映る流れていく景色は少しずつ知らないものになっていく。
高校生にもなって恥ずかしいことかもしれないけど、友達と電車に乗って行ったことのない所に行くのはこれが人生で初めてだ。
だからといって、旅行みたいな、行き先に楽しいことが必ず待っているというワクワク感は皆無なんだけど……。
でも、不思議と不安な感情はさっきまでよりは薄まってきている気がするのは、たぶん、一緒にいるのが田辺だからだろう。
座席の背もたれに体重を預けて、ふう、と小さく息を吐いて、少しだけぼうっとする。
そういえば、昨日からあまり眠っていない。 昨日は屋上にも行かないまま帰って、家に帰ってもなんだかずっと上の空だった。
お腹も空かなくて、シャワーを済ませて、そのままベッドに沈むように倒れ込んだのだけは覚えている。